昼の静けさと夜の喧燥。朝には次の夜への睦言の応酬。
都ではなく田舎でもなく。しかし外とはほんの少しだけ違う。
触れるだけなら怪我をするが、中に入れば甘美の果実を得られる。
中に入った者は滅多なことでは出られない。
ただただ甘い匂いと快楽が住み、表にはない夜の街。
「歓楽街」と人は言うけど。ここはそことも少し、違う。
Brambly Hedge
―茨の境界―
〈プロローグ〉
明るい月が、眠らぬ街を照らしている。夜が深く更けるほど、そこは煌々と明るくな
り、煌びやかな雰囲気で満たされた。
小さな切っ掛けから簡単に起こる喧燥。電飾で飾られ輝く建物。店の前で客を引く男
や女。充満するのは薬と甘い匂いと赤く人を誘う色彩で。それは果たして人を壊すため
の物か、それとも包み込むための物か。
そんな事は誰も知らない。・・・知ろうともしない。
彼は8階建ての木造アパートの7階の窓から下界を見、毎夜繰り返される宴を思って
楽しんでいた。すると、その彼の背後に、足音も立てずに一人の老人が現れた。
「・・・ぼっちゃまっ」
「ん?ああ、どうしたのジイちゃん」
何度か呼ばれ、漸く気づいた「ぼっちゃま」と呼んだ青年に、「ジイ」と呼ばれた老人
は小さく溜め息を吐いて、落ち着いた口調で言った。
「次のターゲットの話なのですが・・・」
「・・・何かあったっけ?」
最近目星の物なんて在ったっけ?と首を捻る青年。あまりにのんびりした様子に、再び、
しかし今度はふか〜く溜め息を吐く老人。・・・ミシッと天井が嫌な音を立てた。
ペキペキ・・・バキィッッ!!!
「はい。個人所有のビッグジュエルが・・・・・・ッ!?」
ドスンっ、バタッッ。
今正に、「次の獲物」の話をしようとしていたところ・・・突然、天井に穴が空き・・・何か
黒い物体が今度はこの階の床まで壊さんという勢いで盛大な音と埃を伴って落下してき
た。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ナニコレ」
数十秒間の沈黙の末にやっと出て来た言葉がコレ、というのも仕方が無だろう。面識
は全く無く、突如として真剣な会話に入ろうとした瞬間に降ってきた黒い物体に対し、
感情豊かな発言を求めるのも無理と言うのもだ。
落ちてきた木片で他人様の脇腹を突付く、という行為ももしかしたら許されるかもしれ
ない。
しかし、この二人はそんな事はせず、じーっと黒い物体(♂)に見入って、次に天井を
見上げた。その表情は至極落ち着いている。
「・・・この界隈の店の下働きの男のようですね。・・・この服装は・・・」
ジイは黒い男が着ている――と言っても、何故か上半身裸だったが――服を見聞して、
身元を探ろうと記憶を掘り返してみるが、その前に青年がつんつんと爪先で男を突付き
ながら言った。
「ナイト・リリーじゃねえ?あそこって確かこんな感じだったし」
「・・・なるほど。では丁度良いですね」
「へ?」
「今回のターゲットは、その店の館長の所有物ですよ。正確には、館長の息子の、です
が――」
言いつつ、老人は落ちてきたこれをどうしようかと考えた。
「フーン・・・ナイト・リリーかぁ〜・・・あそこは入ったことないなぁ」
「ほお、珍しいですな、坊ちゃまが入ったことのない店とは・・・」
こう言っては何だが、青年は随分と整った華やかな容姿をしていて、それは確実に女
性にもてるような風貌なのだ。そんな彼は引く手数多で、ジイは彼を世話し続けて18
年になった今まで、彼が女性に困ったことなどないと記憶していた。
そして、ついでに言うならば彼は別に淡白という訳ではなく、しっかりと健康優良な
青年で、この歓楽街の大抵の店には顔馴染みになっていた。
