もう二度と 7
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
出会った日から、私の頭は雅の事でいっぱいだった。
いつか、旧友と行ったカフェの女給を見た時、女性とはこんなにも匂い立つ程色っぽいものか、とドキマキしたのを覚えてはいたが、雅にはそれとは違う……、しかし色気以外の何者でもない雰囲気があった。
その印象は鮮烈で、私は彼の事を知りたくて仕方が無く、用事を作っては雅に会いに行く口実を探していた。
チャンスはすぐにやってきた。
母の遺品の整理をしていて出てきた着物を食料に交換しようという話が出たのだ。
私の親戚は衣装持ちで、母の着物を引き取るまでもなかった。
雅から聞いた情報を元に、叔母に話を持ちかけ、説得した上で外出した。
生家の鍵を預かり、早速、雅達が住むあの小屋へと尋ねて行くと、タイミング良く彼は在宅だった。
そして、物物交換について協力して欲しい旨を彼に説明すると快諾を得られた。
どんな物が売れるのかも分からなかったので、彼を私の生家に招き、遺品の物色も共にした。
それは随分と手間の掛かる作業で、一日では終らず、何日かに分けて行う事となり、雅の事を少しでも知りたい私に取っては願ったり叶ったりの経過となる。
「雅ってさ、女みたいな名前だろ?」
母の帯を纏めながら、不意に雅が話し出した。確かに男で雅は珍しい名だと思っていた。だが、あまりに彼の外見にピッタリで、不自然に思った事はない。
「置屋の母さんが付けたんだ。なんでも俺が拾われた日は雨が降ってて、産着の上に置かれた手紙も濡れちまっててさ、小田切雅の後に一文字あったらしいんだけど、読めなかったんだってさ」
売春宿の入り口に置き去られた捨て子。それが雅。
あの女の子は美鈴と言うらしい。僅か十歳で親に売られた農家の娘だったが、小さい頃から雅の子守りをしていたのが彼女で、彼女の水揚げが決まった日、一緒に置屋を逃げ出したそうだ。後の3人はこの戦争で孤児になってしまった子を雅が拾った。
そんな身の上話を何日間かの間に聞かされた。
私にはまるで別世界の出来事のように感じられた。
それと共に、今は亡き父母が大切に私を育ててくれた事に感謝すら感じた。
「客の中には気持ち悪いおっさんもいた。俺の事、なんとかっていう浅草の芸者に似てるって言ってさ、いやらしい目で見やがるんだ。俺は男だって言うのに……。それもあったから逃げ出した。だってさ、母さんまで、『雅ならお稚児さんになれるわね』なんて本気で言うんだ」
私は、その客に言いようの無い怒りを感じていた。
つづく