たれちの子守唄・たれっち、てス子出発編

  ・・・・・・・パッチワーク小説-3.1(2002.6.24-7.12)    

  
 前の続きなのかそうでないのかよくわからない導入から、再び物語は始まる。そして、なりゆきでとんでもない方向へ話が展開していくのである。


11 そして、たれっちは 2002/06/24 03:10:50 ゲーテすこ 

妙な子守唄を歌い始めた。
なんでも、事件の謎を解く鍵が歌詞に隠されているらしいのだ。
それにしても、いつから彼は「子守唄を歌い得る立場」になり得たのだろうか?
そのことの方がよっぽど謎ではあったのだが・・・
ともあれ、拝聴。作詞、と○す。


13 たれちの子守唄 2002/06/24 20:11:46 たれっち 

たれるりたれるらたれりんり
くびをたれるはたれじゃいな
うでをたれるはなぜじゃいな
ゆかにたれるはなんじゃいな
たれるりたれるらたれりんり

それは太古の呪文のようにも単なる暢気な鼻歌のようにも聞こえた。
たれっちはベランダで北海道の夏至の星空を眺めていた。
見渡す限り雲のない空は、三時半には白んできた。
鴉の鳴き声が聞こえる。


18 「たれちの子守歌」読解 2002/06/25 21:43:22 WakiTomos

>たれるりたれるらたれりんり
「たれるりたれるら」はおそらく松田聖子歌「真夏のエチュード」の「トゥルリラ、トゥルリラ〜」をぱくったものと思われる。問題は「たれりんり」だがおそらく「垂れ倫理」ではないかと思われる。すなわち、倫理観が夏ばて状態のような昨今の社会風潮を揶揄しているのではないだろうか?

>くびをたれるはたれじゃいな
これは「首を垂れるは誰じゃいな」であろう。何故首を垂れなければならないのか?誰が首を垂れるのかは謎である。

>うでをたれるはなぜじゃいな
これは「腕を垂れるは何故じゃいな」であろう。誰が何故腕を垂れるのであろうか?

>ゆかにたれるはなんじゃいな
「床にたれるは何じゃいな」であろう。何が床にたれているのであろうか?涙か?汗か?血か?はたまた涎か?

何とも不吉で不気味な歌である。これは暢気な鼻歌なのであろうか?禍事の前兆ではないのか?夏至の日の夜明けの鴉とは舞台演出が出来すぎている。「たれちの子守歌」は「たれっちの子守歌」なのではなく「垂れ血の子守歌」なのではないか?


19 Re^3:「たれちの子守歌」読解 2002/06/26 23:56:55 たれっち

この解釈には邪な意図を感じる。まるで行間から暗い悪意が滲み出て来るようだ。

僕は知っている。
友巣は、心変わりしつつあるのだ。そう、あの「なごみまくり」という、羊亭あるじ云うところの「まんまじゃん」という実も蓋もない名前の分かりやすい可愛さを有するオオサンショウウオのアルピノのような新キャラに。何故あの友巣が、あの様な直球キャラに惹かれるのか僕には理解できない。ずれてるスノビズムこそが彼女の基軸ではなかったのか?爬忠類という種類、絶滅危惧種というマイナー性、禁断の実を食べたアダムとイウ゛のように身に付けた木の葉の原罪的意味合い、そんなもののイメージの乱反射に目が眩んだのか?

.....それはあるまい。あのピリオドのような目と間延びした口、即ち、前から見ると、(. _ .)←こんな感じなのだ。あらゆる思考を停止させるような究極の間抜け面、それこそが「なごみまくり」なのだ。耽美なたれぱんだを目指し、日々精進している僕としては、「のんびりしてないとしんじゃうの」とまで云い切るこの開き直りには怒りを感じる。

ああ.....!これが嫉妬と云うものなのか!胸の中を黒い蛇が蠢くようなこの思いが?

