生きてりゃこんな夜もある 1
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
(半年振りのシャバか・・・・)
月もない闇夜の新宿3丁目。
レトロなランプの明かりの下、一柳巽(いちやなぎ たつみ)は辺りの様子を伺っていた。長身で筋肉質の身体に久しく着ていなかったジーンズにTシャツ、フリースが際立った体系をより魅力的に見せていた。
少しタレ気味の二重の目に、不敵に片側だけ上がった肉厚の唇がアウトサイダーな雰囲気を醸し出し、夜の街にはよく似合う。
夜の来ない街、新宿。
周囲の喧騒からかけ離れた雰囲気をその店は持っていた。
10名に満たない客は、その殆どが自らの容姿にある程度の自信を持っているかに見える女性が大半を占める。
建前は単なる喫茶店。
だが、その実、知るひとぞ知る出会いの場。
そこに来る女は性を売り、男は性を買う。
一柳巽は今夜、女を買いに来た。
仕事のプロジェクトを終え、気が付くと半年が過ぎていた。
貪りたいだけの睡眠を摂り、無精ひげを蓄えたまま特急列車に飛び乗った。
自宅にいれば、何時呼び出しが掛かるかもしれない状況を避ける為、ゆっくりと休養の摂りたい時は貯まった有給休暇を一気に放り込んで、旅に出る。
残業続きのプロジェクトの後には使う暇もなかった金だけが残る。
大抵は移動が2時間で済む東京でのホテル生活が常になっていた。
人肌が恋しくなると、ここへ来る事が多い。
女は良い。
特にプロが良い。
彼女達は少なくとも、それだけの安らぎを与えるのが仕事だ。
見返りを期待する事なく金銭のみのひと時の契約。
現在、特定の人間と関わりを持たない身には都合の良い付き合い方がそこにはあった。
仕事の都合で、長ければ3年、自宅に戻れない事もある。
自分の事で精一杯の生活の中で、付き合った者達は不満を漏らした。
週に何度か会える時はいい。
会えなくなった途端に別れ話が舞い降りて、自虐的な気分を味わうのだ。
(だから、恋人は作るなって言ったじゃねえかよ)
心の中のもう一人の自分が呆れたように呟きを漏らす。
それでも、これは人間の性なのか、男の性なのか、堪らなく人肌恋しい周期がやってくるのは止むを得ない事だった。
先日の仕事場で、ベタベタくっついている訳でも無いくせに、妙にシックリと嵌ったカップルに会った。そんなのを見せ付けられた後では尚更の事、添い寝相手が欲しくなった。
需要と供給の成立した空間に一柳は隙無く視線を走らせる。
好みの女が二人。
カウンターに腰掛ける、足の綺麗なミニスカートに今時流行の金髪。
ボックスにはやや落ち着きのある茶髪、推定年齢20代後半。男を立ててくれそうな大人しげな顔つき。
( ん? なんだ? )
ボックス側の女性に声を掛けようと立ち上がった時だった。
気になる気配に一柳は振り返る。
一つだけ違和感のある雰囲気。
いるはずも無い人種がそこにいた。
年の頃なら16・7。
女が男を男が女を釣りに来るアダルトな空間に、いかにも筆下ろしもまだです、といったおぼこい少年が、怯えた目をして、一柳を見ていた。
(おいおい、なんかの間違いだろ?)
一柳はもう一度席に戻り、少年に向かって座り直す。
どう見ても、一柳を見ている。
視線は一定である。
知り合いかと思い、じっくりと観察してみるが、生憎、ガキに知り合いはいない。
(顔立ちは・・・・まあ、整ってはいるな)
(どちらかといえば端正なのが好みなんだが・・・・・・)
長い睫に縁取られた可憐な瞳がそこにはあった。
遠目から見ても分かる程の可愛いらしい黒目がちな瞳、こじんまりとした少し上向きの鼻、小作りなくせにポッテリとした触り心地の良さそうな唇。
味見がしたくないと言えば嘘になる。
この一柳という男、相手に対して性別の拘りはない。
(けど、ガキじゃな・・・・・)
面倒臭そうなのは、極力避けたい一柳であった。
今日は特に即物的になりたい気分なのだ。
(他に優男がいくらでもいるだろうが)
少年の視線は一柳を捕らえて離さない。
素直な少年の瞳に囚われまいと一柳は無理やり視線を外した。
つづく