生きてりゃこんな夜もある 6
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
煌く太陽、頬を擽る涼しい風。
校門近くでは、さわやかに挨拶を交わす学生達。
清々しい朝の光景を横目に、葵は重い気分を抱えて登校した。
「よぉ、葵!」
後ろから勢い良く肩を叩かれ、振り返った先には華やかなミックスパーマの金髪に彩られた、今時の美人が微笑んでいた。藤川馨である。
「・・・あ、・・・ども・・」
余所余所しく挨拶を返すと馨は怪訝な表情になる。
「なぁにぃ〜? そのシケた顔。・・・・・・。ココじゃまずいか・・・」
「・・・・え? ちょっと・・・、授業は?」
抵抗する葵にはお構いなしに、周囲の状況を素早く読み取って、馨は文化部用のクラブハウスに葵を連れ込んだ。
「で? 稼げなかった訳?」
「・・・・・・・稼げた。ありがと」
結局、昨夜は7時から10時まで。
たったの3時間だったのに2万も貰ってしまった。
「や、礼なんてどうだっていいんだけどさ。何? 何なの? その浮かない顔は」
「・・・んー。なんかね、相手に悪かったっていうか・・・・」
よくよく考えてみると、自分ばかりが良い思いをしたような・・・・・。
いや、確かに我慢した事もたくさんあった筈なのだが・・・・・・。
「・・・・・・・・え?」
「いや・・・・・・・・」
「何? 途中で逃げたとか?」
逃げたも同然かもしれない。
逃がしてくれたと言うべきか・・・・。
「似たようなモンかも・・・・」
葵の返答に馨の形相は益々激しくなっていく。
「SMだった? それともスカトロ? 変態?」
「そんなんじゃ・・・。ただ・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・なんで、馨にそこまで言わなきゃなんないんだよ!」
「何キレてんの? 紹介した手前、心配だっただけじゃん! どー見たって葵なんかバージンだし、ひょっとすると童貞かもしんないし・・・・・。だったら、責任感じるじゃない」
明け透けな馨の言葉に葵は絶句した。
全てが事実なだけに口をパクパクと動かす事しかできない。
「・・・・あ、ゴメン。・・・図星だった?」
女の子に言い当てられて、誤魔化す事すら出来ないなんて・・・・葵は穴があったら入りたい気分になる。
馨の追及から逃れるなんて10年早いのかもしれない。
うな垂れたまま諦めに似た気分を葵は味わっていた。
「じゃ、相手には1回もやらせずに泣き落としで2万貰って帰ってきたって事? 超ラッキーじゃない」
清々しく馨は叫ぶ。
実に嬉しそうなのは何故だろう?
「でも、詐欺みたい・・・・・」
アレを見なければ、それ程の罪悪感はなかったかもしれない。
結局、あのあと一柳と名乗った男はさっさとバスタブを出て、壁に向かって自分を慰めた。
《コレだからガキはいけねぇ》
忌々しげな表情でシャワーを浴びてバスルームを出て行った。
しばらくの間、どうしたらいいのかも分からなくて、葵はぼんやりしていた。
バスタオルを腰に巻いてバスルームを出ると、男はベッドに横たわり、サイドテーブルにはお金が置いてあった。
《それ持って帰っていいぞ》
そんな風に言われて、寂しかった。
最初に自分が望んだ結果なのに、何故だか寂しかった。
一柳に物凄く悪い事をしたような気がしたのだ。
やたらと男臭い彫の深い横顔が頭から離れない。
嫌われた。
きっと、嫌われた。
一夜限りの通りすがりの客。
それだけの男の筈なのに・・・・・・・。
嫌われるのは嫌だった。
「なに泣いてんのよ」
葵には理由なんて分からなかった。
「わかんないよ・・・・・・」
ただ、悲しいだけとしか言えない。
つづく