2001.07.02up

時間のタリナイ恋なんて・・・13

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 午前7時。
 ビジネスホテルのレストランフロアには、白い壁際に観葉植物の鉢植が彩りを添えていた。
 ある者は朝食に集中し、ある者は新聞を片手に、ある者は雑誌を読みながら、まばらに席に座るサラリーマンらしき男達が仕事前の静かな一時を過ごしている。
「だから、俺は要らないって言ってるだろ!」
「『腹が減っては戦に勝てぬ』という言葉もしらんのか・・・」
 静かな静かな空間をハスキーな少年と野太い男の声が切り裂いた。
 一柳は聖の肩を押しながら、バイキング形式の食料の前に連れ出した。
 テーブルには和洋のメニューが所狭しと並べられ、それを皿に盛りつけている人々の姿が映る。
 聖は眉を顰めて目の前のスクランブルエッグとスープを申し訳程度にトレーに乗せた。
 一柳は嬉々として納豆にみそ汁、スクランブルエッグに、卵焼き、ハム、ベーコンソーセージ、サラダ・・・・・・ありとあらゆるモノをトレーに乗り切らない程乗せていく。
「どうやったら朝からそんなに入るんだよ・・・・」
 化け物でも見るかのように、目を見開いた後、聖は呆れ返ったように皮肉を言った。
「朝はガンガン食う! これが健康の秘訣よ」
 一柳が豪快に笑う。
「こんなんじゃ、育つもんも育たんぞ」
「あっ、なにしやがるっ・・・・。てめぇ〜」
 言うが早いか、聖の皿にソーセージを二本追加した。
 昨日の夜、腹を割った話しをしたせいか、いつの間にか砕けた関係が出来ている。
 昨日の話の中で、アルファー・システムの社員である一柳が犬飼課長への信頼を寄せているのも、聖は聞いていた。
 まだ聖の意識がはっきりしている時の事。
 どうして「輪熊」などというHNにしたのかを聖が聞くと、「火の輪に飛び込む熊だからよぉ」と一柳は応えた。犬飼の部下である以上、平気で火の中に飛び込めなければならない、何せ、犬飼は「ファイアーマン」なのだから、お供は「輪熊」だ、と一柳は言う。

 そんな一柳に警戒していた自分がばからしいと思った途端にホッとして、ホッとしたらいつの間にか眠っていた。
 疲れが溜まっていた一柳も椅子で眠ってしまった聖をベッドに運んだ辺りでパッタリと寝てしまったらしい。
 
「お二人ともお揃いですか?」
 そこへトレーを持った岡田が現れ、くだけた雰囲気は払拭された。
「あ、おはようございます」
「おう、早いな」
「この時間だと、ゆっくり新聞が読めますからね」
 すかさず挨拶をする聖と一柳に岡田は元気のない声で応えた。

 寝不足のせいか、聖は食欲が無く、器に半分しかよそっていないスープも喉を通りにくい。
 あきらめ半分にスプーンを置いて、コーヒーに手をつけようとしたところで、岡田の溜息が聞こえた。
 向かい側にいる岡田に視線をやると、目が合った。
「ん? どうした?」
 どうやら一柳も気付いていたらしい。
「・・・・いえ、・・・・こんな事、聞いても良いんでしょうか?」
「なんだ? 言ってみろ」
「あの、ですね。このプロジェクトが延期になるってホントなんでしょうか?」
 不安気に岡田は誰にともなく問いかける。岡田にまで伝わっている情報なのか、と聖は目を剥いた。
「どうしてそう思う?」
 一柳は表情の読めない顔で問いかけた。
 岡田は一瞬躊躇した様子で手元のコーヒーカップを見つめ、トツトツと話し始めた。
「・・・・小沢事務機の天知さんから聞いたんですが・・・・・」
「・・・・・・天知・・。あの古株の事務さんか・・・・」
 知らない人間の名前を耳にし、聖は聞き役に徹する事にした。
「ええ、あの女性です。定時に退室するようになってから帰宅時間が重なる事が多くなって。それで最初は挨拶だけの会話だったんですが・・・・・。結構いい人なんですよ。天知さんも気にしてくれているようなので」
 岡田の話はまるで要点が掴めない。
「で、どういう話だったんだ」
 殆どの食事を平らげていた一柳は素手でソーセージをレタスに包み、一口に放り込む。
「僕も信用していいのかどうか迷っているんですけど。天知さんが言うには、会長は腹いせでシステム変更の依頼をしているそうなんです」
「腹いせだとっ!!」
 岡田の口から飛び出した低レベルな単語に一柳の声も怒気を含んだ。
 聖は溜息しか出ない。
 個人経営の会社ではありがちな事なのだが、それにしたって、3回に及ぶシステム変更はやりすぎである。
「最初の納品段階で、F社の子会社がクレームを出されたにも関わらず、随分な対応をしたらしいんですよ。すぐに状態を見に来るようにいっても来なかったり、電話をしてもたらい回しにされるだけだったり、結果的に逃げたわけでしょう。僕も聞いて驚きました。それにね、会長は社員の間でも、このシステムを入れた失敗を事ある毎に専務達から責められていたんだそうです」
「で、それが、関係のないアルファー・システムにとばっちりとして来てるって言うんですか?」
 口出しするつもりは無かったが、聖もついつい身を乗り出してしまう。
「そりゃ、そうだろ。小沢事務機から見れば、俺らはF社の社員って事になってるんだからな。・・・・・しっかし、まいったな。普通は担当者が変われば、それなりに対応が変わる筈なんだが・・・・・」
「それ、なんんですよ。天知さんから言わせると、会長は良い人だけど意地っ張りな所があって・・・、二度とF社を信用しないなんて、社員の前で豪語しちゃったものだから、引っ込みがつかなくなったんじゃないかって、言ってらっしゃるんですよ」
「つまらねー理由で人を引きずり回すんじゃねえや」
 吐き捨てるように、一柳は言う。しかし、聖の頭には別の人物像が浮かんでいた。

───  げっ。扱いづれー。ウチのじいちゃんそっくり。

 行動パターンが臍を曲げた時の聖の祖父そっくりである。
 それで、潰れた会社もいくつかあるのだから、聖の祖父の方が、力を持っている分だけたちが悪いのだが・・・・・・・・。

────て事は・・・・

 つまり会長をなんとか出来れば、この問題は解決するわけだ。
 会社的な事ではなく、個人の感情的な問題に果てしなく近い。
 岸上は知っているのか?
 岸上ならどうする?

 いきなり音を立て、聖は立ち上がった。
「おいっ、まだ残ってるぞ」
「加納くん・・・・・」
 驚きを隠せずに一柳と岡田は同時に叫んだ。
 こんな所でのんびりしている場合ではない。
「ちょ・・ちょっと用を思い出したんで、先に行ってます」
 言うが早いか、聖はレストランを飛び出した。

                         つづく

INDEX BACK NEXT

コメント

さて、岸上はいるのかな?