Brambly Hedge

                                           ―茨の境界―
 
 
 
 

                    〈1〉
 

            コナンと名乗った少年に招待されたカイトとジイは、彼等の部屋の丁度上の階の一室
          に招かれていた。玄関に入っただけ部屋中を見渡せる作りになっている部屋の中央には
          見事な大穴が開いていて、部屋の隅っこには先程他人の部屋の天井を突き破ってきた非
          常識男が上半身裸のままで転がされている。

            どうぞ、とコナンが大穴の上にカーペットを敷き、その四端を抑えるようにして大き
          めのテーブルを置き、そこに椅子をセットして勧めるのに、二人は穴が空いている場所
          を慎重に確かめながら静かに椅子を引いて示された席に座った。

            椅子をテーブルに寄せると穴に落ちてしまうから大き目のテーブルを使っているのは
          解るが、何も大穴の真上にテーブルを置くことはないんではないだろうかと思ってしま
          うのは間違いだろうか。

            部屋の中には興味深い物が沢山あって、色とりどりの数え切れない位の衣装や使用途
          不明の小道具や大小様々な楽器があり、三段ベッドの上にはその他の物が雑多に積まれ
          ている。中にはなにやら奇怪な物まで紛れ込んでいた様な気もしたのだが、その辺りは
          敢えて見なかった事にした。

            ふと天井を見上げると滑車が在り、ロープが引っ掛かっていて、その先には黒い男・・・
          ヘイジの足があった。どうやらあれで吊り上げたらしい。

            カイトとジイが並び、コナンがカイトの向かい、ジイの向かい側の椅子には浅黒い肌
          に薄い眼鏡をかけた屈強そうな端正な面立ちをした男が腰掛けた。当然ながら見た事の
          ない顔にカイトは男を見つめていると、それに気づいたコナンが説明した。

          「この人はマコト。ナイト・リリーの警備隊長をやってくれてる人だよ。ボクとヘイジ
          とここで一緒に住んでるんです」

          「へ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」

          コナンは自分で煎れた紅茶を啜るのを止め、マコトを紹介すると、肉体派ではあるが理
          知的な目をした彼は「よろしく」とだけ言って礼をした。それに返しながら、カイトは
          斜め前に座る彼を見て、ざっとその力量を推察する。

            布越しにもよく鍛え抜かれていると解る身体。何度も修羅場を潜った証のように、や
          けに彼の肌に馴染んでいる生々しい傷跡が幾つもあった。しかし、それは古傷ばかりで
          新しい傷はない。

            相当な手練だと解ったが、その考えはおくびにも出さず、とっとと話題を切り替える
          事にした。ただし、敵に回せば厄介だと頭の片隅でしっかりチェックして。

          「・・・あ、そうだ。俺に敬語は使わなくていいからね」

          「そう?・・・そういえば、まだあなたの名前聞いてないよ」

          じっと探ってくる目。静かな蒼が自分を射抜いた。嘘は許さない、という強い意志を湛
          えたそれに、カイトは降参と両手を軽く挙げてみせてから答えた。

          「俺はカイトっていうんだ。職業は・・・マジシャンだよ」

          明るい笑みを付け足して。
 
 
 

            四人での談笑は和やかに進んだ。暖かな空気がその場を包み、のんびりとした雰囲気
          で満たされていて、ゆっくりとコナンも緊張を解き始める。

          「へ〜〜・・・ナイト・リリーの客に高官が多いのって、館長が昔警邏の人達に手を貸した
          事があるからなんだ?」

           「そう。館長は結構な貴族だったんだけど、ユキコ夫人はこの界隈の人で、館長はユキ
           コ夫人に一目惚れして、周囲の反対を押しきってナイト・リリーを建てたんだ」

