Giant Baba |
パーソナルデータ |
本名 | 馬場正平 |
生年月日 | 昭和13年1月23日 |
出身地 | 日本・新潟県三条市 |
身長 | 209cm |
体重 | 135kg |
ニックネーム | 世界の巨人 |
得意技 | 16文キック、 ランニングネックブリーカー |
デビュー戦 | 昭和35年9月30日、対田中米太郎 |
主要タイトル歴 | NWA世界ヘビー級、インターナショナルヘビー級、 PWF世界ヘビー級、インター・タッグ、アジアタッグ、アジアヘビー |
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略歴 |
投手として読売巨人軍に入団し、その後プロレスラーに転向。師匠である力道山の熱い期待を受け、1961年に初渡米。フレッド・アトキンスの厳しいコーチに耐え、64年にはNWA、WWWF、WWAの各世界ヘビー級に連続挑戦をするという離れ業で全米を驚す。また、バディ・ロジャースとの5連戦で一度は勝利、日本人として初めてMSGのメインイベントに立つ等、輝かしい実績を残す。
力道山の死後は日本プロレスのエースとして、第三代インターナショナルヘビー級に就き、ディック・ザ・ブルーザー、ルー・テーズ、フリッツ・フォン・エリック、ジン・キニスキーらと、激闘を繰り広げる。
72年10月に全日本プロレスを旗揚げし、73年3月には初代PWF王者となる。この初代王者期間に38連続防衛の偉業を達成する。さらに74年12月にはジャック・ブリスコを破り東洋人として初めてNWA世界ヘビー級王者となり、まさに世界の頂点を極める。その後もドリー・ファンクJr、ブルーノ・サンマルチノ、ハリー・レイス、ブルーザー・ブロディ、スタン・ハンセンらと、激しい闘いを展開する。85年7月以来、シングル戦線からは退いたが、全日本プロレスの総帥として老若男女を問わず幅広い人気と信頼を得て、デビュー30・35周年記念試合、5000試合達成記念試合、還暦祝い試合などを行う。
99年1月31日、肝不全のために死去。 |
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