時間のタリナイ恋なんて・・・16
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
怒濤の2日間が幕を開けた。
元々の日程では、前倒しに作業が進んでいたので、徹夜をしなくとも半日ほどの猶予が見込まれていたが、商談の結果によって、全て徹夜にすり替わり、殆どの人間が残って仕事をする羽目に陥った。
技術者達に申し訳ないとの謝罪と共に指示を出し直す岸上と犬飼を見て、それでも聖は最初に聞いていた情報よりはマシな状況に2人の力を確信していた。
────もう、何にも見たくねぇ。動きたくねぇ。
仮眠室のベッドに倒れ込み、聖は心の中で弱音を吐いた。
とにかく眠ってしまいたい。
いくら強がって平気な風に装ってみたところで、疲労は隠し切れない段階まで来ていた。
連日の過労の上、昨夜は一柳のお陰で3時間も眠っていないのである。
今日も、4時間の仮眠は相変わらず一柳と二人ペアだ。
先に仮眠をとっていた3人を起こし、入れ違いに入った部屋では、一柳は既に服を脱ぎ散らかし、ベッドに横になって体制を整えている。
聖も一時間でも多く眠りたい気分だった。
疲れ切った体を叱咤しながら起き上がり、服を脱ぎ始め、ズボンを脱いだ所で、ハタと気付いた。
バックの一番底に仕舞っておいた筈のコレがなぜ?
一体、いつコレを履いたのだろうか?
視線の先には腰骨が透けそうな程、シミ一つ無い白い肌に黒のビキニパンツ。
昨夜、シャワー後すぐに浴衣を着ただけで、慌てていたから一柳が去った後にボクサータイプを履くつもりで・・・・・・、パンツを履いた記憶がない。
無意識に履くなんて事があるのだろうか?
履き慣れたモノだし、他の事で頭がいっぱいで考えもしなかったが、朝から確かに身に付けていた。
────と、言うことは・・・・・・・・・。
聖の額をタラリと一筋の汗が伝う。
「どうした?」
可笑しそうに一柳は声を掛けて来た。
「どうしたじゃねぇ。お前、俺に何しやがった」
昨夜は一柳と二人きりだったのだ。
聖が履いた覚えが無いならば、どう考えても、一柳の行動が一番怪しい。
「何って、パンツも履かんと風邪ひくだろうが」
聖の視線の先を凝視して、一柳の態度はしれっとしたものである。
「で、どうして履いてないのが分かったんだよ!」
やはり、一柳が履かせたらしい。
聖の顔は屈辱に歪んだ。
「お前、自覚した方がいいぞ」
「・・・・・はぁ?」
「だからだな、つまり・・・・こう、くるモンがあるんだよ。俺ももうちょっとでヤバかった」
意味不明でマイペースな一柳の態度に苛々は募っていく。
「何が言いたい?」
「分からんのか?
お前が目の前で眠るだろう。するとだな、起きている時にはない色気っちゅーかなんちゅーか、グッとくるモンがあるのよ。こう、ムラムラっとだな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・で?」
「浴衣を脱がしたら・・・・・・・襲い掛かりそうになった」
「・・・・・げっ!」
そういう嗜好の持ち主だったのか?
自然と聖の身体は後じさる。
「で、お前のかばんを探ったら、良いモンがあったんで隠した」
人の鞄を勝手に探り、裸に剥いた上に眺めていたと言うのか、この男は・・・・・・・・・・・。
悪びれもせず、よくもまあイケしゃあしゃあと・・・・・・・。
忘れていた怒りが沸々と込み上げ、とうとう爆発した。
「ざけんじゃねぇぞ!
このエロジジイ!」
言うが速いか、聖は一柳に殴りかかった。
腕力で勝てるなどとは思っていない。
思ってはいないが、これは人としての尊厳の問題である。
案の定、聖の拳は簡単に押さえ込まれ、両手を塞がれる。
「こういう時は、大人しく殴られろ!」
悔し紛れに、聖は叫んだ。
「あーあー、また、そんな格好で飛び込んでくるかなぁ・・・・・・。殴られたら痛いだろうが」
のんびりした口調とは裏腹に一柳の行動には容赦がない。
聖の身体は簡易ベットに放り投げられ、次に頭上で両手を一纏めに押さえられていた。
「おい! 何のつもりだ!」
必死の抵抗にも関わらず、体重をかけて押さえ込まれ、聖の背中を冷たいものが伝う。
「ガキは趣味じゃなかった筈なんだが・・・・・」
「趣味じゃねぇなら、この手を放せ・・・・・・・」
「そうもいかないようでな」
自嘲気味に一柳は呟きを漏らす。
聖がなんとか逃れようと、闇雲に足をバタつかせたが無駄だった。
足掻いている内に、一柳の骨張った固い手が胸から腹、そして股間へと、壊れ物を扱うような丁寧さで降りていく。
─────くそっ
下腹に指先が降りていき、下着のゴムを潜った時点で、聖は固く目を閉じた。
敏感な場所を一柳の手が包み、形をなぞるように握り込んだ。
急所を握り込まれている恐怖が聖の背中を這い上がる。
「・・・うそ・・・・・だろ・・・・・・?」
一柳が本気でこんな事をするなんて、信じたくないという気持ちが聖にはあった。
「本気だ、と言ったら?」
いいざま、柔らかく動き始めた指に嫌悪と恐怖を聖は感じた。
一柳の良いようにされる事へ、やり場のない憤りが生まれる。
それとは裏腹に身体は男としての生理を訴え始める。胸の突起に与えられた生暖かい感触や、その周囲に触れるチクチクとする無精髭の感触から、肌が震えた。
「・・・・・・・・くっ・・・・・・うっ・・・・・・・・」
一柳の愛撫は絶妙に上手かった。
湿った音が己から響いて来るのをどこか他人事のように感じながら、聖は自分の限界が近い事を思い知らされていた。
「無意識に男を誘ったら、こういう事になるんだぜ」
情けないやら、悲しいやら悔しいやらで、感情が入り交じり、眦から一滴の涙が伝い落ちる。
狭い部屋に広がる饐えた匂いが自己嫌悪に拍車をかける。
意志に関係なく機能する身体と油断した自分が恨めしい。
─────ちくしょう
「・・・・・やるなら、やれよ」
脱力感に苛まれた身体で逃げ仰せるとは、とても思えなかった。
身体だけ欲しいなら、くれてやる。
心はやらない。
岸上の顔を思い浮かべると涙が出そうだった。
覚悟を決めて、聖は目を閉じ、切れそうな程、唇を噛んだ。
「やめとくわ」
「・・・・・・・・」
上から押さえつける重みが無くなり、フワリとタオルケットが掛けられた。
「毛の生えそろったばっかのガキなんて、壊れそうでいけねぇ」
「・・・・・・・え・・・・」
目を開けると、一柳は別のベットにいた。
「悪いが、今度からはTシャツくらい着てくれ」
その夜、聖は仮眠室を後にして、ホテルの自室に戻った。
つづく