生きてりゃこんな夜もある 4
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
ぼやけた視界には浅黒い肌の肩と顎だけが映っていた。
頬に当たる無精ひげがチクチクと皮膚を刺激する。
やっとの事で開放された唇は必死に酸素を吸収しようとヒクヒク震え、腕は逞しい肩にしがみつくのがやっとの状態。
あれ以上続いたら死んでしまうのではないかと葵は思った。
(もう、やだ・・・・。・・・・・・・・・俺の、・・俺のファーストキス)
何の前触れもなしに、奪われたファーストキス・・・・・・・。
夢に見ていたファーストキッス。
酸欠の頭が徐々に活性化されて、葵に正気が戻りだした。
肌の上には相変わらず、男の指や掌が触れてきて、余韻に浸る暇なんてありゃしない。
背中から腰、腰から臍、臍から胸。
規則性も無く蠢く指が、胸の突起で止まった。
最初は指の腹で押すように。
次は二本の指でつぶすように。
手を変え品を変え、その一点ばかりが執拗に責められた。
(・・・・俺は男なんだからさ、いくら触っても無駄だと思うけど・・・・・)
忌々しさと共に、最初は高を括って考えていた。
何度も何度も擦られ、捏ねられ、捻られているうちに、そこだけがやけに痺れた。
「・・・・やっ・・・・・・」
バスルームに響き渡った甘い声が自分のモノだとは、しばらくの間信じる事も出来なかった。
ひときわ敏感になった箇所にイキナリ爪を立てられた瞬間、反射的に喉から声が零れ落ちた。
首を上げて男の顔を見つめると、男はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「いい声、出すじゃねぇか」
言われて初めて自分の声だと認識し、途端に羞恥が襲い、頬が紅潮する。
「・・・・くっ・・・・・んっ。・・・・ぁっ・・・・・・」
堪えても堪えても、責める手は止まらない。
どんどん、変な気分いなって、自分をこんな風にしている張本人に助けを求めるような視線を投げて、しがみついても無駄である。
結局、他には誰もいない空間で、葵が救いを求める対象は目の前の男しかいない。
許しを請うつもりで口を開いても、出るのは吐息と喘ぎばかり。
恥ずかしいのに、悔しいのに声が止まらない。
葵がつくづく自分を情けなく思い始めた頃だった。
「そそるねぇ。・・もうちょい、もうちょい舌出してみ」
訳もわからず、葵は素直に従った。
恐る恐る舌を出す。
一柳の顔が近づいて、葵の舌先に自分の舌先を触れさせる。
その時も一柳の手は休み無く蠢いていた。
体の刺激に葵が舌を引っ込めると、触れるか触れないかのタイミングで一柳のソレが付いてくる。
そうやってしばらく葵の舌を追いかけていた一柳は不意に舌を引っ込めた。
絡まっているのが自然の状態とでも勘違いしたのか、葵が今度は追いかける。
(こういうのって好きかも・・・?・・・)
サラッとしているのに、ホットな恋人同士の濃厚なゲーム。
大切に扱われているような錯覚。
次の瞬間、一柳が間合いを詰めて、葵は一柳中に取り込まれてしまう。
やがて、二つの唇が合わさって、お互いをむさぼった。
恍惚とした時間の中で、頭で理解は出来ていないのに、体は本能のままに動いてしまう。
コレでお金を貰うのだから、本人だって楽しい方が良いに決まっている。
楽しんで良いのだろうか?
動機は極めて不純なのに・・・・。
僅かに残った理性を総動員して考えようとしても、一柳の動きに翻弄されて、理性は紙くずのように吹き飛んでいく。
なんだか、葵は道を踏み外しているような、そんな気がした。
つづく