.....ううん、耽美に苦しんでるように見える?ダークなたれぱんだも板について来たよねえっ。


20 たれちの子守歌、続き 2002/06/27 22:21:02 ひつじ@羊亭 

たれっちの唄は続く。
鼻歌の暢気さを保ったまま、その内に深く暗い恩讐が密かに織り込まれていく。

たれるりたれるらたれちぞな
たなぼたさまのおまつりだ
ささのはぜんぶいただきだ
ことのはぜんぶいかさまだ
たれるりたれるらたれちぞな

いつのまにか、鴉はたれっちの頭上を旋回している


21 織姫のつぶやき 2002/06/28 23:28:38 WakiTomos

織り込まれる恩執は織姫の機で。川のほとり、水鏡を背に。

あの方のお渡りになる日にこの衣を差し上げるのです。あの方が心変わりなどしないように。笹の葉で指を傷つけ、糸を縒るのです。その糸でわたくしは錦の衣を織り上げるです。あの方のお心が他の方に移ろうものなら、わたくしの血は嫉妬で沸き立ち、衣は炎の柱をあげ、あの方ともども燃え尽きてしまうのですわ。川の水で火を消そうとしても駄目。そのとき、天の河はわたくしの怒りで煮えたぎっているでしょうから。可哀想な彦星さま、わたくしと愛を交わしたからには、もう逃げられないのですわ。一年に一度の逢瀬のお約束は守らなければならないのです。わたくしは末摘花のようにぼんやりした姫君ではありませんもの。あの方の衣の懐にはわたくしが育てた女郎蜘蛛が潜んでいて、わたくしとのお約束を破ろうものなら、あの方を川に引き込んで溺れさせてしまうのです。

下界の誰かがおかしな節回しの歌を歌っているわ。そう、もうじき七夕なのです。あの方とお会い出来る日もまじか。日々は飛ぶように過ぎてゆくのに、その日が近くなると時の流れが急に遅く感じられるのは何故なのでしょう。.....あら、あの歌、訛っているように聞こえるわ。「たなぼたさま」?まあ、心根が末摘花な変な生き物だこと。そんなことでは駄目よ。蜘蛛のように周到に見えない網を張って欲しいものを捕らえて逃がさないように雁字搦めにしなければ。


24 スペイン風衝立の裏から 2002/07/01 08:04:35 ゲーテすこ 

くろス氏が現れ、幅広の古風な肱掛椅子にどかりと腰を下ろした。
すぐさまミシマ氏が問い掛ける。出来損ないのコロンボのように、自分の髪をかきむしりながら。
「ともすさんが100円で売られていたというのは本当ですか?」
「さて、どうでしょう」
くろス氏はミシマ氏の頭部から飛来する大量のフケに気分を害し、そっけなく答るのだった。そこへともす嬢がつかつかと歩み寄り、正面から彼を見下ろし、嘲るように「ふん」と浴びせてからこう言った。
「調子に乗るのもいい加減にしないと痛い目を見るわよ!私のどこが100円なわけ?何なら見てみる?」
ともす嬢はバッと一気にガウンを脱ぎ捨てた。そして皆が見たものは・・・

「およしなさい」
どこからともなく現れたひつじ氏が静止しなければ、走り出すとブレーキの利かない彼女のことだから、どうなっていたことか・・・恐ろしい。
「あら?雪かしら?」
こと嬢が呟く。六月も末だというのに雪が降る北の大地の不思議。
室内には未だフケが舞っていて、こう、窓を開け放つと、それらが交じり合い、妙な化学反応を起こして芳香を、、、をや?これはどこかで嗅いだ匂い?

わけがわからなくなってきた。
たれっちは子守唄を歌っている。
誰を眠らせようというのか?・・・謎!
あら?眠くなってきたぞ・・・
で、私は誰?


25 Re:スペイン風衝立の裏から 2002/07/01 23:19:58 ひつじ@羊亭

「それにしても、誰かが召還するんじゃないかと思ってたけど、いきなり全員とはね。」
こと嬢は、手のひらに落ちたフケが溶けないのを不思議そうに見ながらつぶやいた。
「いえ、全員というわけじゃなさそうですぞ。というか、初めての方がいらっしゃる。」
ひつじ氏は後ろ手にバスタオルを広げながら、目線だけをミシマ氏に送る。
「あら、よく見ると、こと嬢にそっくりだこと。」
何かをあわててガウンで隠しつつ、ともすさんが言う。
「しかも、女だ」
くろス氏の口ぶりは、安物の探偵ごっこのような格好のミシマ氏を見透かすかのようだ。

「そんなことより」ミシマ氏は動ぜず、くろス氏の言葉をさえぎる。「あの小動物の記憶が失われているですよ。」
「そう、あの日から、ずっとこんな調子なの」
もう、ともすさんが何を隠したのか、誰にもわからない。

 たれるりたれるらたれりんり
 たれるりたれるらたれちぞな

たれっちは無心に歌い続ける。その調子は一段と高まり、季節外れの雪空に静かな階調をつけている。

 たれるりたれるらたれちっち〜!

