生きてりゃこんな夜もある 3
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
大理石の装飾が施された広い室内には、程好く湯気が立ち上っていた。
奥には円形のバスタブが設置され壁際から出窓にかけてのスペースにはボディー・シャンプーや小物が置けるよう縁の部分がRを描く上品な作りの段差が付いている。
ユニットバスでありながら、ドアを入って手前の床とバスルーム部分の床には僅か5cm程の段差になっている。洋式に使用するも、和式に使用するも、客の自由というわけだ。
いつもながら、細かい作りの気配りに一柳は関心しながら、バスタブへと近づいた。
「えっと・・・・あのっ・・・・。まだ、準備が出来てな・・・・・」
バスタブに座り込んだ少年が、悲鳴のような言い訳を漏らす。
少年の身体に被さるようにして、その痩身を包み込み、項の辺りに唇を押し当てると、飛び上がるような勢いで、少年は身体を震わせる。
《ね? 俺にしておかない? 損はさせないと思うけど》
会ったばかりの喫茶店で、向かいの椅子に座るなり、コイツはそんな台詞を吐いた。
怯えた目と、それとは裏腹で生意気な言い草に呆れている内に、視界の隅では狙っていた女が他の男と連れ立って店を出て行った。
2時間6千円。
あまりの安さと縋るような目つきに手を打った。
「どうした? 今更、イヤってこたぁねぇよな?」
葵は首だけ振り返り、大きな黒目がちの瞳を潤ませている。
「・・・え? ・・・・そんな事・・。たださ・・俺、・・・そう、俺、新人でさ、ホントはあんまり慣れてないっていうか・・・・・・・・・。で、ちょっと手間取ってて・・・・、ほら、お湯もまだ貯まってないし」
「ふーん。ま、そんなんは気にする事もない」
「や・・・、でもっ・・・・」
ビクビクしながら、言い募る葵にはお構いなしに一柳はバスタブの縁を跨いだ。
今更、言い訳されても、こちらは女を不意にしたのだ。
子供だからといって容赦してやる義理はない。
「で、名前は?」
一柳が座り込むと、バスタブの中の湯は胸の辺りまで水位を上げる。
湯の表面に視線を落とし、葵は絶句した。
「・・・・・・・。葵」
そして、途方に暮れたように右手にホース、左手にシャワーヘッドを翳す葵。
それらを全部取り上げて、一柳はさっさとシャワーを組み立て直し、葵の身体を向き直らせた。
身体を硬くして俯く様は、到底、売りをしている少年には見えず、大人しい顔立ちと華奢な体形も手伝って清楚に映る。
これは男のぶりっ子というヤツだろうか?
(どっちにしても、壊れそうでいけねぇ)
葵という少年をじっくり眺めれば眺める程、一柳の本能は警笛を鳴らしていた。
「今の内なら止めてもいいんだぞ」
一柳の言葉に葵は過敏に反応した。
「違う! ・・・・・・・えっと、止めたいんじゃなくって・・・・あ・・・・」
顔を上げたかと思えば、一柳の姿を正面から見つめて赤面する。
視線は一度、一柳の全身を嘗めた。
紅潮した肌が淡く色づき、何か言いたげに半開きになったポッテリとした唇に誘われ、一柳は自分のそれを性急に合わせた。
(容赦してやろうかと思ったのによ。これだからガキってやつぁ)
相手が呆気にとられているのをいい事に、腰を掴んで一気に引き寄せ、歯列を割って舌を差し込んだ。葵の様子が気になって薄めを開けると、瞼を開いたままの瞳に涙を溜めていた。
キスすらも慣れていないとは、とんだ貧乏くじを引いたものである。
本人は止めたいわけではないらしいし・・・・・・・・・・。
(感触は悪かねぇんだけどな)
(誘ったお前が悪いんだからな、恨むなら自分を恨めよ・・・・)
逃げを打つ葵の舌を捕らえ、蹂躙していると、強張った葵の身体から力が抜けていく。
腕を自分の首に絡めさせ、歯裏をソッと撫でてやる。
バスタブの縁に一柳が凭れると、クッタリとした葵の身体もついて来た。
その隙にボディーソープを両手に取り、軽く泡立てて背中に触れる。
すべらかな少年の肌は手に吸い付くようで、触り心地は最高だった。
背骨に沿って下へ指の腹で触れていく。
付け根の辺りまで移動すると、葵はビクリと背をそらせた。
「大人しくしてな。いい夢みせてやるからよ」
つづく