もう二度と 3
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
小さな通用門から出てきた君は、私の姿を不思議そうに眺めていた。
「あんたか? 保釈金を出したってバカは?」
開口一番に告げられた言葉に私は飛び上がりたい程の喜びを感じた。
「なんの酔狂でこんな罪人の年寄りを出そうなんて思ったかは知らないが、俺は此処を出たらオマンマも食えない身分なんでね、悪いが、すぐ戻らせてもらうぜ」
皮肉な笑みを浮かべながら、獣のような瞳を煌かせ、拘置所に向けて顎をしゃくって見せた笑みに涙が出そうになる。
やっぱり、君はちっとも変わっちゃいない。
犯罪なんて屁とも思わないその尊大さは君そのもので……。
他人に縋る位なら、相手を騙したり、金を巻き上げる方がいい、と言い切った子供の頃の君の姿が瞼の裏に浮かんでは消える。
君は、私の知っている雅(みやび)なんだと実感させられる。
「食事の心配などいらない」
君は私と暮らすんだ。
プレジデントの後部座席へと促すと、雅は弾けるように身を翻した。
「何、言ってやがる」
私の事がまるで分からないような素振りが悲しい。
ジリジリと容赦のない夏の日差しの下、私たちは水と油のように混じる事ない会話にお互いが苛立ちを覚えているようだ。
私は雅に思い出して欲しかった。
「つまり……。君には私の仕事に協力して欲しい。報酬はもちろん支払うつもりだ」
自分から名乗る事は簡単なのだが、雅が私の事を忘れてしまっているなら、それはそれで忘れていた方が幸せかもしれないと思っていた。
怪訝な瞳を向けていた雅は靴の先で地面を蹴り、一つ咳払いをしてから私を振り返った。
「仕事ってのを聞かせて貰おうか……」
かつあげに味を占めたチンピラのように下品な笑みを口端に刻み、雅は空調の効いた車内に乗り込んだ。
運転手に指示を出すと、国産車は上品な車体を静かに滑らせる。
「良い車じゃないか、アメ車かい?」
「残念ながら、国産だよ。アメ車は粗雑でいけない」
「なんて車だい?」
「プレジデント。気に入ったのかい?」
キョロキョロと車内を見回し、許可したわけでも無いのにリモコンを弄り、色々試しては驚きに目を見張る。その仕草の子供っぽさに笑みが零れた。
雅の手からリモコンを奪い、彼が不用意に点けてしまったテレビを消すと、彼はバツが悪そうに、耳の裏側を掻いた。
最初に会った日も、私が父から与えられた懐中時計を珍しそうに弄っていたね。
君は変わらない。
「いや、聞きたかっただけさ……」
小説のモデルとして彼の半生を書かせて貰う事を建前として、私達の生活が始まった。
つづく