時間のタリナイ恋なんて・・・18
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
仕事に忙殺されながら、岸上遼一は何故かしっくりと来ない空気に疑念を抱いていた。
─────何かがおかしい・・・・・・・・
今朝から聖の様子が不自然だった。ここ数日、多少の疲れは見せていたものの、昨日までは実に楽し気に働いていた筈だった。コンビを組んだ一柳とも上手くコミュニケーションが取れているように見受けられた。
それが今日になって、一柳と目を合わせようとしていない。
故意に避けているような、そんな気がした。
時折、伺うように寄せられる視線も感じない。
午前中にテスト検証が終わり、午後からは本番検証の環境作りに入っていた。本番に使うデータを各自が分担してセッティングする作業だ。
どうかすると心ココに在らずといった感じになる聖を、内心ヒヤヒヤとしながら岸上は見守っていた。
今日の聖は、いつ大きなポカをしても、おかしくないように見受けられる。
一方、一柳はと言えば、珍しく私語もなく黙々と作業をマシンのように片付けていく。岸上から見れば今日の一柳の姿勢は理想的な仕事振りと言えたのだが・・・・・・。
追い詰められている割に、ゆったりとした空気はそこにはなかった。
いつの間にか一柳がムードメーカーになっていたのだという事実を突きつけられる。
20時を回った頃、予定していた工程は殆ど終わっていた。
明日は午後から本番検証である。
技術者全員にホテルでの休養を言い渡し、岸上はさりげなく聖の様子を伺っていた。
フラフラと今にも倒れそうな痩身が痛々しく映る。
技術者達が次々と退室する中で聖だけがぼんやりと立ち尽くしている。その後で一柳が聖を見つめ続けている事に岸上は気付いた。
コンビなのだから、不自然ではないのか・・・・。
だが、じっくりと一柳を観察していると、その瞳にはそれ以上のものが込められているような雰囲気がある。
「加納、ちょっといいか?」
「・・・・・・はい」
これと言って用があったわけではないが、一柳の視線から聖を逃したくなった。
聖が岸上の元へ足を向けた事を見届けた一柳は開発室を去って行く。
真っ直ぐ顔を上げた聖の顔色が悪い。
「具合でも悪いのか」
そう聞くと、意外そうに綺麗な瞳は見開かれた。確かに今まで一度も口にした事のない言葉だ。「いや、ちょっと寝不足なだけさ」
力無い声が応えた。
恋人の額にそっと手を当ててみるが、熱は無いようだ。
「元気が無いようだが・・・・」
やがて、聖はうるさそうに岸上の手を払いのけ、きびすを返した。
「眠りゃ治る」
開発室を出ていく聖の背中は拒絶を訴えていた。
一度も岸上を振り返ろうともしなかった。
つづく