つんざくような雄たけびをあげた瞬間、たれっちはしっかりと目を開け皆のほうに向き直って静かに言った。
「ぼく、行かなきゃいけない」
「何、言ってんだか。行くって、どこに。」ともすさんの声は冷静と言うより冷笑気味だ。

「織姫様のところよっ!」
「てす子、いつのまに!」


26 Re^2:スペイン風衝立の裏から 2002/07/02 19:18:18 WakiTomos

見上げると、溶けない真っ白な雪が夜明けの透明な青空からまばらに降ってくる。
「今年は異常気象ですね。七月に雪が降るなんて....。福岡はから梅雨だったのですよ。」
ミシマ氏は空を見上げながら言った。
「ミシマ....いえ古都さん、これは貴女のフケでしょう?」
くろス氏が手の甲をミシマ氏に近づける。
「ほら、マドモアゼル・ココの香りがする。」
「降るかなあ?フケが空から....。」
ひつじ氏は疑わしげな視線をくろス氏に向けた。

「あ、きたきた!」
たれっちが嬉しそうに叫んだ。皆が見上げると遥か空の上からピアノ線のような透明な糸がするすると降りてくる。
「蜘蛛の糸だよ!」
たれっちはたれぱんだりゅっくを背負いながら言った。
「たれっち、それは...?」
友巣が言った。
「あ?これ?織姫さまへのお土産。あのねえ、ぼく、ご主人が寝ている時にご主人の髪の毛引っこ抜いて息を吹き掛けてプチ友巣いっぱい作って100円ショップに売ってたのね。それでお小遣い貯めてお土産買ったの。ネット通販で。」
「友巣さん!あんた孫悟空ですか!」
ひつじ氏が叫んだ。
「猿と一緒にするとは無礼な。」
友巣が憮然とする。
「あ、ここ、円形脱毛してるかも....」
くろス氏が友巣の頭を指差して言う。
「えっ?そんなはずは....ばれないようにしてたのに...。」
たれっちは狼狽えた。
「パピーの冗談よ、たれちゃん。」
てす子は微笑んだ。

「さあ、外野はほっといて、行きましょうね。」
てす子は蜘蛛の糸を体に巻き付け、たれっちを抱き上げた。てす子とたれっちはするすると中空に浮き上がって行く。
「てす子!」
くろス氏は叫んだ。
「ヒコウ少女だなあ.....」
ミシマ氏が呟いた。
「字が違うけど。」
「駄目だ、駄目だ、てす子!」
取り乱すくろス氏を見て、やはり自分は発展家でも娘のこととなると別らしい、と一同が彼に対する認識を新たにしようとしている所で、
「織姫様に私も会いたい!」
と娘の足にしがみついた。何だやっぱり....と一同は納得してしまった。

「これじゃあ、芥川の『蜘蛛の糸』になっちゃうよ。」
「いや、くろス氏でうち止めだと思うけど。」
「織姫様ってブスだって説があるしねえ。いいのか?金髪美人好きのくろスさん。」
「差別用語だよ、それ。」
「くろスの不思議な旅...。」
「ニルスでしょうが。」

残党組は空の上へと遠ざかるくろス父子とたれっちをベランダで見物しながらとりとめもない会話をしていた。


27 Re^3:スペイン風衝立の裏から 2002/07/03 01:59:50 ミシマアキラ 

周囲を見回すと、まるで辺りの景色を隠すかのように風花が舞っている。真っ白な視界。不思議と寒くはない。
てす子は一度、足を振り回してくろスを何とか地上へと戻した。しかし、あのパピーのこと、これしきのことで諦めるとは思えなかった。糸はまだ遥か下の方まで伸びているようである。
「てす子ちゃん、織姫様のところにはまだ着かないのかなぁ」
「ずぅっとずぅっとお空の向こうなの。たれちゃんは寝ているといいわ。着いたら起こしてあげるから」

てす子は見えぬ上を見上げた。上がれば上がる程、辺りは白い闇に包まれていく。
「てす子ーーーー!!」
その声に、てす子ははっと下を見た。
くろスが物凄い勢いで昇り上がってくるのだ。
「パピー!」
てす子はたれっちを揺すり起こす。
「ん……、織姫様のところに着いたの……?」
「違うの、違うのよ、たれちゃん。パピーが追い掛けて来ちゃったわ! どうしよう、織姫様のところには大人は行けないのよ。このまま放っていたら、パピーがお空の上から落とされちゃう!」
「ええ?! どうすればいいの?」
「糸を切るのよ!」
てす子は言い放った。
「ええ?! だって、そしたらてす子ちゃんのパピーは落ちちゃうよ?」
先程の昇り始めとは大いに状況が異なっている。もう、かなりの上空まで来ているのだ。
「天上から落とされるよりはマシだわ」
しかし、てす子は毅然とした態度を翻しはしなかった。
「たれちゃん、てす子のバッグからハサミを出して」

