もう二度と 1
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
安っぽい蛍光灯が照らし出すざわついた空間。
久し振りに瞳に映った輪郭は変わらず細く、錯覚かと眼鏡を外した先にはバサバサと音を発てそうな程、密度の高い長い睫に縁取られ、少しばかり色素の薄くなった瞳までもが見て取れた。近くよりも遠くの方がよく見えるようになった目に初めて感謝したくなった。
一体、何十年が経った事だろう。
もう二度と会う事はないだろうと諦めていた。
このまま何年か後には醜い亡骸を人前に晒し、財産分けが終わってしまえば遺骨の引き取りを押し付けあう親戚連中に先祖代々の墓に入れられ、適当な仏壇を奉って貰って全てが終わるのだろうと。
慰問に訪れた広島。
私とはさして年の変わらぬ老衰などの老人ばかりが投獄されているこの場所に、まさか君がいるとは思わなかった。
そんな施設がある事すら、私は知る機会がなかった。
五十年も前の輝き、その名残が、今も君にはあるんだね。
壇上で演説をぶっている歴史ばかりが長くなった作家を、君は今、どんな気持ちで見詰めているのだろう。変わり果ててしまった私。最初に薄くなった時に剃り落としてしまった髪、皺を深く刻んだ額、すっかりこけ落ちた頬、その上、上品ぶった喋り方。こんな変わり果てた私では君は気付いていないかもしれないね。
少し皮肉に歪んだ口元が悪そうで、けれど、どこかしら愛嬌があって、君の武器の一つは今も健在だ。
豊かな白髪に紫色の房が二筋。君に良く似合って華やかだ。年輪を刻んでさえ、君の洒落っ気は消えていないのだろうか。
流れていったたくさん沢山の月日の一部でしかない私の事など、すっかり忘れてしまったかもしれないね。
だが、この世から消える前に君に会えて良かった。
君を見る事が出来て良かった。
例え犯罪者と他人から後ろ指を指されるような存在になっていてさえ、私の瞳に映る君は、今も尚、気高く美しい。
心から染み出す思い出と共に私はこの世を離れていける。
未練があるとすれば、君と。
ほんの少しの時間でいい。
君と共に。
もう少し生き長らえたい。
君にもう一度、笑顔を向けて欲しい。
きっと、それは贅沢過ぎる事なんだろうね。
つづく