           「でもなんで娼館だったんだ?別に自分の家に引き取っても良かったんじゃないか?」

           館長の家はかなりの金持ちだったのだということをコナンから聞いていたので、カイト
           は軽く首を傾げながら疑問を口にした。

             それに答えるのは当然ながらコナンだ。

           「館長が実家から勘当食らってて。それに夫人がここから離れたくないって言ったから
           らしいよ?」

             それが、今やこんなに馬鹿でかい館になってる。

             ニヤッと笑いながらコナンはのんびりと沢山の話題を提供した。目には変わらず鋭い
           色を湛えて。

             慎重に、カイトはナイト・リリーの情報やコナン達の情報を聞き出し、巧みな話術で
           ジイが言っていた館長の息子のことへと話を持っていく。

            その間に、一度だけヘイジが目を醒ましたが、コナンが男の急所を容赦なく蹴り上げ
          てもう一度気絶させた為、カイトは結局ヘイジの蟇蛙の潰れたような声以外を聞く事は
          なかった。

            ジイはといえば、意外に話が合うところがあるらしく、向かいに座るマコトとちょっ
          とジジ臭い事を和やかに話している。
 
 

            話が少しだけ途切れた時、コナンはかなり打ち解けた口調でカイトに言った。

          「・・・そういやぁさ、ボクに何かお詫びできる事ない?天井開けちゃったし」

            華奢な手に紅茶のカップを収めて首を傾げる姿は大変可愛らしく、怪しい中年などが
          そんな姿を見たら迷わず掻っ攫ってしまうだろうと思えるほどの物だ。しかしその口調
          は随分とぞんざいで、結構男前な性格をしているのだ、とカイトはこの短時間で理解し
          た。

          「外見で中身を判断してはいけない」という、昔のエライ人の発言の見本のような奴だ
          とつくづく実感する。

          「ん〜〜そうだなぁ〜〜〜・・・・・・」

          棚から落ちてきた餅を拾って、カイトは内心ニヤリと笑う。

            彼の探し物の可能性のある物を持っているというナイト・リリーの館長の息子に近づ
          くチャンス。これを逃してはこの先が何時になるのか解らない。・・・逃す訳にはいかない
          し、逃すつもりもなかった。

          「じゃあね、一度だけナイト・リリーに招待して欲しいな♪」

          「・・・それで良いの?」

          蒼い目がそんな事で良いのか?と告げている。

            コナンが実は館長の次男だと言う事は彼自身の口から聞いていた。ならば、長男にも
          あわよくば会えるはずだ。

          「モチロン。あ、ついでにお兄さんにも会えない?」

          内心の考えを覆い隠したままカイトはニコヤカに言ったが、「兄」という言葉が出た時
          微かに厳しくなったコナンの表情に、地雷を踏んだかな?と焦った。

          じっとこちらを見つめてくるコナンの表情は今までになく厳しく鋭いもので、「兄」は
          タブーだったのかと今更ながらに後悔する。でももう遅い。

            一気に冷たくなり、張り詰めていく空気。その雰囲気にコナンの隣でジイと話してい
          たマコトがコナンを見、こちらを見て、もう一度コナンを見つめた。

          「・・・シンイチに、会いたいの?」

          「できればね」

          「それは、客として?それとも、ボクの知り合いとして?」

          「どうとでも取ってくれれば良いさ」

          軽く肩を竦めるカイトに、すっとコナンの目が細く眇められた。真意を探ろうとしてい
          るらしく、見透かすような目にカイトは必死でポーカーフェイスを貼り付けた。

          「・・・・・・カイトは・・・・・・いや、うん。・・・いいよ」

          紡ごうとしていた言葉を中途半端に切って、コナンは軽く頭を振ってからニッコリと笑
          って承諾する。

          その返事に、コナンの返答を隣で待っていたマコトは軽く目を見開き、一度カイトをま
          じまじと見てからなるほど、と一人頷いて自己完結した。・・・一体何なのかさっぱり解ら
          ない。