てす子はたれっちを抱えているために自分でハサミを取り出すことが出来ないのだ。たれっちはうんしょうんしょと言いながらてす子の腕の中で方向転換を試み、てす子が斜掛けにしている可愛らしいビーズのバッグに手を掛けた。
しかし、そこはたれぱんだ。ひどく時間が掛かるのだ。
敏速なくろスが上り詰めてくるまでに、もう間はなかった。


28 Re^4:スペイン風衝立の裏から 2002/07/03 20:28:28 WakiTomos

「あったよ、お裁縫道具のハサミ」
たれっちは、てす子のキティーちゃんのお裁縫セットのハサミを小さな手で掲げた。
クロス氏はすぐ近くに迫って来ているが、さすがに腕が疲れて二の腕の筋肉が震えている。今ならまだ間に合う。
「切って!ここを切って!」
てす子は体に巻き付けた最後の糸を指して言った。
「てす子、私を見捨てるのか!」
クロス氏は悲痛な声で言った。

「ごめんなさいパピー!パピーのためなの!あとで話すから。絶対話すから!」
「なら今話しなさあああああいいいいいい................」
爽やかな朝の空には余りそぐわない叫び声を辺りに蒔き散らしながらくろす氏は落下して行った。
「パピー、怪我しないでね。」
てす子は涙ぐんだ。なら糸を切らせるなよ、とたれっちは思った。でも何か事情があるのかも知れない、とも思い直した。

「我が娘に裏切られるとは...」
遠ざかる娘を見遣りながらクロス氏は呆然とした。ところで何処に落ちるのだろう?生きて帰れるかしら?と思っている矢先、
ぼすっ
という音がしてクッションのようなものの上に仰向けに落ちたことがわかった。精神的衝撃で体が動かない。上には空。首を巡らすと雲の上に乗っていることがわかった。
「あっけなく天国に着いたらしい。」

我が人生を顧みて、随分神様は甘い点をつけてくれたものだと心の中に感謝の気持ちがじんわりと広がった。

「何寝ぼけたこと言ってるんですか。」
声の方を向くとF氏がいる。
「きんとんで飛んで来てあげたのに。」
「きんとんって....あんた、孫悟空ですか!」
「ああ、金糸猴がモデルになってるやつですね。立花隆の『サル学の現在』って読みましたか?人間と猿のDNAの違いって2%だから別に構わないけど、孫悟空でも。」
「はあ....寛容な上に助けてくれて有り難う....。」
「友巣さんたちをピックアップして行きましょう、僕たちも。」
「でも、てす子は、大人は来ちゃ駄目だって言っていたよ。雲の上から放り出されるって。」
「僕がキャッチしますから。」
「なるほど。いい考えだね。」


29 Re^5:スペイン風衝立の裏から 2002/07/05 00:39:02 ひつじ@羊亭

「あーあ、登ってっちゃったわね。」
ことちゃんは、上を向いた分だけ口があいている。
「それにしても、器用に登るものですね。くろスさんは、あんなんで何とかなるんでしょうか。」
実は面白がっているだけで、この異常な展開をどうかしようという気がないひつじ氏である。

ともすさんは、ことちゃんとそれをややかばうような様子で寄り添うミシマ氏を見くらべながら、改めて二人の顔を確認した。
「それにしても、というのは、あなたたちのことだわ。」
「たぶんね。ミシマアキラさん。私たちが知っていた古都さんてあなたのことじゃないかと思うの。となると、あなたに生き写しで、私たちが最初にことちゃんと思ったこの娘は、誰なの?」
ミシマ氏の表情が一瞬険しくなり、逆立った髪からまた新たなフケが吹き上がった。

「あの、あたしはイラスト担当なの。古都はあたしの方の名前なの。このミシマアキラさんは、文章を担当してるの。」
「今ので、説明になってるのかなあ。」
「まあ、いいじゃない。ここは何でもありなんだから。というか、古都ちゃんをこんなアホキャラにしたことの方が、後で怖いわ。」

いくぶん落ち着きを取り戻した髪をなでつけながらミシマ氏は、古都ちゃんを抱き寄せつつ言った。
「いや、確かに、彼女が言ったのは事実です。私たちは、織姫の悲しみを受けて二人に分かれなければならなかったのです。文豪のミシマとこと座の古都と。」


