2007.04.13up

純愛なんて知らない (7)

上郷  伊織



  ◇◇◇

 気絶できたらどんなに良かっただろう。
 絶え間なく訪れる痛みに意識が研ぎ澄まされて、耐え難い苦痛を味わっていた。
 俺の中に一度欲望を吐き出した二郎の行為は何度か繰り返された。何の潤いも与えられず、内側の粘膜にピッタリと張り付いていた二郎の怒張は、最初こそ軋む音を立てそうな程動きを制限され、俺を苦しめたが、一度、精を吐き出すと、その滑りを借りて易々と抽挿を繰り返すようになった。
 一度で終わると思っていた俺の思惑とは反対に二郎は貪りつくすように攻め続けた。

 やっとの事で二郎が動きを止めた頃には、俺の身体はボロボロだった。
 二郎を受け入れ続けた場所はもちろんの事、拒むように緊張しきっていた筋と言う筋が痛むし、体の節々が悲鳴を上げている。もう、腕を動かすのすら億劫になっていた。
「あきら……」
 荒い呼吸のまま、満足気に二郎は俺の肩口に顔を埋めた。
 行為の間、二郎は何度も俺の名を呼んだけど、そこに何の意味もないのだろう。
 そうか、気持ちよかったのか、くらいにしか俺には思えない。
 こんなセックスは初めてだ。
 行為の間中、時折掠める感覚に込み上げてきた俺の欲望は、痛みに竦んですぐに萎えてしまい、一度も達する事がなかったのだから。却って、その事実が俺の残り少ないプライドを守ってくれたようにさえ思える。こんな状況で、もし、何度もいっちゃったら、それこそ誰でもいい好きモノのように二郎に思われたかもしれないし、それ以上に俺は自分で自分を許せなくなっていたかもしれない。
 涙でグシャグシャになった顔に二郎が唇を寄せてくるのを、ボンヤリと眺める。
 もう、抵抗する体力なんかこれっぽっちも残っちゃいない。
「………済んだなら、どけよ」
 かなりショックだったのに、何事も無かったような言葉が口からこぼれるのが不思議だ。
「もう、佐伯なんかと別れろよ」
 気が済んだなら、一刻も早く二郎にこの場を立ち去って欲しかった。
 二郎が何を望んでいるかなんて、関係ない。
「抜けよ。……俺から離れろったら」
 掠れた小さな声しか出ない。
 怒鳴りたいのに、それも出来ない。
 一人になりたい。
 こいつの前でこれ以上泣きたくなんか無い。
「俺にしとけよ」
 密着していた体が少し離れた。
 二郎は俺の顔を覗き込んで呟いたけど、意味が分からなかった。何を二郎にしとくんだよ。ここまで俺を痛めつけておいて、セフレにでもなれって言うのかよ。
「………出てけ」
 出来る事なら二度と会いたくない。
 二郎がこの部屋を出て行ったら、俺は一人で思う存分泣くんだから。
 その後は、もう、どうだっていい。
 この家に引きこもったまま、誰にも連絡を取らず、一人寂しく朽ち果てるのを待つのもいいかもしれない。
 形は違ったけど、最後に二郎と一つになれたわけだから。
 かなり不本意ではあるけど。
 こんな事でもなければ、ありえない事が起きたんだから。

 にしても……。

 あまりにも悲しすぎるんだけど……。
 俺って、こんなに不幸体質だっただろうか?

 二郎は俺に対して、もう、友情すら持っていないんだって、物凄く納得させられたし。

「……っ…あうっ……ううう………」
 自分の体内から二郎の熱が引きずり出される感覚に嗚咽のような声を漏らしてしまう。腿の内側を伝う生ぬるい感触で中だしされていた事を自覚する。後始末が嫌だろうからと、佐伯は中だしだけはしなかったのに。
「……え? うわっ」
 我に返ったように二郎が叫ぶ。
 そんなに驚く事でもないだろう。自分の出した物なんだから。
 体は痛かったけど、すぐにでもシャワーを浴びたかった。べた付いた下半身の不快感をなんとかしたくて、二郎を押しどけ、起き上がろうとしたけど、痛みに起き上がれない。
「ごめん。……い…痛いよな…」
 今更ながらに二郎は詫びるような事を言う。差し出された手を俺は反射的に振り払った。
「触んな…」
 指一本だって二郎に触れられるのが嫌だった。
 ベッドヘッドを頼りに無理やり起き上がろうと腕に力を入れた時、階段を誰かが上がって来るような足音がした。
「玄関が開いていたけど、まだ、部屋にいるのか」
 足音は佐伯のものだったようだ。待ち合わせの時間になっても玄関前に俺が出ていなかったから、様子を見に来たのだろう。
 すっかり忘れ去っていた佐伯の来訪に俺は慌てた。
 気持ちは焦るのに、体は中々ついてこない。やっと膝立ちになって、ベッドから降りようとした時、視界に入った自分の足に凍りついた。乳白色の液体に混じって鮮やかな赤い筋が何本も尾を引いている。恐る恐るさっきまで自分が転がっていた辺りに目をやると血溜まりが出来て、その周囲には点々とした跡と俺の膝が引き摺った擦れた跡がくっきり浮かんでいる。
 あまりの事に二郎を振り返ると、蒼白な顔の中で何か言いたげに口が僅かに開かれていた。言葉が見つからないのか、二郎は硬直したように動かなかった。
 ショックに打ちひしがれている場合じゃない。
 もう、佐伯がソコまで来ているのに、こんな状況を誰にも見られたくない。
 慌てて身体の向きを変えた途端、頭がグラついて、すっと血の気が引いていく感覚が訪れた。そのまま、俺の視界は真っ暗になった。


つづく

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