          「・・・一週間後にボク達のショーがあるから。そん時館に来て。多分、うちの最高の姫君
          も登場する事になるからさ」

          迷いを振り切ったように告げるコナンの口調には先程の冷たさや厳しさは感じられず、
          少しだけ楽しそうな雰囲気があった。

          「・・・最高の姫君って・・・」

          自分が会いたいのは女ではなく館長の息子・・・つまりは男なのだが。そう思って首を傾げ
          たが、コナンは楽しそうに微笑むだけで、それ以降はどれだけ聞き出そうとしても何も
          教えてくれなかった。

            だから、少し別方面で攻めてみる事にした。

          「・・・コナンは、「シンイチ」が嫌いなのか?」

          今さっきの奇妙な沈黙から考えた事を聞いてみる。コナンは「シンイチ」という兄が相
          当好きなのか、それとも相当嫌いなのかどっちかなのではないかと思ったのだ。ただ、
          好きか嫌いかはあの意味深な言葉と表情からは読み取れなかったが。

            答えはアッサリと出された。

          「ボクがシンイチを嫌うわけないだろ」

          そう言って、コナンは微かに微笑んだ。「シンイチ」を語る彼の目は優しく、どこまで
          も愛しい者へ向ける愛情に満ちていた。

            嫌いの方だとは元々思っていなかった。それでもわざと不正解を提示したのはその後
          の話題の為だ。

          「ふ〜〜ん?無条件の愛情ってやつか?」

          揶揄い気味に言ってやると、ポットから紅茶を注いでいたコナンはポットを置き、クス
          リとこれまた意味深な笑みを浮かべて「そうだよ」と強く肯定する。

            その目は、そんなこと当り前だろう?と語っていた。

            人選にはかなり厳しいらしいと見えるコナンのこの入れ込み様に、カイトは「シンイ
          チ」という人物がどんな者なのか、仕事の関係だけではなく興味を抱いた。・・・最後には
          嫌われてしまうと解っていても。

          「あいつを嫌いになれる奴なんてそうそういないよ」

            と自身たっぷりに言ってくるコナンに、カイトは好奇心を煽られる。今聞いてしまえ
          ば後の楽しみがなくなる、という事は解っているのだが、どうにも気になって試しに

          「シンイチってどんな奴なんだ?」

          と聞いてみるが、ニッコリと「子供」の笑顔で微笑まれて「ヒミツvv」と言われてし
          まえば根掘り葉掘り聞く事など出来ない。正に笑顔でできた鉄壁の防御だ。

          「会ってからのお楽しみだよ。・・・惚れんなよ?」

          「・・・男にかぁ?」

          至極真剣な顔で言われた言葉に、カイトは思わず声をひっくり返して言った。声が大き
          かったらしく、部屋の片隅でヘイジが「う”〜〜〜ッッ」とその倍くらいの声で唸り声
          を上げた。

            ハッキリ言って、カイトには男色の趣味はない。ナイト・リリーは男を対象とする男
          娼を扱っている事は知っていたが、カイトはどちらかというと、きれいな男よりも胸の
          大きな美女に目を向けてしまう方だ。

            こう言っては何だが、人生十数年で自分の顔に見慣れている所為か、男の顔に見惚れ
          た事は一度としてなかった。

            そんなカイトに、コナンはニヤリと意地悪く笑って言う。

          「うちじゃあそんな常識は通用しないぜ?シンイチに関しては特に」

          館長がかなり曲者で、店員も癖の強い者ばかりの上にキレイ処ばかりだから。何より、
          ナイト・リリーなのだから。

          自信満々なコナンに、カイトは少し冷めてしまった紅茶に口をつけて飲み干し、ソーサ
          ーに戻して不敵に笑う。

          「賭けても良いぜ?」

          「無駄な賭けだろうけどね」

          どうせ僕が勝つと宣言しているコナンに、生来からの負けず嫌い根性が沸き上がってき
          て、その言葉を無視して続けた。

          「何を賭ける?」

            どうせ、自分はその「シンイチ」とやらに惚れなければ良いのだ。簡単だ。とコナン
          の余りにも大きな自身に一種の不安を覚えながら、コナンに聞いておいて自分の頭の中
          で無難な賭けの対象を頭の中で弾き出し、言おうとした時にコナンに先を越されてしま
          った。