30 Re^5:スペイン風衝立の裏から 2002/07/05 01:07:25 WakiTomos

きんとんに乗ったF氏の登場は、この物語が当初横溝風探偵小説へと行くつもりであった流れをファンタジーへと押し遣ったのであった。ひつじ氏の「たれるりたれるらたれちっち〜!」という言葉の破壊力がおどろおどろしい雰囲気をキンメリアの国まで放擲したのだ。おそるべし言霊。ミシマ氏の若干の軌道修正が後の伏線になるか否かは誰も知らない。

さて、楽に行けるとなると、もはやパックの観光旅行のようにお手軽気分になるのが人情と言うものである。総勢6人がきんとんに乗り込むことと相成った。エレベーターのように重量制限もない東洋のファンタジーの産物、さすが魔女の箒の一人乗りのような個人主義的西洋の乗り物とは違うわい、などと冗談を叩きながら、遠ざかる日本地図を、東アジアの地図を、ユーラシアと太平洋の地図を見物した。

やがて虹色に輝く糸に包まれたてす子に追い付いた。長旅に退屈してうたた寝をしているらしい。それでもたれっちをしっかり抱いていた。
「てす子!」
くろす氏が声をかけた。眠た気な瞳を上げた少女は、あり得ない光景を見て、いや、もうファンタジーになったからには矢でも鉄砲でも何でもありなのだが(この発言は、ひつじ氏やあるぷ氏あたりからクレームがついて、ファンタジーの掟を説かれるかも知れないが、それは後に期待するとして)驚きにこれ以上にないほどに瞳を見開いた。

「パピー!来ちゃ駄目って言ったじゃない!」
くろす氏はにっこり微笑んだ。
「空に放り出されてもF氏がキャッチしてくれるよ、このきんとんで。」
「千本ノックでも大丈夫です。安心して下さい。」
F氏はVサインを送った。
「違うのよ!私の話を聞いて!」
てす子は叫んだ。
「だから、さっき話せば良かったのに。」
くろす氏は娘に聞こえないように呟いた。
「織姫様は、女郎蜘蛛なのよ!蜘蛛と言ったら.....。」
「捕まえた虫の体液を吸って捨てる。」
蜘蛛フリークの古都嬢が嬉しそうに言った。
「そうなの!わかる?例の乾涸びた死体は、織姫様の犠牲者なのよ!」
きんとんに乗った一同はどよめいた。

「じゃあ、例の利尻富士が見える地面の死体は彦星様のなれの果て?」
「浮気でもしたのかねえ〜。織姫様、執念深そうだから。」
「違うの!違う人なの!彦星様はとっくに逃げちゃったの!だから、織姫様は、恋狂いして、七夕様になると男の人を見れば彦星様だと思って....」
「人間の組成の80%を占めているという体液吸って巣から捨てちゃうのね。」
友巣が言った。
「それを知ったたれっちが織姫様と連絡を取っているうちにおかしくなっちゃったの。それで、私が一緒に確かめに行こうと思ったの。」
てす子は、たれっちをぎゅっと抱き締めた。健気な少女に抱き締められているたれっちは、しかし熟睡して口から涎を垂らしている。いつ見てもたれている....。

「じゃあ、私と古都嬢とミシマ氏はお目通り可かしらねえ。」
「駄目なの!」
友巣の質問にてす子は即座に答えた。
「駄目なの!だって、織姫様って、ものすごく....」
てす子は言うのをためらっている。
「容姿に関する差別語の一つなわけですね。」
ひつじ氏が言った。
「そうなの。問題はそれを気にしてらっしゃることなの。だから同世代の女性を見ると....」

「ちょっと待って」
友巣が語気を荒げた。
「ドウセダイ?」
友巣の細めた目の光にてす子は震え上がった。まずいことを言った。撤回できない失言である。
「まあまあ、佐藤史生の漫画に『三十過ぎた女は永遠のお嬢様よ』という名言ありますから。」
ひつじ氏が取りなした。
「迷言の間違いじゃないか?」
ひつじ氏は、混ぜ返すくろす氏の足を踏んで牽制した。雲の上なので、痛みは無いことを計算して。
「ちょっと待って。」
ミシマ氏は古都嬢の肩を抱いて語気を荒げた。
「別にいいけど、私たち30前だからね。」

