2001.11.21up

生きてりゃこんな夜もある 7

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 昨夜の後味の悪さを引き摺りながら、不貞寝を決め込んでいた。
 ぼんやりと過ごしても、時計の針は時を刻み、人間の身体は機能する。
 昼過ぎに目覚め、腹は減っていた。
 だが、外に出るのが億劫に思えて、ぼんやりとベッドに横たわっていると、いつの間にか窓が赤く染まっている。

(しゃーねぇーな)

 嫌々ながらに起き上がり、空腹を満たす為に一柳は部屋のドアを開けた。
 すると、ドアの前には何時からそこにいたのか、昨夜の少年、葵が座り込んでいる。
「・・・・・・・よお」
 一体、何の真似なのか考えるよりも先に声を掛けていた。
 一柳の声に、葵は弾かれたように顔を上げた。
 何が嬉しいのかパッと花が咲いたように明るい笑顔を向けられ、一柳は一瞬怯む。
「・・・・・えっと、・・・・あー、その・・・・・」
 自分から訪ねておきながら、葵が言葉に詰まるのを、一柳は不思議な気持ちで眺める。
「・・・きっ、昨日はさ・・・、なんか・・・・」
 モジモジと話し出す口元は、やはりプックラとして、話そうとすればするほど言葉が見つからないらしく、言いにくそうに葵の頬は赤くなる。
 どうやら律儀にも昨日の事を謝りたいらしい。
「腹減ってないか?」
「・・へ?」
 一人で食事というのも空しいものがある。
「飯でも食いに行くか・・・・・」
 一柳の言葉に目を白黒させている葵。
「・・・え? え? なんで・・・・・」
「俺は腹が減ってんだ。付き合え」
 そんな葵にはお構いなしに、強引に手を引いて一柳はホテルを後にした。


 
 夜が更ければ更けるほど街は活気付いて来る。
 外を歩き出して、適当に入った中華料理店は結構本格的な四川料理がテーブルを埋めた。
 葵は最初、物珍しそうにソワソワと落ち着かない素振りを見せていたが、一柳が最初に箸を付け、食べるように促すと、実に豪快に箸を進める。
 顔の造作とその食いっぷりとのギャップはむしろ気持ちが良い程だった。
「俺さ、こんな美味い豚の角煮食ったのはじめて!」
 中華に豚の角煮は無い。
 だが、何度も取り皿に取り、口元にタレが付いたまま嬉しそうに話す様が、なんとも微笑ましく、葵の素直さがそんなところに表れているような気がした。

 食事も殆ど平らげた頃だった。
「なんか、奢って貰いに来たみたいだよね」
「一人じゃ、ちゃんとした飯を食う気もいねぇからよ」
 楽しい食事の余韻を一柳が味わいながら、葵の様子を見ていると、しきりに時計を気にしているようだった。
「どうした?」
「や、あの、謝ったらすぐ帰るつもりだったから・・・・・稼がなきゃなんないし」
 葵の顔に陰が射した。
「お前、昨日で懲りたんじゃなかったのか」
「だって、・・・・・・・どうしても、まだ8万いるんだ」
 怪訝な目を葵に向けると、慌てて、言いにくそうに葵は呟いた。
 
 金の為だけに身体を売るなんて、葵には似合わない。

(どうも訳有りのようだな・・・・・)

「お前の一晩、俺が買取った」
「え?」
「だから、客を拾いに行かなくても目の前に客がいるって言ってんだよ」

 葵は大きな瞳をいっぱいに見開いていつまでも一柳を見ていた。

                         

つづく

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あれ?