Brambly Hedge
―茨の境界―
〈９〉
ソノコが通されたのは、やはり昨夜カイトが通された処と同じ、豪奢な最上階の一室
だった。煌びやかな見慣れた部屋にソノコは何の躊躇いもなく足を踏み入れ、その中に
佇む屈強な色黒の青年に駆け寄った。
「マコトさん！」
と青年の名を呼びながら抱き着き、細い腕を背中に回す。マコトも照れた微笑みを見せ
ながらも彼女の背に腕を回し、彼等は会えなかった時間を埋めるように抱き合った。
「ソノコさん･･･またそんな薄着で･･･」
「いいでしょう？だってここの熱は半端じゃないんだもの。･･･それに、私が用のあるの
はマコトさんだけなんだから、気にしないで？」
「･･････風邪を引きます」
「大丈夫よ、姉と違って私は丈夫だから」
「それでも･･････」
といつまでも続きそうな恋人同士の会話に、シンイチはくすくすと小さく笑って「それ
では、ごゆっくりどうぞ」と一礼だけして扉を閉めた。･･･この先に自分がいるのは余り
にも野暮だ。
マコトは元々、腕っ節の強い所をユウサクに買われてナイト・リリーで働いている。
それ以前の経歴一切不明だが、少なくともソノコ嬢と会うことは一切なかった筈なの
だ。
･･･なのに、何故この二人が出会い、あまつさえ親密な関係にまで進展したのかという
と･･･
昔、今は隠居暮らしをしている先代が初めてこの歓楽街一の館ナイト・リリーを訪れ
た時、ソノコが偶々酒の回り過ぎた性質の悪い客に絡まれているところを、マコトに助
けてもらったらしい。
･･･どこか三流ラブストーリーのような筋書きだが、これには続きがあった。
周知の通り、ソノコ嬢は社交界で１,２を争う上流階級の資産家で、マコトはナイト・
リリーの警備係。惹かれ合ったはいいが、二人の間には身分という高くて分厚い壁があ
った。周りに知られていない禁断の恋とでも言おうか。それでも離れることが出来ない
二人に、ちょっとした提案を持ち掛けたのはシンイチだった。
会いたいのなら、マコトの仕事のない日にソノコがシンイチを買って替え玉を立て、
この部屋で会えば良いじゃないか、と。
勿論、最高額のこの部屋に、最も高い値のつく男娼であるシンイチを買うなんてことは
並大抵の財力では敵わない。しかし、そこはスズキ公爵家だけあって、金なら余りある
と断言し、ソノコは快くその提案を受け入れた。
そのお礼に、将来何かあったら必ず助ける、という願ってもない約束をして。
それから、週に１,２回ソノコはシンイチを買い、ここでマコトと逢瀬を遂げる。夜の
みの逢瀬とは言え、あの部屋の中で二人の親密度は着々と深まっているようだった。
それに、その事はシンイチにもかなりの利益があった。こうして逢い引きの手助けさ
えすれば、疲れる夜のご奉仕はしなくても済むし金は手に入るしで一石二鳥だった。勿
論、知っているのも極々一部のナイト・リリーの人間だけだ。
そしてシンイチの方の利益に関してその時ちゃんと解っていたのか、という辺りはか
なりの謎で、しっかり解っていたとコナンが言い、天然で放っとけなかっただけだとシ
ホが言い、二人はこれを賭けにしたらしいのだが、賭けの正解は未だに定かではない。
何はともあれ、シンイチは所謂ラブラブモード全開な部屋から素早く立ち去り、間も
なくしてシホと共に現れた恋人に、華やかな微笑みを向けたのだった。
「しっかしあのソノコ嬢のお相手がマコトだったなんてね〜」
意外だ、としっかり顔に書いてカイトはしみじみと言った。二人は既に別館に移動して
いて、ベッドに二人並んで座り、シホが持ってきた「差し入れ」をつまみ、砂糖をとミ
ルクを一杯入れた甘い紅茶を啜りながらのカイトの発言に、思わずシンイチは苦笑した。
「俺も吃驚したよ、初めは」
「初め？」
「うん」
聞き返して来たカイトにシンイチは頷き、口の中のサンドイッチを飲み込んでストレー
トの紅茶を一口啜ってから説明した。
「俺も知らなかったんだけどな、何かスズキ公爵が買いに来る時妙にマコトの様子がお