てす子は態勢を立て直した。
「そう、別にいいの。問題は、織姫様にとって自分のライバルになりそうな妙齢の女性なの。相手がてんで敵だと思ってなくても勝手にライバル意識燃やしちゃうの。だから目に付かないようにしているのがいいの。遭ったら何されるかわからないの。」
「私達、間に合うのかしらね?」
「しっ!」
古都嬢は白い人さし指を唇に当て、ミシマ氏の言葉を制した。2人は小さな声で二言三言、言葉を交わした。
「....ところで、吸血女なのかねえ、それとも半村良の『妖星伝』に出てくるあの美貌の尼僧のような....ああ、それともノースウエスト・スミス・シリーズに出てくる命と引き換えにこの上ない歓びを与えてくれる美しき異形達なのかねえ....。」
くろす氏はあらぬ方向に想像を巡らしている。
「美貌の...は無理そうだけどねえ。」
「人間、全て賞味してみないとわかりません。」
「駄目だって言ってるのに!」
てす子が泣き声を出した。


32 Re^6:スペイン風衝立の裏から 2002/07/08 22:35:38 ゲーテすこ 

今年のナナバタは過ぎ去った。オリヒメは、オリオリノハナシを綴りつつ、来年のナナバタを待っている。
永遠に繰り返される。無限循環の甘い蜜。オリヒメは死なない。老けない。聖杯によって聖なる水を受けた身だから。
オリヒメ版聖杯伝説が存在したのだ。
パルシファルの序曲がいつからか流れている。

そして、今、遂に、その聖杯を狙う者たちが近づいている。コトモスという名の妙齢女エトセトラがキントンに乗ってやって来る。オリヒメの生活を脅かす者たちが。
コトモスは、自らの年齢を反古にしたいと望んでいる。

オリヒメは、彼らを打ち倒すべく、立ち上がらねばならない。
ファンタジー。それは、正統派ドイツメルヘンからほんとの意味でのシュルレアリスムへと続く道中の石ころ。そはダイヤか花崗岩か?あるいははてさて・・・

彼らは一体、ファンタジーという名の石ころを、どこへ放り投げるのであろうか?


33 Re^7:スペイン風衝立の裏から 2002/07/09 23:02:05 ひつじ@羊亭 

いったい誰が横溝風探偵小説を目指していたというのか。横溝は女の怨念は描いたかもしれないが、その本人が天の川のほとりに住んでいるなんて設定がファンタジーでなくてなんだというのだ。そりゃあ、読み返してたれっちの「男の子ぶり」に頬赤らめるところがなかったとはいえない。でも、それは織姫に呼応してのものだったんじゃないのか。

そうだ。織姫は今日も天の川のほとりにたたずんでいる。七夕がとうにすぎたというのに。いや、過ぎるはずではなかったのだ。ただ、あの小動物が遅すぎるのだ。しかし、遅れるのもわかる。あの小動物はもともと遅すぎるのだ。まして、無駄なものが近寄らぬよう、織姫自身がクレオパトラ似の容貌を自ら「****」などとふれまわっている。

「なんたることでしょう。あの小動物、遅れにおくれたあげく、よだれを垂らして眠っているではないですか。しかも、連れているのは、というか彼を抱きかかているのは、「あの方」とは程遠い女の子。わたくしの思いは変わらぬというのに、どうしたことでしょう。年齢不詳といわれて幾星霜。蜘蛛の糸さえ、わたくしを欺くというのでしょうか。」


34   2つのキントン 2002/07/09 23:04:57  ゲーテすこ  

キントンは2つあった。ともす、こと、くろス各氏が二役を演じているわけだから、キントンが2つあっても別段おかしくはない。
便宜上、F氏のキントンをキントンい、怪人コトモスのキントンをキントンろとすると、話の流れからして、キントンろには怪人コトモスの他、ひつじ、F各氏が便乗しているはずである。何となくそんな気がする。
で、同様に話の流れから察するに、あるぷ氏あるばか君がどこでどんな風に現れるかがこの物語の方向を決めるのである。多分そう思う。

キントンいに戻ろう。
くろス氏は小首をかしげて不思議そうに呟いた。
「ふむ、恋狂いのオトヒメがナナバタになると男の人を彦星だと思って人間の組成の80%を占めているという体液吸って巣から捨てちゃうの、だとすると、例の殺人は昨年以前のナナバタに行われたことになるんですねぇ・・・おかしいなぁ・・・」
ともす嬢は聞こえないフリをしてたれっちの頭をポンポン叩きながらあらぬ方を向いている。こと嬢はきょとんとしている。
「でも朗報がひとつあります。ナナバタが無事過ぎ去りオトヒメも落ち着きを取り戻した今、私たち男性陣は安泰というわけなのです!」
「そうだそうだ!」
とひつじ氏。
「ヤッタァーvv」
これはキセキ氏。しかし・・・
「オトヒメじゃなくてオリヒメよ」
と、てス子は吐き捨てた。


