時間のタリナイ恋なんて・・・2
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
そこにはビル群の林立する都とは明らかに違う澄み切った空気が流れていた。
甲府駅に降り立ち、聖達一行は辺りを見回した。
朝の集合の時点で、依頼主の東京本社の人間が新宿駅で資料を手渡し、その渡された資料に車中で目を通し、到着には山梨支店の人間が来る予定となっている。
ホームではないのだろうか?
もう一度、聖は資料に目を走らせ始めた。
「駅の南側と書いてありましたよ」
大貫が聖の疑問に応えた。
3人で待ち合わせ場所まで降りると、そこにビジネスマンらしい人影はなかった。
列車は時刻通り駅に到着した。
資料には到着時刻に、との記載がある。
担当者欄に記載の佐々木という人間の性格をうっすらと想像し、聖は頭を振った。
初っぱなから不穏な空気が流れ出す。
──
マイナスにばっかり考えたって埒があかない。
── たまたま遅れただけだ。
既に自分の選択ミスが見えてきたような気がした。
3人の間に重苦しい空気が流れ出す。
「あ! あれが、コレに載っているホテルですね。駅前から見えているなんて、便利そうだなぁ」
岡田は気を紛らわすように聖や大貫の顔を交互に伺い、白々しい台詞を吐いた。
「そうですね。小さいけど、比較的、清潔そうな外装だし・・・・・・・・・ね、加納君」
岡田に気を遣ってか大貫は砂地で針を探すかの如く細かい長所を見つけだす。
「・・ははははっ・・・・・・・そう・・・ですね」
同意を求められても聖は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
30分遅れで、佐々木は到着した。
遅れた事に悪びれもせず、笑って担当者は謝罪を入れ、ホテルのチェックインを済ませるよう指示を出した。歌舞伎役者のように色白で瓜実顔の彼の顔は何を考えていても笑顔にしか見えないような気がした。
その後、駅前の定食屋で食事を摂っている間、聖ら3人は現場に付いての予備知識を仕入れようと、色々と佐々木に質問したが、佐々木は口を濁すばかりで、事情を知っているのに故意に隠している事が明らかだった。
情報収集を諦める3人を見るなり、佐々木は饒舌になっていた。
「この辺は東京と違ってのんびりしているでしょう。コレが春先だと『信玄祭り』なんかがあって、賑やかになるんですがね・・・・・」
エンドユーザーへの道のりを、ひたすら話し続けている。
聖も相槌を打ってはいたが、そういう話ではなく、仕事の話が聞きたいのだが、あくまでも仕事の話は現場に行くまでするつもりはないらしい。
不意に携帯電話の着信音が響いた。
聖以外の3人が各々の携帯を取り出す。
そして、佐々木が話し始めた。
「お疲れさまです。佐々木です。・・・・はっ、では、5階に寄ってからという事ですか? わかりました」
電話を終えて、3人を振り返り、ニッコリと誤魔化し笑いを浮かべた。
「現場のリーダーの方からです。・・・あ、あそこが今回の現場に当たる小沢事務機さんですよ。自社ビルですから、そんなに気を遣うことも無いと思います」
駅から15分ほど歩いた所で、佐々木は6階建ての小さなビルを指さした。
1階では、荷物の積み込みを行う社員らしき人々の姿が映る。
どうやら1階は商品倉庫らしい。
商品倉庫の横に玄関兼エレベーターホールが見える。
「開発は6階で行われていますが、先に施設部分の案内をします」
そう言って、佐々木は5階のボタンを押した。
エレベータを降りると、廊下沿いに3つ程ドアがある。
「こちらは主に休憩に使われています」
向かって右手と真ん中が倉庫との説明の後、佐々木は一つ咳払いをした。
「来たばかりで、こんな所をお見せしたくはないのですが・・・・・・」
最後のドアが開けられた。
「ちょっと、用を先にすませますね」
また、佐々木は言葉を区切り、聖達に待つよう合図を送り、部屋の中へ入って行く。
「一柳さん。・・・・・一柳さん!! もう、交代の時間ですよ」
どうやら中に人がいたらしい。
「プロジェクトのメンバーでしょうか?」
岡田の呟きに大貫は手を大仰に広げ手振りで「さあ?」と応えた。
3人の神経が一つのドアに集中する。
メンバーが出て来るのならば、まずは挨拶が必要になる。
皆が名詞入れを片手に構えた。
しばらくは、遠い声で中でのやりとりが聞こえるだけだった。
そして、ドアから出てきた人物に皆が息を飲む。
スラックスの上にだらしなくはみ出したワイシャツを直しもせず、首には申し訳程度にネクタイが引っかかっているだけ、その上の骨張った顔には無精髭が蓄えられ、まるで、ココで生活しているかのような、愚鈍そうな男が姿を現した。
────
ちょっと待て! 徹夜仕事とか言うんじゃないだろうな?
「う〜っすっ」
男は手を軽く上げ3人に声を掛ける。
3人はショックから立ち直っていなかった。
仮にもココはオフィスのハズである。
「・・・・ああっ! もうっ! 一柳さん、しっかりして下さいよ」
部屋から追いかけるようにして佐々木が現れ、一柳と呼ばれた男のネクタイを掴んだ。
「ネクタイ位締めて下さい。それにワイシャツも・・・・・」
「・・・・おぅ」
世話女房のように動き回る佐々木とは対照に一柳はボリボリとのんびり頭を掻いていた。
───── 嫌な予感がする
聖の背筋を冷たいモノが伝った。
佐々木の手から逃れた一柳は3人を興味なさげに観察していたが、聖の前で一瞬立ち止まり、ニヤリと口元を吊り上げた。
「あ、アルファー・システムより参りました。加納聖と申します」
客からお仕着せに渡された名刺を一枚差し出し、忘れかけていた社交辞令を思い出す。
「・・・・・・・・目の保養」
ボソッと呟いたかと思うと、片手で聖の名詞を受け取り、一柳は非常口へと消えた。
─────
な・なんなんだ、アレは・・・・・・・。
聖は目を白黒させて、彼の背中を見送った。
「やぁ、ビックリさせて申し訳ない。あの人もこういう時でなきゃもうちょっとマシなんだが・・・・・・」
見せてはいけないモノを見せてしまったかのように、佐々木は慌てて弁解じみた事を言い始める。
「あの一柳さんって方はメンバーですか?」
岡田が不安そうに質問を繰り出す。
「彼はああ見えても凄いSEでね、彼がいないと・・・・・・」
それには応えず、佐々木は言い訳を続けようとしていた。
「メンバーなんですね」
そこへ、大貫は突っ込みを入れた。
「はい」
その答えに、3人はそれぞれに肩を落とした。
つまり、ココは徹夜付きの現場なのだ。
「ここは仮眠室として使用しています。自由に使って頂いていいんですよ。今も仮眠している人がいますから、静かに覗いて下さい」
トドメのような佐々木の台詞にそっと室内を覗けば、汗くさい男の体臭が鼻を突く。
「簡易ベットはその時空いている所を使って下さい」
中では2人の人間が屍のように横たわっていた。
──── 冗談じゃねぇ。
聖は心の中で毒づいた。
つづく