2001.06.26up

時間のタリナイ恋なんて・・・10

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 ぼんやりと、ただぼんやりとバスタブの湯に浸かり、特別凝っていた首にシャワーをあてる。
 もう、どうでも良いような、そんな気がしてきた。
 世間的にバレたら、また、以前のように在宅オンリーに仕事を絞れば済む事だし・・・・・・。

────けど、まるで儲けにならないんだよなぁ〜

 やはり何と言っても個人でやるなら出向の方がボロい。会社勤めなら、半分から3分の1の収入なのだが、聖は個人契約である。在宅だけに絞ると、今後の貯蓄計画にかなりの支障を来すのだ。
 こんな事を岸上に相談する訳にもいかない。どうせ、相談すれば、在宅に絞るように言われるに決まっている。前々から岸上は聖の出向を快く思っていないような節があるのだ。ハッキリと聞いた事はないが・・・・・・・・。
 ある種の詐欺である事だけは確かだし・・・。岸上が賛成しない気持ちも分からなくはない。
「・・・・・・はぁ・・」
 溜息しかでない。
 今までの努力は一瞬でパアなのだ。
 シャワーを止めて、湯にもう一度沈み込もうとした時だった。

 何やら音、いや、野太い人の声が漏れ聞こえてくる。
 
 聖は慌ててバスルームを出た。


「加納ぉ〜! 悪気は無かったんだぁ!」
「一柳さん、いい加減にしてくださいよ。夜中ですよ・・・・・・」

────・・・・・ゲ!

 聞こえて来たのは紛れもなく一柳の声。
 それに続く声にも聞き覚えがあった。隣屋の大貫ではないだろうか?
 そう、既に午前2時を回っているのだ。
 一体いつから居たのだろうか?
「加納ぉ〜! 起きてるんだろう〜! 出てきてくれぇ!」
「一柳さん! 宿泊者は私達だけじゃないんですよ。お願いですから、騒がないで下さいよ」

 出来れば、無視したい。
 だが、外の様子はそれでは治まらないような気がする。
 聖は慌てて浴衣を羽織り、いい加減に帯を巻き、ドアを開けた。
「加納ぉ!」
 大きな図体の無精髭を生やした、だらしない服装のオヤジが懇願のまなざしで聖を見つめていた。
「怒ってないから、さっさと寝て下さい」
 聖は大きく項垂れ慇懃無礼に応じた。
 だいたい聖が怒っているからと言って、切り札を握っているのは一柳なのだから・・・一柳にとって不都合な行動を聖が取れる訳もない。それくらいの事は理屈で考えれば分かりそうなものだが・・・・・・・。
 聖には一柳の本心が掴めなかった。
「そうか! 許してくれるのか?」
「・・・・・・・・」
 許すも何も、弱味を握られている聖にその権利は公使出来ない。「なんだか分かりませんが、もう、騒ぐ必要も無いわけですね」
「はぁ、どうも、お騒がせしてしまったようで・・・・」
 いつもはビシッとスーツを着こなしている大貫の浴衣姿を目にして、聖は恐縮してしまった。
「いや、2、30分前から、ドアを叩く音と一柳さんの声が聞こえたもんで・・・・」
 睡眠を妨げられたらしく、あくびを噛み殺しながら、大貫はこれまでの経緯を聖に語って聞かせた。
 聖が出てくるまで自室へは戻らないと一柳は言い張っていたらしい。ホテル側の人間が出てきたらどうするつもりだったのか、困ったオヤジである。
「それじゃ、私はこれで・・・・」
「おう! 悪かったな」
 あっさり隣室に消える大貫に一柳は悪びれた風もなく、手を振った。益々、聖の疑念は募っていくばかりであった。

「あんた、一体、何考えてるんだよ」
 大貫の気配が消えたのを確認すると、聖は小声で凄んで見せた。
「いや、俺はどうも口が過ぎるらしい」
「はぁ・・・?」
「だからだな、悪気は無かったんだ。いつも、自分で気付かない間に人を怒らせちまうんだな。思ってる事がストレートに出ちまうっていうのか・・・・・。そういう事だ」
 つまり、口に蓋がない。嘘が吐けないとでも言いたいのか?
 しかし、それなら尚悪い。思ったまま正直に言った本心がアレだと言うことは・・・・客観的事実と言いたいわけだろう?

────ムカツク

「じゃ、悪気が無かったって事で・・・・・」
 冷たくドアを締めようとした筈が、ドアは締まらない。一柳の足が挟まっていた。
「・・・で、だな。一杯やらないか?」
 パンパンに膨れて水の滴るコンビニ袋を一柳は嬉しそうに掲げた。
「何だよコレ?」
「ぬるくなると不味いんでな、冷やしといたんだ」
 満面の笑みと共に、コンビニの袋が開かれた。そこにはぎっしりと氷がつまり、溶けた水で浸され、缶ビールが覗いている。
「5階には氷のサービスがあったぞ。しかも無料だ」
 何か間違っている。
 かなり、間違っている。
 未成年、と人を断定した張本人が何をどう考えたら、その未成年に酒を勧めるのだ?
「なんで、俺があんたと酒盛りするんだよ」
「いや、確かお前、夜食も殆ど食ってなかっただろう? 食料もココにある」
 完璧に論点がズレている。
「・・・・・・で、明日はテスト検証があるっていうのに、何が言いたい」
 あからさまに聖はテスト検証を強調して大声を出す。

「だからだな、部屋に入れてくれ。お前と呑みたい気分なんだ」

 一柳はポリポリと頭を書き、言い辛そうに、しかしハッキリとした口調で応えた。
 挙動不審の怪しい人物ではあるのだが、コレはもしかすると格好のチャンスかもしれない。自分が短気を起こさなければ、聞けていたかもしれない犬飼の事も、一柳が酔っぱらっている方があっさり聞けるのではないか?

 ドアに貼り付いたままの一柳は期待の眼差しを聖に向けている。

「・・・・・・・入れよ」

 押さえていたドアから聖が手を放すと、一柳はイソイソと部屋に上がり込んだ。
 

                         つづく

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副題、聖の受難?