時間のタリナイ恋なんて・・・7
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
雑然としたオフィス内、ざわめく周囲を振り返る事無く、聖はキーボードを叩いていた。
予定よりも進捗が早い為に、一柳の助手としての仕事が聖には課されていた。
彼が修正を加えたプログラムを調査し、詳細仕様書の改訂がその主立った仕事だった。
一柳のソースプログラムを覗き、現状としてファイルされている仕様との相違点があれば、細かく逐一を表計算ソフトを用いて記述していくのだ。
聖としても、あまり得意な仕事ではなかったが、一柳の方はと言えば、整理能力皆無に近い状態だった。
放っておけば、きっと半年後でも、彼が書類をまとめる事は無いだろう。
岸上側から流れ図的な仕様変更は行われていたが、担当者が修正した上で、構造的に無理のある部分は各人が責任を持って変更を加えていく。
客先に提出するマニュアルの元ともなる書類なので、完成しているプログラムについては出来る限り早めに纏めておく必要があった。
万が一、担当者が休む事になって、他の者では判りません、では仕事とは言えないし、休まないという保証もない。
─── あー、めんどくせー
他人のプログラムだと思うと、余計に嫌気が射してくる。
一柳のソースがまた、複雑怪奇な記述なのだ。
これが、噂に聞いた「野生のプログラム」だろうか?
統一性が少なく、かといって重複した記述があるわけでもない。
奇怪なソースだった。
もとより、他人の組んだプログラムというのは、扱い憎いモノと承知していても、目で追いかけるだけでも、慣れるのに時間が掛かりそうな代物だった。
────でなくても、落ち着かないのに・・・。
心の中で、聖はブツブツと呟きを漏らす。
今朝、岸上の部屋で目覚めて、最初に目にしたのはコンビニの袋だった。
自分が買って来た憶えもないのに、枕元に置いてある袋の訳を問いただせば、聖の為に買ってきたモノだと言われた。
中身を見てもピンとはこなかった。
朝っぱらから何の冗談かと思ったくらいだ。
カサカサ音を立てる安っぽい袋には、ボクサータイプのサポーターパンツが10枚以上入っていた。出張なのだから、当然、着替えは持ってきていると抗議をすれば、出張中はその下着を身に付けるようにと指図された。
で、トドメに今日から一柳と組んで仕事しろ、と・・・・・・。
つまり、徹夜だ。
太股の辺りまで布地のある下着が心地悪い。
久々の綿100%がゴワゴワと身体にまとわりつく気がしてならない。
───
おっさん趣味を押しつけやがって・・・・・
心で悪態を付きながらでも身に付けてきた自分がいじらしく思えてしまう。
岸上自身は黒の癖に、何故か聖用には黒だけがなかった。
一応、グレーにウェスト部分が黒のものを選んで身に付けはしたのだが・・・・・・・・・・。なぜ、サポートする必要があるのだろう?
それでなくとも、昨夜の行為の余韻を引きずって、腰が怠く、普通に歩けているかを確認しながら行動するという苦行を強いられた身体は休養を欲していた。
夜食を摂った頃にはすっかり腰の怠さは無くなってはいたが、今日の仕事がハードになるのを予測していたのならば、昨夜の行為は無かった筈では・・・・・・・。
考えれば考えるほど、岸上の行動と言動に矛盾を感じる。
そして、聖は溜息を吐きながら、仕事を再開した。
何時間が経っただろうか?
「あー、もう、仮眠だ仮眠!」
髪をガシガシと掻きながら、一柳が聖の肩を叩いた。
「は?」
一柳の言わんとする意味が掴めず、聖は頭に疑問符を飛ばした。
「だから、仮眠に行くぞ、と言ってるんだ」
「・・・はあ、どうぞ」
で、一柳が仮眠するからと言って自分に何の関係があるのかが、聖には一向に理解できなかった。
「お前も一緒に仮眠するんだよ」
「はぁ? ・・・でも、まだキリが悪いんで・・・僕はいいです。お先にどうぞ」
どうやら、聖を誘っていたらしい。
だが、まだもう少しは頑張れそうな気がするし、何故だか、一柳と一緒に仮眠というのが、本能的に避けたかった。
「効率が悪いだろう。お前と俺の行動が同じなら連携が取れるんだよ」
つまり、同じ仕事を組んでいるのだから、一柳が眠っている最中に聖に質問事項が出来たとしても、答えが得られないとか、そういう事だろうか?
「じゃ、コレを保存しておきますので・・・」
仕方なく聖は一柳の後に続いた。
ふと、岸上に視線をやれば、岸上は相変わらず端末に神経を集中させていた。
ビルの5階に降りると、ムッとした湿った空気が聖を包む。
どうやら、先程までいた6階よりも空調が悪いらしい。
「荷物用の階だから、古い空調がそのままになっているんだ」
しかめっ面の聖を見て一柳はニヤリと微笑った。
仮眠室のドアを開けると、中に人はいなかった。
つまりは、一柳と二人きりと言う事か・・・・。
あまり歓迎出来ない事態である。
一柳は部屋の一番奥の簡易ベットに腰をかけ、何やら服を脱ぎ始め、聖は目を丸くしてその姿をじっくり見てしまった。
のっそりとした行動のせいで、太った印象を一柳に持っていたのだが、その身体は意外と引き締まっていた。
さっさと、トランクス一枚の姿になると、タオルケットを被る素振りが見えて、聖は内心ホッとした。
「そのままで寝ると皺になるぞ」
隣のベットを陣取った聖に気が付いて一柳が声をかけてくる。
スラックスやYシャツの皺の事を言っているらしい。
確かに、2週間の出張で、スラックスの替えはホテルに1本あるだけである。一柳の発言に納得して、聖もそれに習う事にした。
────そういう事か・・・・。
やっと、岸上の行動が読めてきた。
確かに、この状況で黒のビキニでは、初々しい新入社員には見て貰えない。
懸命な判断と言えた。
すっかり下着姿になってタオルケットを被りながら横になると、一柳の視線とぶつかった。
「惜しいよな・・・・」
「は?」
「コレが女なら申し分ないんだが・・・・・・・」
ゾクリと悪寒が背筋を駆け抜けたが、聖は聞かなかった事にして、一柳に背を向けた。
「体力はあまり無さそうだが、ま、頑張れや」
布ズレの音を聞きながら、神経をとがらせて聖はそっと目を閉じた。
つづく