36   恋の行方 2002/07/10 02:33:42  ミシマアキラ  

織姫は長い腕をたれっちに伸ばした。彼女の腕はたれっちのリュックに到達し、おもむろにそれを開いた。バラバラとこぼれ落ちるのはありとあらゆる化粧品類であった。

「そういうことね」
「何者!」
たれっちとてス子に遅れること数秒で天上へと姿を表わしたのはキントンに乗った友巣である。
「招待なくお伺いする非礼は詫びるわ。でも、私達はあなたの招待を受けたこのたれっちとてス子ちゃんの保護者としてお伺いしたわ。未成年を知らない土地に旅行させるわけにはいかないもの」
友巣はニッコリと微笑む。

織姫の顔は逆光になっていて、よく見えない。しかし、織姫の方からは友巣のきめ細かい白い肌と黒々としたロングの髪が風になびくのがよく見えた。
「こ、来ないで!」
織姫は叫んだ。
彼女が長い手で顔を覆ったことがシルエットで知れた。化粧品類は再びバラバラとばらまかれた。ころころと、一つのケースが友巣の足下に転がってきた。
「あ、アニエスだ」
友巣の後ろからひょっこりと顔を覗かせたのは古都である。よいしょ、と言いながらキントンから短い足を精一杯伸ばして天上へと降り立った。友巣の足下に転がった丸いケースを拾い上げる。アニエス・ベーのマークが蓋に描かれている。古都はその丸いケースをきゅっとねじって蓋を開けた。
ぱふっ。
白い粉が一斉に周囲に散った。開封品だったのだ。

「これって……」
ひつじがその粉を手にしながら呟いた。
「ミシマのフケだ」
くろスがひつじの言葉を引き継ぐ。その後頭部をミシマが軽く叩いた。
「アキラちゃん、またあたしのルーセントパウダー使ったのね!」
古都は何かに思い至ったようにミシマに振り向き眉をしかめて唇を尖らせて怒った。
「あたしのって、あんたのものはあたしの物でしょうが」
「またジャイアンみたいなこと言って!」
「次元が違うじゃないのよ」
「せっかく新色通信販売で買ったのに、ほら、もうこんなに減っちゃってる!」

古都がまだ何かミシマに抗議しようとしたところを、友巣が押さえた。
「ちょっと待って。このパウダーは古都ちゃん、あなたのものなの?」
古都は涙目にさえなって頷いた。
「だって、これに付いてるパフが使いにくいから、あたし自分の使いやすいパフに変えたんだもん。これ、それだもん」
「なるほどね。……たれっちの稼ぎではこれだけの化粧品を揃えるのは無理だわ」
友巣は転がり落ちている化粧品類をいくつも拾い上げる。
「これは私のクリニーク。ラインナップ全部揃ってるわ。こっちのエスティは古都ちゃんのね?(余談だけど化粧品のラインナップは揃えた方がいいわよ)香水も、マドモアゼル・ココ、ディオリッシモ……。ブルージーンズもあるわ」
「あ、それはあたしの」
ミシマが答える。
「それってメンズノートじゃないっけ?」
ぽかんと一連の様子を見ていたくろスがふっと我に返ったようにそう尋ねた。
「そうよ。だって古都って馬鹿みたいに甘い匂いが好きなんだもの。あたしは胸焼けしちゃうわ」
「つまり、古都さんの化粧品類一式とマドモアゼル・ココが一緒に置かれていたからミシマさんのフケはマドモアゼル・ココの匂いがしたわけですね」
Fは納得した、という具合に頷く。
「だから、フケじゃないって」
ミシマは溜息まじりに誰に言うともなく呟いてふいっと顔を背け、カリカリを頭を掻いた。

「問題は」
友巣も同じように溜息を付いてぺちぺちとたれっちを叩いた。
「どういう魂胆でこの子達がこんなことをしたか、だわ」
「んあ……織姫様のところに着いたの……?」
たれっちは目を醒ました。覚醒は早かった。自分を起こしたのがてス子ではなく、友巣だと悟ったためだ。
「どういうこと?」
友巣に睨まれて、たれっちは文字通り固まった。
「やめて、たれちゃんを怒らないで!」
背の高い友巣の背に、てス子は縋り付いた。
「織姫様は、彦星様のために美しくなりたかったの! たれちゃんとてス子は宇宙人からのメッセージのサイトでそれを知ってしまったの。だから、だから、七夕様の前に……」
「てス子」
女性特有の話題に入りかねて珍しく黙っていたくろスがそこでずいと息女に迫った。
「そんなアングラサイトに出入りしちゃダメだってあれほど言っていたじゃないか!」
「だってパピーはいっつもそういうアブナイサイトに出入りしてるじゃない!」
「口答えする気か!」

