生きてりゃこんな夜もある 2
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
(来てしまった)
(ついて来ちゃったよ・・・・・・)
(でも、誘ったのは俺・・・・・・・・なんだよね・・・・・・・・)
「はあぁ〜」
大きく溜息を吐き出して、久慈葵(くじ あおい)は辺りを見回した。
大理石のような装飾の広い広いバスルーム。
ビジネスホテルだとばかり思って辿り着いたのは、結構有名なシティー・ホテル。
トイレと浴槽が同じ場所にあるユニットはユニットのハズなのだが、それは、葵の知るユニットバスとは桁違いに広さがあった。
(洋画みたい・・・・・・・・)
ホテルに泊まるなんて経験が皆無に等しく、知識の無い頭から吐き出される感想は極めてシンプルだった。
(えっと、確かこのヘッドを外して)
(綺麗にするって・・・・)
素っ裸で壁に掛けられたシャワーヘッドを外し、マネージャーに教えられたとおり、両手で捻るとシャワーヘッドは分解され、タダのホースのようになる。
バスタブの中に跪き、ソレを自らの尻に当て、湯を出した。
「わっ! 冷てっ!」
まだ湯になる前の水があふれ出し、驚きに悲鳴が漏れた。
今度は手で温度を確認しながら、程良い温度に調整して、再び尻に当てる。
だけど、何をどう綺麗に洗うのかが今ひとつ分からない。
取り敢えず、排泄口だけは洗うべきだろうと思い直し、指で触れてみる。
(やっぱ、丁寧に洗った方が良いんだよな)
額から冷や汗を流しながら襞の一つ一つを指の腹で洗っていると、中に湯が潜り込んで来た。
「ひゃっ!」
葵はなんだか情けないやら、気持ち悪いやらで、複雑な気分を味わっていた。
まさか? 中までって言う事?
何となくそんな気はした。
表面を洗うだけなら、ホースにする必要はない。
つまり、コレって・・・・・・・。
ホースを持ち上げ、目の前に翳す。
その口からは勢い良く湯がドポドポと吹き出している。湯を眺めていると、すこぶる情けなさが湧き起こる。
(でも、金がいるんだよ)
(どうしても、いるんだ)
数日前、同級生の中でも羽振りの良い薫に割の良いアルバイトを聞いた。
普段はそんなに仲良くしている訳ではないが、高校生なのにやたらとブランド品を身につけて、携帯電話も最新版をいつも持っているそんな女子高生だった。その上、親が裕福な訳ではないので、何かヤバイ事をやっていると、もっぱらの評判で・・・・。
《やっぱ売りでしょ》
《だー! 男でも出来るやつだって!》
《短期で十万でしょ? そりゃ、売りだよ》
《だから・・・・・・》
《ばかね、葵くらい可愛けりゃ、売りが一番だって! そっち方面探してる兄さんがいたからさ、紹介してやるよ》
そんなもんなのかな? と思った。
薫は平然と言いのけた。
だから、なんか信憑性があって、言われた通りの場所に行って相手を探してみたのだ。
店の中でも、女ばかりをチェックしているノンケを見つけたつもりだった。
ホテルについて、相手がその気を無くしてくれれば、こっちの非ではない。
上手くすれば、本番抜きでお金だけ貰えるかもしれない。
どうか、どうか、神様!
あのおじさんが本気になりませんように。
男がダメでありますように。
それがダメでも、流血沙汰だけは避けられますように。
大きなバスタブの中、痩身の少年は時間が経つのも忘れて祈り続けていた。
バスタブの中には腰を隠す程、お湯が溜まっていく。
「おい。まだ掛かりそうか?」
いつの間にかバスルームのドアが開かれ、無精髭のゴツイ男が背後に立っていた。
声にビクリと背中を震わせ、葵は覚悟を決めた。
(ほんの2・3時間。お金様だ。お金様)
つづく