かしいから、聞いてみたんだ」
スズキ公爵のところに良い子でもいたのか？って。
「･･･直球だな」
「だって直球じゃないとマコトは反応しないから面白くないんだ」
「面白い面白くないの問題か？」
「モチロン」
ニッコリ。と天使のような微笑みを向けられて、カイトは他にも一杯言いたいことはあ
ったのにそれだけで全部吹っ飛ばされてしまった。おそるべし、としか言い様がない。
「んで？」
「うん、それでな･･･」
直球できたシンイチの質問に返って来たマコトの反応が面白くて、シンイチが思わず好
奇心を疼かされてもっと突付いてみると、かなり堅い筈のマコトの口から意外な名前が
出て来たのだ。
『･･････スズキ公爵家の･･･ソノコ嬢が･･･』
好きになったんです、と。
その時聞き出したシンイチは勿論、偶々一緒にいたコナンとシホもその彼の「恋煩い」
を体現している様子にこれ以上内くらい驚き、余りの初々しさに伝染したように紅くな
ってしまったのだった。
「･･････恋愛沙汰とか、苦手そうだもんね･･･」
「うん。なんか武道一筋だったんだけどここに買われてちょっと女性不信になってたら
しくてさ」
その割には天然気障入ってるけど。
ズズズと紅茶を啜りながら言うシンイチの言葉に、カイトは思わず小さな溜め息を吐い
た。
シンイチもかなりの天然気障が入っていることは、どうやら本人全く自覚がないらし
い。･･･そもそも、天然かよっぽどの自信過剰でなければ、床に片膝を着いてお嬢様の手
の甲にキスなんて出来る筈がないし、気障で美形じゃなければそれが似合う筈もないの
だ。
なのに、簡単にそういうことをしておきながらも本人がこちらが飽きれるほどそのこ
とを自覚していない。周りの近い人間にしてみれば、シンイチこそが「天然気障」なの
である。
「でもソノコお嬢さん見てたら放っとけなかったらしくて･･･あのお嬢様、結構頭良くっ
てさ、その辺のちゃらちゃらした女より数段理性も知性もあって、女性不信なんか簡単
に弾け飛んだんだと」
「うん、そうだろうなぁ･･･だって経済界裏で引っ張ってるって専らの噂だぜ？」
噂といえば、公爵家だけあって他にも沢山飛び交っているし、未だに一人身のソノコ嬢
の噂など尽きないほどあるのだが。
「･･･一応それデマなんだけどなぁ」
「あ、そうなんだ？」
「そう、まだ先代が支えてるんだって。･･･まあ、その内あの人が後継ぐんだろうけど」
その証拠に、当主であるなら当然彼女の指にある筈の物がまだ受け継がれていない。
指摘されてナルホドと頷きながら、色黒の色男の行く末を案じてふっと苦笑し微笑む。
「･･････マコト、大変そうだよね」
恋人が公爵家を継ぐ、となればしがない警備係であるマコトは確かに大変なことになる
だろう。ソノコ嬢には今でもひっきりなしの求婚者が絶えずやってくるだろうし、その
虫を払いたくても彼はここから出られないのだ。
「その辺は、大丈夫なんだ」
「なんで？」
「彼女がもうすぐマコトを買うから」
婿入りしてもらう為に。
もう離れないで良い為に、ソノコは自分の財産をつぎ込んでマコトを買うことにしたの
だ、とシンイチは彼女自身から聞いていた。しかし彼女ばかりに負担を掛けてはいけな
い、とマコトも何とかしてその半分はちゃんと出す手筈になっているらしい。
もう３日後の事なんだそうだ、と語るシンイチの目は嬉しそうだったが、その中には僅
かな羨望の色が込められていて、カイトは思わず彼を横から抱き寄せた。
「･･････行動的だな、お嬢さん」
自分も早く、彼をここから出せれば良いのに。
だけど、大した財力を持たない自分には彼を買うことは出来ない。･･･出来るとすれば、
たった一つの手段しかないのだ。
「･･･そうだよなぁ･･････」
とシンイチはしみじみ呟きながら、この愛しい恋人から離れなければならない未来を予
測していた。
そんな暗い考えを振り切って、シンイチはカイトに明るく微笑んで言った。
「なあ、カイト♪さっき言ってた頼みなんだけどさ」
