時間のタリナイ恋なんて・・・15
上郷 伊織
◇◇◇
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一介の出向社員なんてなぁ・・・・・
暑苦しい程の嵩張る存在が隣にない。
その向こうの一際広いデスクも殺風景に二台の端末と積み上げられた書類が山を築いているだけである。
一人取り残されたような気分を聖は味わっていた。
朝のミーティングの場で、犬飼から予定通りテスト検証を進めておくようにとの指示があり、聖は一柳と組んで検証作業を続けていた。
だが、昼食後急に大貫と組んで作業の続行を命じられたのだ。
本来、共に検証作業をする筈の一柳の姿はパーテイションの陰に消えてしまった。
一柳の代わりに大貫と細かい作業は岡田を使うように指示が出された。
昼食が終わると同時に一柳は商談に参加したい旨を犬飼に告げたためだ。
──── ちくしょう
聖だって、雇われの立場でさえなければ、参加したかったのだ。
パーテイションに消える直前の犬飼は「お前は商談向きじゃ無いんだけどなぁ・・・・・」と、溜息混じりに呟いた。と言うことは、一柳の参加を認めたも同然である。
そして、その打ち合わせの為に、岸上・一柳・犬飼の三人がパーテイションの向こうに消えた。 商談結果が出るまで、事情も分からずイライラとした時間を過ごさなければいけない事を思うと、聖の口からは溜息しか出なかった。
「この動作で良いのかな?・・・・・加納くん?」
「え? ・・・・・・あ、はい!」
大貫の質問に我にかえると、そこには不安そうに見つめる二組の瞳があった。
一柳が抜けてしまった今、聖と一柳の担当分を十分に理解しているのは聖だけなのだ。
しっかりしなければ・・・・・・。
「すいませんでした。次の検証に入りましょう」
気持ちを素早く切り替えて、聖は大貫と岡田に向き直った。
◇◇◇
アナログの重厚な壁掛け時計が時を刻んで行く音だけが辺りには響いている。
3階社長室では岸上・一柳・犬飼の3人と小沢事務機会長・社長が角を付き合わせ、膠着状態が続いていた。
犬飼に主導権を任せていた話し合いは双方の言い分が平行線を辿っていた。
5Fで行っていた打ち合わせ通り、変更はしない方向で犬飼は話をしていたが、小沢事務機の会長、小沢清一郎は「変更して貰う」の一点張りだったのである。
年輪の刻まれた日本人にしては彫りの深い顔立ち、額から自然に薄くなった頭髪の老人は噂に聞いていた程酷い人物には見えない。
岸上はあらかじめ用意した資料を提出した。
その資料の中には、全ての技術者の勤務状況を示す物も含まれていた。
岸上は、技術者の時間と労力の負担を理解して貰おうと意図していた。
人の上に立ち、人を使う立場の人間ならば、コレが無茶な日程で、技術者の頑張りを分かって貰える筈だと思っていた。
「プロジェクトに関わった全員が総力を上げて仕上げたシステムです。変更依頼は、せめて完成されたソフトをご覧になってからでも遅くはないのでしょうか」
資料を見て額に汗を浮かべ始めた会長に岸上は畳みかけるように提案を出した。
「そんな事を言って、また、あなた方が去った後に問題が起きるんじゃね」
「テスト検証を今、5階では行っているんです。決して以前のような問題は起こしませんよ」
岸上達に疑念をぶつける社長に犬飼は助け船を出す。
会長は黙り込みながら、岸上の提出した資料を見つめ続けていた。
「疑うなら、実際見て貰えば良いいでしょう」
岸上が均衡を破った。
「そう言えば、本番検証にはいつも社員の方だけに参加頂いていましたね」
渡りに船と言った質問を犬飼が繰り出す。
社長は唸った。
事務処理に関してのソフトを事務処理に詳しくない自分が見たからと言って判断出来るとは思えなかった為である。
「今回の本番検証は徹底的にやりましょう。事務員さんも出来るだけベテランの方に3人程参加頂いて、その反応を会長がご覧になると言うのはどうでしょう」
岸上の瞳が不敵に輝きを放つ。
一柳は岸上を振り返り、ニヤリと微笑んだ。
「だがね、日程の問題が・・・・・・」
会長はタジタジとしながら、否定を表す。
「では、いつ頃でしたら、ご参加頂けるのですか?」
犬飼も生き生きと攻めの体制をとる。
「今週末だろう? 残念だが、明後日以外は空いていないな」
「明後日・・・・2日後ですか・・・・・」
断り文句だと分かっていても、2日後ではテスト検証が終了していない。
犬飼は岸上を振り返る。
岸上も眉間に縦皺を寄せる。
「明後日ですね。やりましょうよ。課長」
考え込む二人をよそに、一柳はいとも簡単に言葉にしてしまう。
「・・・・・・・・・だが」
犬飼は渋面を一柳に向け、岸上は頭を抱えた。
だが、考えようによっては、早くプロジェクトを終える事は出来る。
「明後日でなんとかしましょう」
岸上は犬飼の耳元に一柳の提案を受け入れるよう囁きかけた。
厳しい条件は付いたが、商談は成立。
皆が、席を立ち退室しようとした瞬間。
「会長、お願いがあります」
岸上が申し出た。
「是非、本番検証には事務の天知さんを参加させて下さい。彼女が一番のベテランと聞いています」
「天知くんか? もちろん彼女には出て貰うつもりだ」
会長が意外そうに応えた。
「ところで、この資料の一柳さんがあんたかね?」
勤務表を見ながら、会長は続けた。
「はぁ、一柳は自分ですが・・・」
「そうか・・・・・」
一柳と目を合わせた後、会長は気まずそうに、視線を逸らした。
様子を伺っていた犬飼と岸上は目線で合図を送りながら、退室のタイミングを計る。
「それでは、明後日の午後1時にまた。よろしくお願いします」
一礼と共に、全員が社長室を後にした。
つづく