転換期
この事件の後、ショーンは一ヶ月姿を消すことになる。しかし、復帰戦ではそれまでよりも強く見えるようになっており、ヨコズナを見事に破った。そして、自然とベビーフェイスに転向していた。ショーンはキングオブザリングへの出場したが、カマと時間切れ引き分けになってしまい、勝ち進むことはできなかった。しかし、これによって彼に再びタイトル挑戦へのスポットライトが当たることとなり、ITC王座を巡ってジャレットと抗争を始めることになる。

ショーンとジャレットはインユアハウス2で激突し、二人の技術を見せる好試合の末に、ショーンが3度目のITC王座獲得を果たした。ベルトを獲得すると、そのベルトを巡って、旧敵であるシッドやラモンとの戦いが始まった。

ショーンとラモンはサマースラム95で対戦することになり、試合形式はまだ記憶に新しいラダーマッチとなった。試合は前回と同じような、まさに名勝負となったが、結果は前回と違っており、ショーンが勝利を収めた。この試合でショーンは2年連続同カードでベストマッチを受賞することになる。
さらに翌日のマンデーナイト・ロウでは、ショーンはシッドも破った。この結果はショーンが真の強大なチャンピオンであることを十分に証明するものであった。

ディーゼルとショーンは再びタッグを組み、ツー・デューズ・ウィズ・アティテュードというチーム名でヨコズナ&ブルドッグ(オーエンの代役)組とタッグタイトルマッチを行った。この試合には、全てのベルトが並んでいたことになる。ショーンとディーゼルはブルドッグを押さえて試合に勝ち、一時は二人で全ベルトを独占したが、翌日になって正チャンピオンのオーエンからフォールを奪ってないとして、2度目のタッグ王座獲得は幻となってしまう。
タッグ王座奪取には失敗したとはいえ、ショーンは日の出の勢いに乗っていた。しかし、その後ショーンの時勢は、不運な方へと転落することになる。



試練
リング外での、決してアングルではない部分での話である。95年の10月、ニューヨークのシラキューズという街のナイトクラブで、暴漢に襲われて、ケガおよび脳震盪を負ってしまう。
この事件の詳細は知らされていないが、ブルドッグと1-2-3キッドとショーンの3人でナイトクラブに行き、外に止めてあった車の所で多数(WWFの公式発表では9人)の暴漢に襲われた。ブルドッグとキッドが羽交い締めにされている間に、ショーンが集中的に襲われてしまった。負傷のため10月22日付けでITC王座はディーン・ダグラスに譲歩され、さらにその日のうちにラモンがベルトを奪取した。

ショーンは医者の反対を押し切って数週間後に復帰し、世界ヘビー級を目指したが、マンデーナイト・ロウでのオーエンとの試合が組まれた。この試合で、ショーンはオーエンの延髄斬りを食らってリング上で倒れ、意識を失ってしまう。
すぐに病院に運ばれた結果、脳震盪後症候群と診断され、再び長期欠場を余儀なくされる。

ショーンはロイヤルランブル96で復帰した。世界ヘビー級に挑戦するためにも、バトルロイヤルには是が非でも優勝する必要があった。ショーンは12番目に入場し、最後は盟友ディーゼルをスウィート・チン・ミュージックでトップロープ越しに落として見事な2年連続優勝を飾った。ロイヤルランブル連続優勝は、ハルク・ホーガンが90・91年に達成して以来だった。これでレッスルマニア12では、ショーンがヒットマンの世界ヘビー級に挑戦することが決定した。
2月のインユアハウス6では、ディーゼルがヒットマンの世界ヘビー級に挑戦し、ヒットマンが防衛に成功したが、試合後ショーンが乱入して、レッスルマニアへの気運を盛り上げた。

レッスルマニア12ではヒットマンとショーンは、60分のアイアンマンマッチで対戦することになった。この過酷な試合のため、ショーンは故郷サンアントニオに帰って昔のトレーナーであるホセを呼んだ。これ以降、ホセはショーンのセコンドにつくようになる。またWWFも、ショーンの少年時代の夢はWWFチャンプになることだった、として師弟愛物語を大いにあおった。



世界チャンピオン
レッスルマニア12でのショーンとヒットマンの試合は、WWF史上に残る名勝負となった。この試合で、二人ともが最高のレスラーであることが証明された。終了間際、スコア0−0でヒットマンがシャープシューターに捕らえたが、観客のカウントダウンの中でそのまま時間切れ終了。
引き分けでヒットマンの防衛かと思われたが、ゴリラ・モンスーン会長によってサドンデス方式による延長戦を決定された。ヒットマンは納得できない表情ながらもリングに上がり、延長戦が始まった。延長戦開始から1分30秒後にショーンのスウィート・チン・ミュージックが決まり、ついにWWF世界ヘビー級の初戴冠を果たした。また、この試合は97年のベストマッチに選ばれ、ショーンは何と3年連続で選ばれるという快挙となった。