「ん？なになに？」
急に明るい雰囲気に摩り替わった彼の様子に、カイトはシンイチの楽しそうな声音に微
笑みながら聞いた。自分が出来ることならなんでもしたいのだ。
「コナンに聞いたんだけど、カイトってマジシャンなんだって？」
「そうだよ〜得意なのはカード♪」
といいながらポンっとひらひらさせていた手で、カイトはどこからともなくトランプを
出してみせた。その手をもう一度翻してみせると、トランプは今度は薔薇になり、シン
イチの手に渡される。
ありがとう、とにこにこしながら礼を言って、キラキラと目を輝かせてシンイチはいっ
た。
「あのさ･･･カイトのマジック、もっと見たいんだけど」
見せてくれる？
可愛らしく小首を傾げながら上目遣いで聞かれる言葉に、嬉しくなってカイトはシンイ
チを力一杯抱き締め、ベッドから立ち上がると瞬時に気配を変えた。
冷涼だが暖かく、それでいて包み込むような、人を引き付ける空気。
柔らかな光を纏って柔かく微笑む彼は今までのそれとは全く違う貌に変貌していて、
シンイチを見る優しい眼差しだけが同じ色を灯している。
優雅に腰を折って礼をする仕草は、正にマジシャンのそれで。
「暫しの夢を、ご堪能下さい」
と良く響く低いテノールで囁きかけ、カイトはゆっくりと手を翻した。
恋人同士の抱擁を交わし合った二人は、静かに離れて微笑み合い、豪奢に飾り付けら
れたベッドに並んで腰掛けた。
「ねえ、マコトさん」
「なんですか？」
「私達、もう一年もこうしているけど･･･もうすぐなのよね？」
逞しい腕に肩を抱かれ、瞼を伏せて恋人に囁きかける姿は可愛らしく、またそこには女
性の美しさもあった
「ええ、そうですね･･･もうすぐです。もうお金も貯まりましたし、館長と交渉も済ませ
ましたから」
未だに色事に慣れない恋人は、まだどこかぎこちない仕草でソノコの額にキスを落し、
あやすように小さな背に腕を回した。･･･彼女の肩は、微かに震えていて、
「嬉しいわ･･･でも、ちょっと不安なのよ」
といいながらマコトを見つめる目は幸せと不安が綯交ぜになっていて、壊れ物を扱うよ
うな仕草でマコトはソノコを抱き締めた。
「･･･何がです？」
「だって･･･もう一年も付き合ってるのに、マコトさんはずっと敬語だし、私のこと子供
扱いするし･･･」
「そ、それはっ！」
貴方のことを大事にしたいからで･･･と思いがけなく零された不安にマコトは慌てて取
り繕おうとして、思わず吃ってしまい･･･くすくすと笑うソノコに、またからかわれたの
だと小さく溜め息をついた。
「･･･それより、私は貴方のご家族に嫌われないか不安ですよ･･･」
微かな溜め息と共に洩らされた一言に、ソノコは思わずマコトの胸に凭れかけていた頭
を上げて、零れんばかりの笑みを向けた。
「あらっ、それは問題ないわ！だってうちの家族は皆、見る目は確かですもの！」
「そうですか」
「そうよ♪･･････ねえ、そういえばシンイチ君なんだけど」
楽し気に頷いて、更に楽しそうにソノコはまたくすくすと笑いながら、新しい話題を切
り出した。
「･･･シンイチが？」
シンイチはマコトにとって、ソノコの次に大事な人だ。その人の噂ならばと思わずマコ
トは真剣な顔つきになって先を促し･･･
「恋人が出来たんですって♪」
「････････････････」
がくー。と思わず頭を項垂れた。
知っている。しかもその相手まで、だ。本当は歓迎するべき事のはずなのだが、実は余
り嬉しくないという複雑な心境なのだ。簡単に言えば、娘を嫁に出す父親の心境とでも
言おうか。
確かに、彼は端整な顔立ちをしていて頭も良く、気も聞いていて更にはコナンのお眼
鏡に適った人物なのだが･･･それを分かっていても、やはり複雑なものは複雑なのだ。
そんなマコトの様子に訝しげにソノコは首を傾げて聞いた。
「あら、知ってたの？」
「･･･ええ、知ってますよ。彼に見合う、色男です」
「へぇ〜〜･･･」
