時間のタリナイ恋なんて・・・8
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
「加納君、大丈夫?」
フロアーの片隅に配されたキャビネットに向かいコーヒーを入れている時だった。
「・・・・・え?」
ぼんやりとガラス製のポットに溜まっていく液体を眺めていると、岡田が心配顔で声を掛けてきた。
「ここのトコ半徹ばっかりじゃないの?」
聖が出向して、既に1週間が過ぎようとしている。その間、聖の分担部分は終了しているものの、一柳のテスト用データの準備など、仕事は山積みの状態だった。
「結構丈夫に出来てますから・・・・・・・・・・」
傍目にも分かるほど疲れた顔をしているのだろうか?
聖の言葉にホッとしたように、岡田は席に戻っていった。
今回の出向者の中で戦力外と思われるのは岡田一人だった。
本人は頑張るつもりがあるようなのだが、既に仕事も山場を迎え、レベルの低いものが無くなりだして、2日程前から岡田一人が定時に退室している。岡田に取っては気まずい状況である。
しかも、年下であるはずの聖が最後まで残って仕事をしているのだ、気になるのも頷ける。
とはいえ、聖も3日に一度はホテルの部屋に戻り、4時間は眠っているので、巷で聞くところの「火の点いた現場」よりは幾分マシかとも思われた。
今日も一区切りついたところでホテルに戻る予定なのだ。
それよりも気になるのは、1時間程前、突然の訪問者の事だった。
痩せて、窶れた印象の五十絡みの男は犬飼正一と名乗った。アルファーシステムの課長。そして、このプロジェクトのそう責任者らしい。
慌てた素振りで現れた男に、岸上の表情が変わった。焦りが見えた。そして、二人でパーテーションの向こうに消えた。何か、このプロジェクトに異変が起きたのだ。
鉄面皮とも言える岸上の表情を変えさせるだけの何かが・・・。
聖が質問しても、誰も訳を知るモノはいない。
隣に座る一柳は天井を仰いだかと思えば一つ頭を掻いただけだった。
あの夜、一柳はすぐに眠ってしまった。
気持ち良さそうに眠る一柳をみて、あきれ果てた。
意味深な台詞は一体なんだったのか?
何も起こらないのは歓迎すべき事なのだが、お陰で聖は翌日の睡眠不足に悩まされたのだ。人騒がせなオヤジである。
どうでも良い事で考え込んだ分だけ馬鹿を見た気分だ。
それよりも、もう一つ気がかりがあるのだ。
2日前、一柳のソースプログラムの中に一つの記述を見つけた。通常のプログラムと同じ階層の中にある一つのツールを呼び出していた。これは別に特殊な処理と言う訳でもない。そのツールの配布元に問題がある。
誰か、聖を知る誰かがいる。
それは、聖が自分の管理している個人HPで特別注文されたツールだった。
これは単なる偶然なんだろうか?
─── 気味の悪い現場だぜ
誰の注文だったかは、ネットに繋げば分かることだ。
聖は周囲の様子を伺いながら、こっそりと自分のHPのサーバにアクセスした。台帳関係のファイルもココにはUPしてある。素早くパスワードを打ち込み、中身を見ると、納品先のHNは「輪熊(リングマ)」とあった。聖が無料ツールを配布しているHPの常連で、結構気の合う人間の内の一人だ。メールのやりとりも何度かしたことがある。注文者の明細を開く。そこには思いがけない人物の名前が載っていた。
キーボードの手を止めて、隣に視線をやれば、一柳がコチラを伺っていた。
つづく