くろスが手を振り上げたその時、
しゅるり
振り上げたくろスの腕は艶めく黒い糸の束に巻き付かれた。
すっかり蚊屋の外になっていた織姫様の糸だった。
陽は傾き、逆光ではなくなっていた。
「………」
くろスは糸の許を凝視している。
「マジで……?」
ひつじがぼそりと言う。
「すっげぇ美人じゃん……」
くろスの唇が声にならぬ呟きを発した瞬間。
「逃げて、織姫様!」
女性陣は叫んだ。
「俗説とはかくも信用ならないもの。いつの時代も、やっかみ僻み嫉妬が生み出す魔女の言葉に他ならないな」
Fは苦々しく吐き捨てるように言った。
「だから噂話は嫌いなんだ。いつだって真実を雲の中に隠してしまう」
ひつじはふむふむと頷いている。
「さて、ここに来る前、織姫を乙姫と言い間違えたことがありましたね。あれは果たして無意識の産物なのでしょうか? それとも何か隠された意図があるのでしょうか? 愛する男を己の呪縛から逃さなかったあの執念深い女と、愛する男のために機を織り続ける悲しい女と」
「あんたは……?」
Fは精悍なその眉をしかめた。


37   Re:恋の行方 2002/07/12 20:22:08  ゲーテすこ 

「はて、それはどういった意味でしょう?無意識の産物とは言わせませんよ」
脇役呼ばわりされたひつじがキセキに絡み始める。
「私は私なりにがんばっているのです。なのにそんな妙なレッテルを貼られては」
キセキは返答する代わりにぐんとキントンのスピードを上げた。

「ああっ」
ひつじは下界へとまっ逆さまに落下した。
「そようなら〜」
落ちてゆくひつじにキセキは手を振り、一同に向かってVサイン。
「あなたやりすぎ」
とともす。
ことが呟く。
「あら?くろスは?」

 ギロチンギロチンしゅるりらら〜
 ギロチンギロチンしょるりろり〜

オリヒメの黒髪に捕らえられていたくろスはキントンから引き離され、彼女の真下でぶらぶらと揺れていた。てス子は慌てた。
「キセキさん戻って!パピーが!パピーが!」
「がってんだい!」
キセキは猛スピードでキントンをくろスの元へと飛ばす。がしかし、すでにくろスはオリヒメの胸中にあり、恍惚の表情を浮かべていた。
ともすが叫ぶ。
「ああっ!くろス様が大変!」
ことも叫ぶ。
「私のくろス!!」

しかし時既に遅く、オリヒメの虜になってしまったくろスは、よだれを垂らしながら、信じられない言葉を吐くのだった。
「うっふ〜ん、ぼく一生オリヒメちゃんの奴隷になることに決めちゃった。君たちなんてもうアウトオブ眼中。あはは。だってぇ〜、ともちんは何となく○クっぽくて打算的だすぃー、ことちんは○ョーキのくせして妙に健全志向だすぃー、オリヒメちゃんの方がよくなったの。ぼくのことは忘れてね」
ともすとことは愕然としてその場にへなへなとくず折れ、抱き合っておいおいと泣き始めた。
「てス子元気でな!」
と言い残すと、くろスはオリヒメとともに宇宙の果てへと消えていった。悲劇!

しばらくして、誰かがともすの肩にそっと手を置き、囁いた。
「あなたには私がいるじゃないですか。くろス氏の代わりにはならないかも知れません。でも、私の永遠の愛に、あなたもいつかきっと応じてくれるはず・・・」
見るとさっき落ちたばかりのひつじが感無量といった表情で立っている。
「ジャックの豆の木を登り、戻ってきました」
ひつじはこともなげにそう言い、キセキをちらと見やる。キセキはひょいと肩をすくめ、一呼吸おいて何かを決意した風にことに歩み寄った。
「あなたには私がいます。息子も喜んでいます」
キセキはそう言ってズボンを下ろそうとベルトを外し、社会の窓に手を。すかさずことがパンチを食らわし、今度はキセキが落下していった。
「あなたどうするの?運転手がいなくなったわよ」
ひつじに抱きかかえられたまま、ともすがことを責める。ことはきょとんとしている。

そのときだった。たれっちは突如として正気に戻り、力強く言い放った。
「ぼく、キントン運転できるんだよ!!ほんとだよ!!!」
ブーン
その頃、大怪獣オトヒメに操られた怪人コトモス=ともす「は」と、怪人コトモス=ともす「は」に操られた100円ともすの大群が、着実に彼らに迫っていた。まだ誰も気づいていなかった。


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