コテン、と再び彼の厚い胸板に頭を凭れさせて、ふっとソノコは明るい表情を少しだけ
蔭らせた。
「あの人も、幸せになってくれれば良いのに」
彼は、他人に幸せばかり考えてしまう人で、自分の幸せなど全然考えない人だから。･･･
その恋人の出現で、彼の中の何かが変ってくれれば良いと思う。
それは、この長き企みに加担している者達共通の、切なる願いで。
「そうですね･･･」
祈りにも似た呟きにマコトは心からの同意を返し、腕の中に大人しく閉じ込められてい
る恋人に、静かに微笑んだ。
「俺達も、幸せになりましょう･･･？」
「そうね、皆で･･･」
幸せになろう？
その一角を担う為にも自分達がいるのだから、自分達も幸せにならなければならない。
これはもう、決定事項だ。
恋人達は静かに抱き合い、暖かく濃密な夜を過ごす。限られた夜の、一分一秒も無駄
にしない為に。
熱がこの身に染み込んでいくのを感じながら、サグルはゆっくりと溜め息を吐いた。
中々の気品ある色男の愁え気な溜め息に、周囲の女性達はぼーっと見つめてしまってい
るのだが、本人が気にしている様子は一切ない。
というより、気にしている余裕が全くない、という方が何よりもの本音だ。
昨夜、折角自分が買った筈の『彼』は手違いで顔も見れなかった男に横取りされて触
れることも出来なかったし、今夜は今夜で先客がいるということで買うことが出来なか
った。
それはそうだ、こちらは伯爵階級で、向こうは財界を操るとまで言われているスズキ
公爵家。相手になる筈かない。
それに、実は昨日は昨日で結構な無理を通したという自覚もある。本当は昨日も彼の
相手は決まっていた。警邏の高官で、名前は忘れてしまったが何故か男娼の彼に協力し
て欲しい、と経費を全額はたいて彼を買ったのだと言うのを無理矢理金を掴ませて買っ
たのだ。
先の方の予定を聞いてみると、一週間先まで彼の予定は一杯で、その先などとても待
っていられなかった。
本当は昨日の事をもっと言及するべきなのだろうが、そもそも自分の買い方に問題が
あったのは承知しているし、「手違い」をしたコナンの申し訳なさそうな顔を見ている
と何故か怒る気にもなれなかった。
それは勿論、コナンの外面の良さに騙されているだけなのだが、その真実をサグルが
知ることは恐らくないだろう。
前方では、赤いナイトドレスを着た少女が人を探しているのか周りを見回している。
‘彼’の今夜の相手であるスズキ公爵家の次女、ソノコ嬢だ。経済力もそれを握る手腕
もピカ１だと言われている才女がどうしてここに来るようになったのかは知らないが、
今の自分にとってははっきり言って邪魔な存在にしかならない。
だが、やはり身分の差といおうか、自分の身勝手で家を潰してしまう訳にも行かず、
結局は何も出来ずにただ見ているしか出来ないのだ。
暫くぼんやりと佇んでいると、「clerk
only」と刻まれた扉から麗しい青年が出てき
て、周囲の視線を無造作に集めながら真っ直ぐに少女の元へ向かっていった。
そして、遠目にも解る鮮やかな微笑みを浮かべ、腰を折り、片膝を着いて彼女の手に
キスを贈る姿はどこか洗練されていて美しく、気障な筈のその仕草が何故かしっくりと
似合っていた。
二人はするりとダンスの輪の中に入り、緩く抱き合う様にして踊る親密な姿を、思わず
サグルは苦々し気に眉を顰めて視線を送り、ふと目を逸らすと、そこにはどこか見慣れ
た姿があった。
（･･･あの、男は･･･！）
サグルの視線の先にいたのは、今勝手に警邏の捜査に入り込んで追っている犯罪者の正
体･･･と思しき人物で、その男の視線の先を見据えて思わずサグルは身の内に殺気が宿る
のを感じた。
（･･･貴方･･･いや、貴様には、あの方は相応しくない･･･）
あの、綺麗な綺麗な人は･･･！
キリキリとサグルは彼の男を睨みながら唇を噛み締め、固く拳を握り締めて内なる激情
を何とか押え込むと、美女が静かに、しかし妖艶な微笑みをこちらに向けてきているこ
とに気づいた。
「今晩和」