「なぁんかあそこの客って嫌なの多いんだよな〜」
「ああ、貴族とか高官とか警邏の人間が多いですね、確かに」
納得したように頷くジイ。思いっきり溜め息を吐きながら、青年は窓枠に腰掛けた。
「女の子は上玉多いし、入りたいんだけど入りたくないんだよ〜」
とかなり残念そうに洩らす青年は、ピクリ、と何かに反応したように上を見上げると、
そこにはヒラヒラと手を振っている、一見して中性的な、可愛いといえる印象の容貌を
もつ少年がいた。
「すいませ〜〜ん」
「はい、何でしょう」
ニッコリと人当たりの良い笑顔を浮かべ、青年が聞く。
「何か落ちませんでした?黒いの」
「ああ、落ちましたよ――黒いの」
落ちてきた相手には酷い言われようだが、突然部屋の天井を突き破って落ちてくるよう
なモノなのだ。遠慮も何もない口調で彼は落ちてきてそのまま伸びっぱなしの黒い男―
―正確には色黒の男を指した。
「あ゛〜〜スイマセン。今日のステージの振りの練習してたら、そいつ調子に乗っちゃ
って・・・」
果たしてたかがステージの練習ごときで床が抜けるものだろうか。というか、それは
一体どんなステージなのか。
微妙に興味が湧いた。
「しょうもない奴なんですよね〜・・・あ、今取りに行きますんで」
部屋が解るんだろうかと思ったが、それははっきり言って愚問だった。考えるまでもな
く、ここはあの少年がいる部屋の真下なのだし。
しかし、あの見えるところだけ見ても、かなり細身に見えるあの少年の力でこの図体の
でかい男が運べるのだろうか、と心配になった。だからほんの親切心を出して、
「運びましょうか?」
と言ってみるが、
「大丈夫ですよ〜♪」
とアッサリ断られた。
「ちょっとお邪魔しますね」
「はい、どうぞ・・・って・・・」
了承すると、少年は軽やかに飛び降りてきた。ふわり、とやたらとヒラヒラした服の裾
が翻り、音も立てずに二人の前に着地する。
そして、飛び降りることを余り想定していなかった二人は、平然と服の埃を叩いている
少年を見遣り、ニッコリと笑いかけてきた彼に多少引き攣っていても笑い返すことに何
とか成功した。
「改めまして、コンニチハ。初めまして」
と言ってきた少年は、大きな黒縁の眼鏡を掛けているが、一目で整っていると分かる容
貌の、青年の胸元くらいの身長の12,3歳くらいの知性を湛えた容貌の持ち主だった。
「初めまして」
「ナイト・リリーの方ですか?」
「そうなんです。あの〜失礼ですけどお名前は?」
「私はジイと申します。あなたは?」
「コナンです。すいません、お騒がせしてしまって」
などと自己紹介しながら、少年はまず二人と握手を交わし、上の階から下ろされてきた
綱に男を手際よく括り付けていく。はっきり言って、少なくとも落ちてきた男よりは礼
儀正しく、更に言うなら聡明そうだった。
「お〜い、上げろ――!」
しっかりと黒い男を――ヘイジと言うらしい――ぐるぐる巻きにすると、コナンは自
分がいた部屋に合図を出した。上の階には誰かもう一人二人いるらしく、ガラガラとい
う音と一緒にヘイジの体が上に引き上げられていく。
それをのんびり見上げていた二人は、自分が括り付けた男が順調に引き上げられていく
男に、とどくうちにと蹴りを食らわせている少年に驚きつつ聞いた。
「・・・どういう仕掛けですか、コレ」
「上に引き上げる奴がいるんです。井戸の原理で、こうやって」
と説明しながら綱を引く仕草をするコナンに、二人は「「ナルホド」」と同時に納得の
声をあげた。
青年が、ヘイジが天井の向こうへガラガラと引き上げられていく様を見ながら、この
事態を利用できないかを考えていると、コナンが例のニッコリ笑顔で穴の空いた天井を