ヒットマンはこの試合の後、8ヶ月間欠場することになる。表向きの理由は、先の試合での判定に不服を持ったからであるが、実際の理由の一つとしては、彼が“クリック”を嫌っていたことが挙げられる。クリックはショーン、ディーゼル、ラモン、ハンター・ハースト・ヘルムスリー(以下、HHH)、1-2-3キッドによる徒党で、リング外でも親友同士であった。そして、彼らがブッキングの面でも大きな力を持っていたことは明かであった。

ディーゼルはロイヤルランブルの後、再びヒールに転向し、ショーンを非難していた。これは、ショーン&ディーゼルvsヒットマン&アンダーテイカーの試合で、ディーゼルがイスを使った激しい攻撃をしたことが発端となった。これによって、ショーンとディーゼルの間に短いが激しい抗争が起こり、最終的には5月のインユアハウス8でショーンが勝利を収めた。
次の抗争相手はブルドッグとその夫人のダイアナで、ショーンのダイアナへのセクハラ疑惑が抗争の発起点となった。この抗争はファンから不評だったために途中でとだえてしまったが、好勝負を2試合残している。

次はベイダーがショーンを倒すべく登場した。彼はタッグマッチではショーンからピンフォールを奪ったが、サマースラム96でのシングルマッチでは、2度の延長戦の末にショーンが勝利を収めた。
さらに次の抗争相手のマンカインドとはインユアハウス10で、WWFのハードコア路線突入を感じさせる名勝負をした。

次の抗争相手として、ショーンに復讐を誓うサイコ・シッドが登場し、サバイバーシリーズ96で一騎打ちが実現した。この試合で、シッドはセコンドのホセをテレビカメラで殴った。そしてショーンがホセに注意を注いでいるうちに、パワーボムを決めて勝利を収め、タイトルを強奪した。

ヒットマンはサバイバーシリーズ96で復帰し、WWFを悪い方向に向かわせているとして、ショーンを強烈に非難した。そして、インユアハウス12ではショーンを破ったシッドに挑戦することになった。二人のスーパースターの直接対戦が着々と進んでいるかのように見えたが、実際には直接対決はこの1年後まで待たねばならなかった。インユアハウス12で、ヒットマンのベルト奪取はならなかった。

ショーンはシッドへのリマッチを、ショーンの地元であるテキサス・サンアントニオで行われるロイヤルランブル97で実現させた。今度はショーンがカメラを使って勝利を収め、地元の観客6万人の前で、2度目のWWF世界ヘビー級の獲得に成功した。これで、ショーンとヒットマンのドリームマッチがレッスルマニア13で実現されるかに見えたが、97年2月13日のサーズデイ・ロウで、ショーンは右膝のケガを理由にベルトを返上してしまう。そして、「引退もありえる」と涙ながらに語ったのだった。



胎動
5月、ショーンはマンデーナイト・ロウに姿を現した。ショーンは笑顔を取り戻しており、観客もおおむね歓迎ムードだった。
ヒットマンとの抗争はまだ続いており、ヒットマンや後に結成されるハート・ファウンデーションは、ことあるごとにショーンを批判・攻撃した。

スティーブ・オースチンはヒットマンとの抗争でスポットライトを浴び、トップ戦線に急浮上していた。ショーンは深い考えもなしに、打倒ハート・ファウンデーションのためにオースチンとタッグを組むことにした。5月25日のロウ・イズ・ウォーで、ショーンとオースチンはオーエン&ブルドッグ組を破り、タッグ王座を獲得した。この試合は、ロウ史上に残るタッグマッチとなった。

ショーンとオースチンは二人ともキングオブザリングに出場し、いきなり直接対決が組まれたが、あっという間にノーコンテストとなり、両者失格になった。これで二人は仲間割れを起こし、タッグ王座は早々に返上される。

6月9日、ロウ・イズ・ウォー収録前のロッカールームでヒットマンとショーンは乱闘になり、ショーンは膝と首を負傷した。ショーンは戦線を離脱し、二度とWWFに戻らないと誓った。
しかし、7月14日のアンダーテイカーvsヒットマン戦にスペシャルレフェリーとして帰ってきた。その試合で、ヒットマンがショーンに詰め寄り、ツバを吐きかけたため、ショーンはイスでヒットマンを殴ろうとしたが、ヒットマンが避けたためにアンダーテイカーにイス攻撃がヒットした。アンダーテイカーは完全KO状態となり、ショーンはやむなく3カウントを数えて、ヒットマンを新王者であると宣言した。この後、ヒットマンはアンチ・アメリカを掲げるヒール路線へと転向する。


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