2001.06.25up

時間のタリナイ恋なんて・・・9

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 数え切れないほどの星が夜空を彩っていた。
 現在、午前1時。
 キリの良い所で仕事を片付け、明日は・・いや、既に今日の9時からは聖と一柳の作成したプログラムについてのテスト検証まで漕ぎ着けていた。
 テスト検証とは、テスト用に作成したデータでのプログラムについて、細かな動作確認を行う事をいう。正常に終われば、次に本番検証が行われる。客先で実際に現在動いているデータを使用してのテストだ。この検証が全て終われば、プロジェクト完了である。
 1階の玄関脇の壁にもたれ掛かっていると、ビル内から足音が近付いてくる。
「よぉ、遅かったんだな輪熊」
 横目にその姿をとらえると同時に聖は声を掛けた。
「初めまして、とでも言うべきかな? SEI」
 別段驚いた風もなく一柳は応じた。
 何故、輪熊がココにいるのかは分からない。
 だが、コイツが何かに関係している事だけは確信していた。
 どちらからともなく明かりの消えたビル群の狭間を歩き出す。
「お前がこんな別嬪さんとは思わなかったぜ」
「あんたはHN通りだったな」
 ニヤリと皮肉な笑みを向けられ、作り笑いを返す。
「俺だと分かった途端にタメ口か・・・」
「お望みなら、猫くらいいくらでも被ってやる」
「いや、いいさ」
 話しながら聖は大きく伸びをした。
 長時間同じ姿勢を続けていると、自然と肩が凝る。首から肩に掛けて、ゴキゴキと鈍い音が響く。
 ホテルまで徒歩10分。
 ゆっくりと湯に浸かって身体を解したいところだが・・・。
 まるで無関係な事が頭に浮かぶ。
 一柳に直接聞くかどうか、実のところかなりの迷いがあった。ネット上では、聖もホームネームを使用していた。だから、自分が名乗らなければ、相手に正体を晒すことはない。よしんば、一柳が勘付いていても、シラを切り通せば済むことだ。
「・・・で、何であんたがココにいる?」
 聖のキツイ視線に一柳の顔から一瞬、笑みが消えた。
「・・・・・オフ会の誘いは断る。IT関係の展示会にも顔を出さない。なのに、膨大なカウント数がはじき出され、コンスタンスに無料ツールも有料ツールも更新し続ける。そんな奴に会いたいと思ったまでよ」
「・・・ぁあ!?」
 あまりに単純過ぎる一柳の返答に聖は狼狽えた。
「じゃぁ、お前が俺を呼んだっていうのかよ! おい?」
「そういう事になる。いや、タマタマだ。犬飼さんが戦力が欲しいって言うからだな、俺も疲れてたし、ここいらでちょっとばかし休憩が欲しいと思ってたのよ。んで、お前のメールアドレスを犬飼さんに教えてみた。そしたら、この悪条件に来るって返事じゃないか、じっくり拝んでやろうと思ったね俺は、お前をさ」
「たったそれだけの理由で俺をこんな事に巻き込んだって言うのかよ!」
 勢い、一柳の胸ぐらを掴んでいた。
 殴り倒してやりたい気分だった。
 こいつの依頼さえ無ければ、岸上と揉める種は無かったのだ。いや、ソレは一応解決したとして・・・・・。
「どうでもいいが、その柄の悪さは似合わんぞ。おい」
 自分の襟を掴む聖の手をほどきながら、一柳は呆れたような溜息を吐く。
「俺はお前の履歴書を見ていないし、正直SEIが3人の内誰かも知らされていなかった。最初は大貫だとばかり思っていたのよ。それが、奴はC言語オンリーだって言うじゃないか。どう考えても岡田じゃない。で、お前はと言えば、作った本人が二度と見たくもないような小難しいソースをスラスラと1日で解析しやがる。信じたくなくても、お前しかいないじゃないか? なあ? こんなガキ臭い奴なんて、詐欺だぜ」
「誰がガキだ!」
 のんびりした一柳の解説に聞き捨てならない一言を見つけ、聖は意気込んだ。
「どう贔屓目に見てもお前の身体は未成年だろうが。慎ましい体型しやがって。最近はこういうのがいるってぇのは知ってたが、実際目の前にすると、ショックなんだからよ・・・・って、おい、待てよ!」
 慎ましいとは、一体・・・・どういう意味に取って良いモノか・・・。
「うるせー! お前なんぞに話はない!」
 啖呵を切ったは良いものの、少なからず一柳の口から零れ出た言葉に落ち込まされる。
 何処をどう見て慎ましい・・・・・・・・・・。
 一柳から聞き出したい情報は山ほどあるものの、すっかりふてくされた聖は、足早にホテルへと歩みを進めていた。
 
 ふと気付くと後ろを歩いていた筈の一柳の姿はない。
 
 だが、探し出してまで話をする気にもなれず、聖は自分の部屋に戻るべく、エレベータに乗り込んだ。


────ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう

 シャワーを浴びながら、壁を叩く。
 叩いても、何の破壊力も無く、拳が痛いだけなのは承知している。自分の努力ではどうにも出来ない事を指摘されたのが、聖には何より悔しいのだ。最初からすんなり成人男子に化けられるなどと甘い事は考えてはいなかった。だが、「慎ましい体型」などと他人に言われる筋合いはない。
 
────・・・・あ、・・・・って事は
──────  まずい。

 水しぶきを散々撒き散らした後、初めて聖は事の重大さに気付いた。
 一柳にバレている。
 一柳が訴えるとは思えないが、契約先から見れば、聖のやっている事は立派な犯罪である。その名称を年齢詐称、経歴詐称という。
 この事実を触れ回られ、小沢事務機側に知られるのは非常にまずい。一柳に愛社精神が欠片でもあるならば、黙っておいてくれるだろう。
 だが、あのキャラクターから言って、その可能性は極めて低いような気がした。
 先ほどの怒りの勢いは何処へやら、途端に聖はバスタブの中にうずくまった。

─────どうする?

 17歳で通すか?
 それとも、事実を打ち明けた上で、頼み込むか・・・・・・。

─────頭なんか下げたくねー

 シャワーのお湯は聖をあざ笑うかのように、やかましく降り注いでいた。

─────こうなったら、ままよ!

 やおらシャンプーを手に取り、激しく髪を洗い出す。
 聖は自分の脳を悩ませる何もかもを全て洗い流してしまいたい気分だった。 

                         つづく

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