2001.08.14up

時間のタリナイ恋なんて・・・23

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 夜の盛り場。
 賑わう店内は、労働者のざわめきに溢れ、様々な食欲をそそる匂いが立ち込めている。
「それでは、プロジェクトの完了を祝って乾杯!」
「乾杯!」
 音頭に合わせて、ジョッキが掲げられる。
 本番検証の翌日、小沢事務機の社員に対するオペレーション作業も終了し、アルファー・システム関係の人間は打ち上げに繰り出していた。当初、予定した日程よりも1日早い完了に犬飼は満面の笑顔を見せている。そんな犬飼に岸上を始めとする部下一同は喜びを感じていた。聖もその中の一人である。
「いやー、皆良くやってくれた。私は、良い部下を持って幸せ者だよ。今日は無礼講だ! 何でも好きなモノを頼んでくれ! 今日は、思いっきり飲んで食って、明日一日はゆっくり休養を取ってくれ!」
 やたらに犬飼のテンションは高い。

「な、犬飼さんって、ああいう人だっけ?」
「ああ、元々はな。それより、お前は飲まんでいい」
 犬飼の人柄に疑いを持った聖に岸上が応えた。
 本番検証が終了した直後、一柳が慌てて手配したのは、駅前付近の居酒屋である。テーブルには所狭しと刺身や焼き物・揚げ物が並べられ、それぞれの席には生ビールが次々に運ばれていく。
「結構、飲む人が多いんだな」
「お前は雑炊でも頼んでおけ」
 ジョッキに手を伸ばすと、岸上は咎めるように聖の手を掴み、店員に雑炊と烏龍茶の注文を入れる。
 まだ、ダメージは半減したばかり。聖の胃は固形物を受付けなかった。昨日から、スープや牛乳果汁ばかりを胃に入れている。一柳の件は岸上と一柳の間で解決してしまったようで、聖には面白く無い結果となっていた。
    
────なんか、俺ばっかり貧乏くじのような・・・・・・・・。

 早速、運ばれてきた烏龍茶をチビチビ飲みながら、聖は眉を顰めた。
「良いのかな? 一日得した気分ですよね」
 大貫がにこにこしながら語りかけた。
「そうですね」
 聖も愛想笑いを貼り付かせる。
「あれ? 加納君、飲めないの?」
「いや、飲めます。飲めます」
 渡りに船と言った所でジョッキに手を伸ばそうとする。
「胃の調子が悪いと言っていた筈だが・・・・」
 すかさず、岸上の有無を言わせぬ静止が入った。
 岸上はどうあっても未成年の飲酒を許すつもりは無いらしい。聖は岸上に向き直り、鼻に皺を寄せる。
「おう、大貫。犬飼さんが呼んでるぞ」
 大ジョッキを片手に一柳が現れる。
 大貫が席を離れた後、聖は岸上と一柳に挟まれる羽目に陥った。
「なんだ、コレ?」
「見りゃ分かるだろ。烏龍茶だよ。烏龍茶!」
 ぶすくれた聖と、睨む岸上の表情を交互に眺め、一柳は吹き出した。
「お前ら、わっかり易い事してんなぁ」
「何しに来たんだよ」
「おいおい、乾杯ぐらいさせろよ。なんか、懐かしくってよ。犬飼さんのあんな顔見るのなんか何年ぶりかなぁ」
「そうだな。あれでこそ犬飼さんだ」
 横柄に対応する聖を後目に一柳はしみじみと、そして嬉しそうに呟きを漏らす。そんな一柳に岸上は同意した。
 離れた席では屈託の無い笑顔の犬飼が、手元にガラス製のお猪口を握って赤ら顔で笑っていた。
「戻らなくて良いのか?」
 犬飼を見つめながら微笑む一柳に聖は問いかける。近くで話しながらの方が楽しい筈だと思ったからだ。
「馬鹿言え! もう大虎状態に近いんだぞ。半径1m以内は避けねぇとな・・・・」
「・・・・・・は?」
「あれは相当呑んだな」
「な、避難しといた方がいいだろ?」
「ああ」
 一柳と岸上は意気投合しているように聖には見えた。ちっとも意味がわからない。

────つまんねぇ〜

 酒も飲めず、会話の輪にも入れない。こんな空間に居る事自体が無駄に思えた。


「岸上ぃ〜!  一柳ぃ〜! 加納ぉ〜!」
 飲み始めて、1時間半を超えた頃。その場に犬飼の声が響いた。
「おお、始まった。始まった」
「え? 何?」
 そのまま聖の横に居座った一柳がこっそりと呟き、岸上は頭を抱えた。
 何やら分からぬままに犬飼の様子を窺っていると、今度は違う者の名を呼び始め、呼ばれた槇原は返事を返す。そこへ、犬飼は近付いて行った。
「槇原ぁ〜。俺のこの喜びが分かるかぁ〜」
「・・・・・・は、はい」
「よぉーし、チュウさせろぉ」
 ひたすら様子を窺っていた聖は目を剥いた。
「おい、あ、あれ・・・・・・・・・」
「悪い酒じゃ無いんだよな・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・あれさえ無ければ」
「嬉しい時は特に酷い・・・・・・・・・・」
 誰かに否定して欲しくて、聖が周囲を見回していると、誰もが口々に苦々しい呟きを漏らす。
「一柳ぃ〜! どこだぁ〜!」
 犬飼は叫ぶ。
 そして、聖が一柳を振り返ると、彼はニヤリと口元を緩めた。
「無礼講だしな・・・。記念って事で・・・・」
「・・・・何、何?」
 聖には何が何やら理解出来ない。目を白黒させて一柳の様子を見守る事しか出来なかった。
「加納ぉ〜! チュウさせろぉ〜」
 がっしりと肩が掴まれたかと思えば、景気良く叫んだ一柳の顔が段々アップで近付いてくる。
 つまり、どさくさ紛れに酔っぱらいを装うつもりだったらしい。
 狼狽え抵抗を見せるが、腕が振りほどけない。目一杯に顔を背け、回避しようとした時、ふっと、肩から腕が外れる。岸上が一柳を引き剥がしていた。
「犬飼さん! 一柳ならココです!」
 そして、岸上は大声で叫び、一柳の背を押した。
「てめぇ、岸上、裏切る気かぁ〜!」
「一柳ぃ〜! チュウさせろぉ〜」
 悪態を吐く一柳に犬飼が駆け寄り、そして犬飼相手に一柳は抵抗出来ない様子だった。
「うわぁー」
 一柳の野太い悲鳴は途中で途切れた。
「フン、不届き者が・・・・・・・・・」
 憎々しげに呟く岸上を聖は呆れ果てて見つめた。

────  なんちゅう事を・・・・・・・・・・大人げない

 あまりに子供っぽい岸上の行動に笑いが漏れた。笑うと腹が痛い。だが、笑わずにはいられなかった。
 大した発見である。
「帰るぞ」
 嬉しくて、腹を抱えて笑っていると、岸上に手を引かれた。
「・・・・くっく・・・。へっ? だって、打ち上げ・・・・・・・・」
 打ち上げを途中で抜けるのはまずいのでは無いのだろうか?
「あれだけ呑んでいれば、誰が抜けたかなど、分からん」
 岸上は口早に説明し、強引に店の玄関へと聖を導く。

「岸上ぃ〜! どこだぁ〜!」
 店の奥からは、またもや犬飼の叫び声がした。
 こうなったら、逃げるしかない。
 目と目で合図を送り合い、二人は店を後にした。

                         つづく

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コメント

ありゃ! 終わらない・・・・どうしよ。(汗)