見上げている二人に声を掛けた。
「よかったらお茶でもどうぞ。天井抜いちゃったし、床抜けた家でよければ」
都合のいい申し出に、
「よろしければ」
「あ、いいんですか?」
と二人が言うと、「はい、どうぞ♪」とノリのいい声でコナンは言い、なに気に降りて
きた綱をパシッと掴みながら、「こっから上がります?」と訊ねられて、
「上がれますけど・・・できれば、玄関から」
と青年は返してやんわりと断った。ちなみに、前半の言葉は半ば意地の表われである。
「そうですか・・・支度あるんで、ここからお暇させてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
「その内業者呼びますんで。じゃ、のんびり来て下さいね〜♪」
言いつつするすると綱を登っていく少年を見送りながら、ポツリ、と青年は同じ様に隣
に佇むジイに呟いた。
「・・・・・・・・・・なんか、さぁ・・・・・」
「何でしょう」
「ナイト・リリーって・・・」
あんなのがゴロゴロしてる店って、どんなトコロ?
「変・・・というか、明るすぎて奇抜なトコロですね」
答:変な店。シンプル且つ、なかなか失礼とも言えるこの表現が、一番的を射ているだ
ろう。滅多なことでは驚かない青年は、パラパラと未だに落ちてきている天井の屑の向
こうを見上げながら、どこか遠い目をして
「へ〜〜・・・」
としか感想を洩らさなかった。そして、ふっと表情を無くし、すぐにいつもの落ち着い
た貌に戻して、傍らのジイにニッコリと笑いかける。
「んじゃあ、行こうか。コネ取りに」
少年と接していた態度ともどこか違う雰囲気を纏い、また違う貌へと変貌した青年に、
老人もしっかりとした目で笑いかけて返した。
「はい、カイト坊ちゃま」
それは、今回の仕事を成功へと導く序曲――
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はい、冬眠明け第一弾です!冬とっくに終わってるだろとか言われそうですが、何分寝坊介なのです(^^;)
さて、復帰ついでにちょっと対談です。
へ(ヘイジ):・・・グオークカー(鼾)
カ(カイト):良く寝るね、こいつも。・・・って事で!復帰第一個目で妙にはちゃめちゃな第一話です。
シン(シンイチ):・・・俺出てねえじゃん(台本を持ったままげっそりしつつ)
カ:しかもなんでコナンちゃんでてんの。
さ(作者):そりゃあ、友情出演ですよ。
コ(コナン):の割には結構出番あるよね。
さ:・・・いやぁ〜裏は黒いけどシンイチさんには優しいコナン君を書いてみたかったから。
シン:・・・でも、本当にやると思ってなかった、これ・・・
シ(シホ):これの原本をここに持ち込んで来ることからして既におかしいのよね。
さ:だって楽しいし。
カ:ねえ、こんなで解る訳ないんじゃない?お客様が。(客命(笑))
シ:確かにそうよね、無駄話だったわ。
コ:コホンッ(軽く咳払い)・・・この話は一応、16〜18Cのイギリスを舞台にしたものの映画のパロで、
身の程を知らない作者が勝手気ままに力一杯原作を崩しまくってアレンジしたものです。
シン:・・・杜撰な説明だな、コナン
コ:良いんだよ、これ以上言ったらネタがばれるでしょう?
カ:だよねぇ・・・
さて、全然説明になってませんが、この話はある映画で思わず設定でこれ良いかも!
なんて考えて書き出したものです。前回の「Can〜」はシリアスモード全開だったので、今回は
思いっきりシリアスをぶち壊し捲くって壊れモード全開で書いているのですごいテンションが高いです。
こちらもかなり面白がって書いているので、お客様方も笑わされながら進んで下さると光栄ですvv