阪神・淡路大震災から31年
| 今年は阪神・淡路大震災から31年目となりました。 |
| 経験者は少なくなりましたが、震災の記憶は伝えねばなりません。 |
| 1 .ギャラリーわびすけ | 2. 西宮震災記念碑公園 | 3. 東遊園地 | 4. 1.17のつどい |
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阪神・淡路大震災の記念日がやって来ると、ギャラリーわびすけに行かねばならないと感じるようになっています。ただ、今年は、震災で亡くなられた津高和一さんの活動を支えながら、自身の活動を広げた「吉田廣喜」さんの作品展でした。 今年の展示は、震災と関係ないと言いながらも、展示場に入ると、震災を感じる気持ちになってしまいます。 わずかな時間でしたが、作品を見ながら、あの日を思い出してしまう、そんな一時でした。 |
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2026年1月17日(土) 31年目のメモリアルデー
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| 今年は震災から31年。千百人以上が亡くなった西宮ですが、30年を過ぎると人数も減っているのではと思いながら参加しました。しかし、思った以上の参加者があり、震災から31回目の朝を迎えることが出来ました。記念碑の前に立ち続けながら、口に出るのはやはり「1月17日」です。この曲を造ったのは、震災から5年目でしたが、今でもこの場に来ると口に出てしまいます。 寒い中で立ち続けていると、マスコミの記者から声がかかります。ただ「遺族ではありません」と断わると、引き下がってくれました。遺族以外の者が25回も通い続けていることに不思議はないのでしょうか。西宮市民として、亡くなられた方へのお参りです。年はとりましたが、できる限りこの時間にこの場に来たいと思っています。 |
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3.東遊園地
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| 朝5時46分にこの場へは2度来ましたが、やはり、西宮市民として、定刻には西宮震災記念碑公園へ行ってしまいます。それでも、震災発生時刻ではないものの、震災を経験した者として、ここにお参りすることが必要だと思っています。 ここで活動する知り合いは少なくなりましたが、この日は新しいメンバーを含め、みんなが参加しています。知り合いの顔を合わせた方と、西宮が決して少なくなかったと話したら、ここでも相当な人数で点灯に入れなかった人もたくさんいたと話してくれました。30年を過ぎても、多くの人々が参加してくれるのは、震災を経験した私にとって、喜ばしい雰囲気を感じます。 東遊園地へは、震災記念日以外に何度も来ていますが、やはりこの日だけは特別な思いが生まれます。神戸市民だけでなく、震災で亡くなった全ての方々が集まっているからです。そして、何年たっても忘れることのできないのはやはり今日、「1月17日」です。 |
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4. 1.17のつどい
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| 東遊園地の次は、人と防災未来センターです。長距離のメモリアルウォークが中止となり、私が参加できるのは、この「1.17のつどい」しかありません。本当はこのセンターでボランティアをすることになっている曜日でしたが、これだけは参加したくて、休んでここに来ました。国や県の関係者として声のかかる者ではありませんが、私自身が震災を改めて思い起こすために参加したのです。 開会の言葉があり、黙とう。これまでに何度も「黙とう」の機会があり、何度も黙とうしましたが、必ず「震災の日」を思い出してしまいます。31年の年月が経っても、やはり忘れることのできない日ではないでしょうか。 そして、いよいよ「なぎさ小学校児童」による「しあわせ運べるように」の演奏です。私の場所は、子どもたちから離れていたのですが、なんとか顔を見ることが出来ました。子どもと一緒に私も歌います。やはり涙は出てきます。あの日を思い出してしまうからでしょうね。 今までは献花するために長い時間待っていましたが、今回はこの時間に先に人と防災未来センターと周辺の施設を巡ります。あまり見ていなかったテントもあり「1月17日」を考えながら廻りました。そして、最後に献花です。献花はわずかな時間でしたが、亡くなられた方々へのお祈りです。 これで、今年のメモリアルデーは終了します。数が減ったとは言え、参加していない催しも多くあります。それでも、私に震災を伝えることを伝えてくれた催しだけは、参加を続けたいと思います。 |
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| 阪神・淡路大震災から31年目のメモリアルデーが終わりました。30年を過ぎると経験者の数も減り、あまり参加者がいないのでは。と思っていましたが、多くの方と会うことが出来ました。確かに開催事業は少なくなったようですが、人々の「1月17日」を迎える気持ちが変わっていないことに気づき、安心しました。 これからも、私の体の続く限り、震災を語り継ぐ活動を続けたいと思っています。 |
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