時間のタリナイ恋なんて・・・19
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
──────どうしちまったんだよ・・・・・
胸の鼓動が高鳴った。
瞳の色が優しくて・・・・・。
なのに、逃げるようにして出てきてしまったのは何故だろう。
どうして一人になりたい時に限って声を掛けたりするんだ。
いつもは干渉しないくせに。
岸上が触れた額はいつまでも熱を持っているように感じた。
大きくて骨張っている癖にしなやかな形の良い手がそっと当てられた。
それだけの事でドキリと、心臓が跳ね上がった。
そっと、自分の手を額に当ててみる。先程の感触が思い出された。
───── やっぱ、変
ふらつく頭をエレベータの壁に凭れさせていると、1階についた。
もう、疲れた。
頭を真っ白にして、死んだように眠るんだ。
一晩眠れば、きっと、いつもの自分に戻れる。
疲れているのが、いけないんだ。
自分を取り巻くあらゆる事を全て睡眠不足のせいにして、聖はホテルへの帰途についた。
外は相変わらず、蒸し蒸しとした空気が広がり、アスファルトを街灯がぼんやりと照らしていた。
「早かったんだな」
丁度、ホテルとの中間地点に差し掛かった所で、声の方向を振り返ると、一柳が建物の角から現れる。聖は無意識に身体を強張らせた。
「何か用か」
自然に振る舞えない自分が嫌で、聖は殊更、高飛車に応じた。
「そう、逆毛を立てるなよ」
ニヤニヤと笑う一柳が、今日は一段と魔物じみて見えてくる。やはり、普通の神経は持ち合わせていないようだ。
「強姦魔のご機嫌を取ってやる謂われはねぇよ」
「未遂だろう。未遂」
「・・っ! どこまで図々しいんだ! このクソオヤジ! オレはあんたのせいで疲れてんだよ。人をおちょくるのも大概にしろ」
威嚇するように睨め付け、聖は一柳を振り払った。
「なんて目をしてやがるんだよ、お前って奴は・・・」
一柳は去ろうとする聖の肩を掴み、建物の壁へと押しつけた。聖の瞳は剣呑な光を放つ。
もう二度と一柳の好きにさせるのは御免だ。
「おいおい。まあ、そう尖るなって。お前の鼻っ柱の強さも俺は気に入ってるんだからよ。いい目をしやがる」
「別にあんたになんか気に入られなくてもいい。用件があるなら手短に終わらせようぜ」
聖の肩に込められた力は身動きが取れない程ではなかった。さっさと一柳を振り切って、部屋に戻ってしまうのは可能だが、この前のように部屋までついて来られては面倒である。警戒の意志も露わに向き直った。
「お、聞く気になったのか。・・・いや、そのっ・・・・・・だ、言いにくいんだが、昨日は悪かったな」
「・・・・・・は?」
どうも、この一柳が相手だと調子が狂っていけない。なぜか憎めない。特な性格とでも言うのだろうか?
「だからだな、つまり、本能に理性が負けたというか・・・・・・・。あれが普段ではないという事をだな・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・あんたに理性なんてあったのか?」
「阿呆っ、理性がなけりゃ、お前の今日の出勤はないぞ」
「阿呆とは、なんだ。阿呆とは・・・こちとら被害者なんだぞ! 強姦未遂野郎が!」
「聞こえの悪い事を言うな。お前だって良い思いをしたんだろうが」
「誰がして欲しいっつった!」
「だが、イッただろうが!」
「他人にイカされたって、それは男の生理だろうが! そんなもんちょっと上手いからって自慢げに言うんじゃねえや!」
売り言葉に買い言葉。あまりにも低次元な会話に嫌気が射してくる。
だが、口に出して言いたい放題を言うだけで、だんだん聖の中では気持ちの整理がついてきた。
他人にイカされたって何とも思わない筈だった。
それなのに、なぜ今回ばかりは心に引っかかってくるのか。
これまでの女性経験が何の役にも立っていない事を聖は痛感していた。
つまり、相手が男だからか?
無理矢理ねじ伏せられた上での行為は蹂躙されるのと同じだ。力で征服される。聖には屈辱としか思えなかった。では、岸上の時は・・・・・。
「自分の感度の良さは棚上げかよ・・・・」
一柳の最後の一言に聖の顔は真っ赤に染まり、二の句が告げなくなった。
「誰の感度が良いって?」
剣を含んだ聞き慣れた声がした。
声の方向に顔を上げると、向かい合った一柳の真後ろに、仁王立ちした岸上の姿があった。
つづく