「･･･こんばんは。――僕はサグル・ハクバ。伯爵の地位を頂いた者です･･････貴方は？」
と返して微笑みまずは自分が名乗ると、彼女はシャラシャラと小さな衣擦れの音のみを
させてこちらに寄り添い、首筋にゾクリとくる声でサグルに囁いた。
「私は、アカコというの。･･･貴方、昨晩シンイチに振られたという伯爵様でしょう？」
「･･･時間が切れてしまったんですよ」
「･･･いいえ、違うでしょう？ずっと先の未来の時間まで貴方には与えられていないわ」
「どういう、こと･･･ですか？」
切れ切れに返しつつも、語り掛けられる頭の芯まで響く声音に、思考が霞み掛かってき
て･･･何か麻薬のようなものを体内に取り入れたような感覚だった。･･･そう、例えるな
らば煙草の効果をきつく高めたような･･･
「貴方は完璧に振られてしまったの、あのたかが男娼に。･･･悔しくなくて？」
「くやし、い･･･です」
「そうね。それも、貴方の無条件の憎しみを向けるべき男に、突然あの光は攫われてし
まったの。･･･今夜も、彼が公爵家の御令嬢と一夜を共にする訳じゃなくてよ」
「だれ、を･･･」
「･･･知っているのでしょう？解るでしょう？貴方の天敵の位置にいる者。そして、彼の
運命の星。光の一対となるべき者」
するりと彼女の声は心の奥底、それこそ壁を作って外界から遮断してしまっている奥の
奥まで深々と染みとおり、静かに、だが確実にサグルの脳を侵して彼の中のある感情を
増幅させた。
「――あの男を･･･」
それは憎悪であり、
それは殺意であり、
それは欲望であり、
それは嫉妬であり、
それは征服欲であった。
普段はしっかりと強固な蓋の中に押し込めてしまっている、醜くドロドロとした嫌な感
情だった。
元々こういう感情を激しく持つことのないはずのサグルが、これほどまでに激しくそ
れらの自分の亡霊とも言うべきモノに取り憑かれてしまうのは･･･憎しみの対象なのか、
それとも欲望の対象なのか、はたまたこの隣にいる女の所為なのか･･･。
「あの人を手に入れるのはアナタ次第よ」
ハクシャクサマ？
「僕、次第･･･？」
「そう、アナタ次第･･･」
くすくすと笑いながら、アカコは自分で撒き、そして独りでに育っていく身勝手な感情
の渦を心地よく堪能している。
何度も何度もサグルに囁かれるのは危ない、危険過ぎる誘惑だった。･･･少しずつ、男の
目から光が消えていく。それを楽しそうに見留ながら、アカコは仕上げの言葉を口にし
た。
「･･･全ては、貴方の心のままに」
アナタの、望みのままに。
「魔女」とも呼ばれる、ナイト・リリーの占い師もしているアカコの言霊の力は強大な
威力を持っていた。
「僕の、想いのままに･･･」
クツリ。喉で小さく笑い、サグルはゆらゆらと燃えるような視線を彼の男に向けた。そ
して、男が出ていったのを見計らって、自身も身を翻し･･･とある人物の元へと急いだ。
彼を、手に入れる為に。
「――ようこそ、御出でくださいました」
紳士は紳士らしくしかし大仰に手を広げて歓迎の意を示し、突然の客に一寸の驚きも
見せず彼の自室にその客を招きいれた。
彼は客の男にソファを進め、その正面に座ってゆったりと嫌味にならない仕草で足を
組み、穏やかな微笑みを浮かべて切り出した。
「･･･で、どういう取引を御所望で･･･？」
瞳の中に、底知れない輝きを称えながら。
――熱の滾る夜は更ける。
そして毎度また違う形の熱を運び、そこに溺れる者にその都度こう問い掛けるのだ。
Where are you in
fact?
と。
･･････谷場の始め･･･の筈なのに、前回の余韻の所為かまだ甘い･･･それでも快新度は落ちてますが。
ソノコ嬢のお相手はマコトさんだったわけです。色々シンイチさんも企んでないわけじゃないの
ですが、最終話に向けてこの方たちはある意味大活躍だったり（苦笑）
そして、出ましたねっ、久しぶりにアカコさんが。しかも出て突然伯爵を誑かしてますけど。
では、次回は谷場に落ちる一歩手前。初っ端からご両親登場〜