時間のタリナイ恋なんて・・・12
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
「・・・・・うー・・・・・・・・・」
煌めく朝日が窓から射し込む中、加納聖は薄い胸板についぞ経験した事のない重みを感じながら、その息苦しさに目を覚ました。
瞼を擦りながら、見下ろした先には、真っ黒な剛毛の固まりが乗っている。
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な、なんだ? コレは・・・・・
現状が把握出来ないまま、起き上がろうにも、身体の上に乗っている障害物が邪魔をする。
心なしか頭もぼんやりとして・・・・・・・。
邪魔な頭を持ち上げても、持ち上げられた本人は一向に目覚めない。
仕方なく、聖は思いきり息を吸い込んだ。
「重いんだよ! おっさん!!」
思い切り大声で怒鳴ると、一柳の身体がピクリと動いた。
午前4時頃まで呑んでいた事は記憶にある。
犬飼の事もこのプロジェクトの経緯も聞けた。
聞いたからと言って、聖に解決策があるか? と聞かれれば思いつきもしないのだが、かなり不味い状況に置かれていることだけは解る。
その後、睡魔に襲われて、パッタリと記憶は抜け落ちている。
「おいっ!! 起きろったら!!」
再度、怒鳴ってみるが、あまり効果はない。
とにかく、今日も仕事は山積みなのだ。
遅刻するわけにはいかない。
聖は自分の身体を水平にずらしながら、やっとの事で一柳の下から抜け出し、時計を見てみれば、6時30分。
仕事は9時からだから、8時30分にホテルを出れば十分だった。あと1時間は余裕で眠っていられたと考えると、死体のように眠り続ける一柳が恨めしい。
ベッドに眠る一柳を睨みながら、はだけた浴衣を脱ぎ捨てると、一柳は気持ちよさそうに寝返りを打った。
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図々しく人のベットに寝やがって・・・
室内はビールの空き缶やスナック菓子の袋が散乱し、煩雑としている。
─────きったねーなぁ〜、もう・・・・
身支度を済ませ、ゴミを集めていると、これからの事が気になった。
岸上はどうするのだろうか?
もし、契約延長を依頼されたとしても、聖は断るしかない。
自分の関わった現場は最後まで見届けたいが、それでは9月に入ってしまうだろう。学生の本分として長期欠席をするわけにはいかない。2〜3日ならば何とかなるかもしれないが、それならそれで、郵送準備をしなければ・・・・・。
実の所、聖はもう一つの商売をしている。夏休みの宿題を売っているのだ。
特に儲かるのは数学。これは、格好の商売である。なぜなら、数学には模範解答と言うモノがある。これは非常に有り難いのだ。なぜなら曖昧な答えはないので、複数の人間が同じ答えを書いていても疑いを掛けられる事がない。模範解答と間違えるパターンはいくつか既に作成済みで、千円での取引。始業式の1週間前にメールで発送する。メールを持っていない者には郵送もしくは手渡し。メール分は既に送信済みだが、後は郵送分のみで印字までは終わっているので封書にして発送だけとなっている。プロジェクトが終わってから作業をしようと思っていたが、さっさと済ませてしまった方が良さそうだ。
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集金は早めに限るんだけどなぁ〜
大人達の深刻な思いとは裏腹に、学生の悩みは極めて単純だった。
買い手は20名。しめて2万円。
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捨てるしかないか・・・・・・・
岸上が苦労しているだろう事は目に見えているし、少しでも力になれるものならなりたい。
だが、自分がどの程度の手助けになるのか、聖には分からなかった。
「輪熊ぁ〜! 起きろぉ〜!!」
苛立ちの全てを込めて、聖は一柳の顔に枕をぶつけた。
つづく