弱い理由


 篠青という青年は、客観的に見て眉目秀麗にして中味も非常に優秀である。
 髪は光を弾いて輝く銀色、瞳は澄んだ琥珀が底知れぬ黄金の色か。人外の生物としての実力は淳也には測り難いが、それも周囲の様子からして相当なものらしい。
 つまり彼は『非の打ち所の無いイキモノ』である、はずなのだ。全然そうは思えなかったが。 
 そしてそれが、淳也にとっての疑問だった。
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 山海堂の新参者であり、ごく普通の人間――ではないとしても、基本的に喧嘩乱闘には向かない淳也にとっては、篠青は基本的には頼れる『いいひと』である。
 時には愛に血迷って(つまりは椿が絡むと)淳也を目の敵にしたくなる衝動に駆られるようだが、大抵は自制が利いている。訳のわからない悪戯を愛して、周囲に迷惑を振り撒いて楽しむ頻度はむしろ穐月の方が高い。
 穐月の容赦なく淳也をも巻き込む波状攻撃も、篠青がその場にいればまず安心だ。意外と気配りさんでもある青年は、きっちり焦り気味に淳也を庇ってくれる――ただし穐月は、淳也が本当に怪我するような状況に追い込んだりはしないと思うが。山海堂にいるときは、準備万端に衛士として伏見も控えていることだし。わかっていても毎度毎度血相を変える辺りが、篠青が『遊ばれる』原因なんだろうなあと、他人事のように篠青を評価する少年は、結構酷い奴なのかもしれない。
 とはいえ、どうして彼の立場はそこまで弱いのだろう。単に性格というだけでは片付けられぬ何かを感じる。
 ちなみに一番手っ取り早いと思いつつも、篠青に聞いてみたことは、まだ無い。直接聞くと切ない答が返ってきそうで躊躇われたし、かといって他人に聞けば面白がられて、嘘ではないがますます切なくなりそうな曲解答が植え込まれそうな気がする。そういうおふざけを、大真面目な顔でしそうな心当たりが山海堂には一杯あるのだ。おかげで疑問は長らく謎のままに淳也の心にわだかまっている。
 見てくれからすると、黙って立てば女性が放っておかない(はずの)青年の職業は、基本的にピアノ弾きである。夜の店で甘い楽を奏でる男への誘惑は、恐らく多々あるだろうというのも、容易に想像がつく。
 しかし彼は、如何なる女にも惑わされるつもりが無い――のはともかく、やましいコトは全く無いはずなのに女性関係に過敏に反応する。といおうか、椿への態度を見ていると、恐妻家と言う以外に適切な言葉を思いつけない。女性関係などという大人な単語とまだまだ縁薄い淳也からすれば、ここの夫婦の関係は謎の一言に尽きた。
 椿という女性は、可愛いというより綺麗とか格好いいと表したくなるタイプで、彼女一筋なのはそれで結構な話だとは思うが、なんであんなに尻に引かれる――どころか怯えた風情すら漂わせて対しているのかわからない。彼女はあんまり嫉妬する性格じゃない……というより、篠青が何をしてようが溜め息ひとつで済ませてしまって、もうちょっと気にならないのかと突っ込みたいくらいなのに。
 例えば、である。
 篠青はピアノ以外も、大抵の音楽器関係を器用にこなすという。もっとも淳也はピアノの演奏しか耳にしたことはなく、後は時折ご機嫌な際に鼻歌を歌うのを聞くくらいだが、確かに音楽が得意で好きなのだとは思う。どれも聞いていて心地良いから。
 特に得意なものは何かと聞いて、ピアノと並んで龍笛や琴といった和楽器があげられたのは驚いた。外見からすると、どうも洋モノが似合う印象があるのだが、考えてみればあの人目を引く銀髪も、金色の瞳も、染めたのでもカラーコンタクトでも無くて地の色なのだ。うっかりすっかり忘れそうだが、彼は仮にも日本に昔から棲んでいるというのだから、和楽器が得意なのも当然である。
 しかし彼が笛が得意だと言った瞬間――たまたま居合わせた醒花は哀れむように青年を見つめ、穐月はクッと喉を鳴らし、椿は口元を歪めて言い放ったのである。そういえば最初に笛を聞いた時は殺されかかったな、などと。
 あまりに寒々しいその言葉に、冗談にしては酷すぎないかと茶化してみれば、三人は微笑んでくれたものの。当の本人が青褪めているとあっては、淳也としてはそれ以上は何も言うべき言葉は思いつかなかった。
 さて、ソレはどこまでおふざけなのだろう?


《終》