もう二度と 2
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
あの日、君は米軍基地へと走ったね。
あのアメリカ人に付いて行く約束をしたね。
私はすっかり勘違いして、君をなじった。
訳も分からず、ただ、単純に裏切られた、そう思って君を罵倒した。
君は何にも言わず、皮肉に笑ってこういった。
「逃げてくれ、帝都から逃げてくれ」
私の手に小さな風呂敷包みを握らせて、君は悲鳴のように告げた。
その中身を見るまで、君の考えが読めなかった。
あんなに忌み嫌っていたメリケン野郎に付いて行くだなんて、言い出す君の真意が掴めなかった。
風呂敷の中身は札束で……。
「捕まらない土地があると聞いた。この金で逃げてくれ」
勝気な君が涙ながらに訴えていた。
私が嫌だと断ると、綺麗な眉を顰めたね。
当たり前じゃないか。
自分の命惜しさに君が身売りするのを、甘んじて受け入れられる訳が無い。
私は君が好きだった。
生まれも育ちも悪く、字も読めない、だけど、生きる事は誰より上手な君を、恥知らずだと思いながら、自由な君の輝く精神を私は羨ましく思っていた。
だからこそ、君には自由で居て欲しかったんだ。
私のために君が自由を失うなんて、堪えられない。
どうしても、拒もうとする私の手に風呂敷を無理やり押し付けて、君は逃げるように去っていった。
追いかける私を振り返りもせず「生きてくれ」とだけ叫んで駆け去った。
その後、米軍基地に君を迎えに行ったけど、君はもういなかった。
失意の底で私は生きてきた。
笑ってくれ、私はこうしてまだ生き長らえているんだよ。
信じられるかい?
まさか君が日本にいるなんて、考えもしなかったよ。
何度も何度もココに収容されているんだって?
やはり、君は生きることに貪欲で、生きることが誰より上手だ。
もうすぐ、君を迎えに行くよ。
君は会いたくないかもしれない。
でも、私は何としてでも君を迎えに行くよ。
保釈の手続きをしようと思う。
ココに住みたいばかりに軽犯罪ばかりを繰り返す君が、一所に落ち着いて普通の生活を送れる事を看守さんも喜んでくれていた。
釈放された君は、一体どんな顔をするんだろうね。
くすんだ作業服も似合わない事はないけれど、もっとずっと君に似合いそうな服を用意しよう。
君の部屋も用意しよう。
二人で静かに余生を送っては貰えないだろうか。
コレばかりは君に聞かないと、なんとも言えない話だね。
高い塀の外で会おう。
太陽の下で会おう。
自由に生き生きとした君の笑顔を一刻も早く見たい。
二人で色々なところに行こう。
君に見せたいと夢見た様々な風景があるんだ。
清々しい空気の中、二人で歩こう。
あの頃は、本当に何もなくて、私は君に何もしてあげれれなかった。私は君より年上なのに与えて貰うばかりの子供だった。
今なら、私は君を守る事が出来る。
もう、肩肘を張って生きなくてもいいんだよ。
人を騙す必要もない。
そして、本来の君に戻ってくれるなら、私は君に何でも与えてしまうだろう。
つづく