          「一度だけなんでも相手の言う事を聞くっていうのはどう?」

          定番だろ?と笑う。その顔に、既にそれが彼の中で確定されてしまった事を読み取り、
          カイトは軽く溜め息を吐いてはいはい、と両手を挙げた。

            すると、その右手がガシッと何かに捕まえられた。

            振り返ると、そこには例のあの非常識な黒人男もといヘイジが立っていて、しっかり
          とカイトの右手を掴んだままジィ〜〜〜っと凝視され、その微妙な迫力に思わず退きそ
          うになりなるのを堪え、とっとと放せよなぁ〜と呑気に考えながら相手を見ていると、
          突然非常識(以下略)がニカッと笑った。

          「合格や♪」

          「・・・はぁ?」

            突然登場して他人の手を勝手に握って何ほざいてやがるんだこのヤロウとか考えなが
          ら、カイトは些か間抜けにも聞える声を出した。何が合格なんだと疑問があったが、そ
          の前に掴まれた手をさっさと引き剥がす。男に・・・ましてや自分の部屋の天井をぶち破っ
          たゴツイ野郎に手を握られて喜ぶ趣味はないのだ。

            ほぼ初対面の相手に対してかなり失礼であると解ってはいるが、いかんせん初遭遇の
          印象が悪い。

            これからその印象が挽回されるか否かはヘイジの努力次第だが、そこまでヘイジが自
          分に好印象を持たせようとする理由がないので、多分ヘイジへの先入観は消えないまま
          なんだろうな、とカイトは自分の事なのに他人事のように考えた。

          「あんさん、シンイチに会いたいんやろ?悪い奴やったら会わされへんしなぁ」

          ニヤッと笑う顔は色黒の所為で見えにくかったが、ヘイジも意外に端整な顔立ちなのだ
          と解る。・・・だからといってどうと言う訳ではないが。

          「・・・・・・おいヘイジ。お前ボクの人選に間違いでもあると思ってるの?」

          言外に、そんなこともし思ってんならシメる、と言っていて、ヘイジはそれを野生の勘
          なのか敏感に感じ取って数歩下がった。どうみても12,3の子供に二十歳前後男が慌て
          て弁明に入る姿は、妙に可笑しくてつい笑ってしまう。

            確かに、そうさせる気迫と言うか独特な雰囲気のようなモノをコナンは持っているの
          だが。やはりヘイジの態度は情けないものがあった。

          「で?どういう基準で俺は「合格」なんだよ?」

          そういえば、さっきもコナンに同じ様な目で見られていたなと思い出し、あの承諾の意
          味は「合格」ということでもあったのかと今更ながらに納得した。

          「そんなもん、シンイチを傷つけへんかどうかに決まってるやんけ」

          別に決まっている訳ではないと思うが。よっぽど「シンイチ」という人物は溺愛されて
          いるのだと分かり、会うのがまた楽しみになった。

            その後は、調子の良いヘイジとかなり辛辣なツッコミを入れるコナンの即席漫才のよ
          うな会話におおいに笑い、カイトはその会話の中からもナイト・リリーの情報を蓄積し
          て実に有意義な時間を過ごした。

            約束の日までに一度は絶対潜り込んでやろうと心に決めて。
 
 








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さてさて、ブラン〜の2でございますvかつて無かったほどのハイテンションで進んでおりますが、
一体この状態がいつまで続くのやら・・・(笑)
お次は早速潜り込んじまおう編。しっかし未だにシンイチさんが出てこないのはどういうことでしょう(苦笑/コラ)
いやいや、まぁその内イロイロ出て来るので、どうぞお楽しみに♪





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