純愛なんて知らない (6)
上郷 伊織
◇◇◇
『あの…さ。今、誰とも付き合ってないなら俺と付き合わない?』
切羽詰った俺の希望。
『本気?』
真に受けなかった二郎の戸惑い。
『だって、俺、二郎の事好きだから』
軽めに発した俺の懇願。
『無理。常識から外れてる』
断言された二郎の結論。
『俺、本気なんだけど………』
尻すぼみの俺の告白。
『道、踏み外すなよ』
あやすような二郎の牽制。
俺の髪をくしゃりと触り、何事も無かったかのように歩き去る二郎の背中は何も伝えてこなかった。
一年以上前の俺達のやり取りは一体何だったんだろう。
ベッドに押さえつけられ、ジーンズと下着をあっという間に奪われて、その段階になって事の重大さに気がついた。
「……冗談だろ」
様子がおかしいと思った時点で精一杯暴れれば逃げおおせたのかもしれないのに、二郎の肩に足を抱え上げられて身動きが取れなくなっても、心の奥底でこの状況に喜んでいる俺が確かにいた。
俺を組み敷いているのが、紛れもなく、焦がれてやまなかった、あの森川二郎だと。
ならば、例え二郎が俺の事を好きでなくても、これがおふざけや興味本位の行為でも、たった一度の事で終わっても、一瞬でも二郎を自分の物に出来るのではないか。そんな馬鹿な考えが頭を過ぎっている。
「こんな事、慣れてるんだろ」
きつい眼差しの二郎から嘲る様な言葉が零れた。
瞬間、俺は自由になる手で二郎の頬を引っ叩いた。
噛み付くように口付けられて、進入して来ようとする舌を思い切り噛んでやった。
俺を振ったくせに。
とっくの昔に俺を振ったくせに。
二郎にだけは言われる覚えの無い言葉だと……。
「節操なしの代名詞みたいって言われてるくせに……。一応は抵抗して見せるんだな」
痛みに眉を顰めながら睨みつけてくる視線が怖い。
それ以上に言葉の棘が心臓に突き刺さる。
「お前になんか言われたくない」
もっと抵抗したいのに、頭と肩以外は宙に浮いてしまっている体勢ではどうにもならない。
「俺に興味なんかないくせに、なにやってんだよ。ノンケの癖に………。抱けもしないのに脅してんじゃねーよ」
睨み合い、硬直した空気の中で悪態を吐いた。どうせ、二郎には男なんて抱けっこないんだ、と怯える自分を誤魔化そうとした。
ジッパーを下ろす音がした。
「こんな格好で凄まれても……。抱けそうな気もしてるし…」
言葉通りに熱く滾った二郎の欲望が俺の尻に当たり割れ目の辺りを擦り上げる。背筋を恐怖に慄かせると、口端を上げ冷たく微笑む。
そして俺の入り口を探し当て、一気に押し入ろうとした。
「やめっ……いっ…………」
全く愛撫も無いままに、そんな強攻に出られた事も無い身体は引き攣るように強張っていく。ミシミシと音がしそうな程、無理やり開かれようとする箇所から背骨を駆け上がって頭の先まで痛みが走る。痛みをやり過ごそうにも呼吸する事も忘れてしまった口からは息を吐く事すら出来なくなっていた。
「佐伯とするみたいに力抜けよ」
やっぱり物理準備室にいたのは二郎だった。
絶望的な事なのに、アレを見られたと確信した途端、羞恥が込み上げてきて頬が熱くなる。
「誘うみたいな顔するな」
「ちがっ……。……い…たい……」
完全に入り切れない狭さに焦れて、容赦なくぶつけられてくる二郎の腰。
絶え間なく与えられる痛みに気が遠くなる。
何故、侮蔑するような言葉をぶつけられながら抱かれなければならないのか。
易々とこんな行為を受け入れている自分に嫌気がさしてくる。
初めて男を受け入れた時だって、こんな痛い思いをした事なんて無かったのに……。
体格で負け、バスケも出来なくなって、振られて、こんな事までされて、そんなのあんまり惨め過ぎるじゃないか。
「佐伯の時みたいな顔しろよ」
二郎の言葉にやっと俺はこの無茶苦茶な行動が理解出来たような気がした。
アレ見てやりたくなっただけなのかよ。
最悪だよジロ。
それじゃ、単に欲望のはけ口って事だろ?
つまりは誰でもやらせてくれる公衆便所認定にされたんだ俺は、ジロに。
それってあんまりだよ。
二郎、わからないかな。
お前に詰られる俺の気持ち。
お前が嫌う今の俺は変えられない。
お前に疎まれているならば、俺は消えてしまいたい。
体の痛みよりも、胸が締め付けられるように痛い。
こんな風に。
まるで公衆便所のようにお前に扱われるくらいなら
いっそ俺の首を絞めて息の根を止めてくれ
そしたら俺は、お前の心にいつまでも生きていられる。
お前の一番嫌な、決して忘れられない思い出として、お前の心に杭を突き刺したままでいられる。
つづく