空木


 ふと思う。
 自分の墓標の話は嫌だけど、いずれ人は必ず死ぬ。
 ならばその後どうして欲しいかは、生きている内に語っておくしかない。
 生きている間に、何処で眠りたいのか聞いておくしかないのだ。
「――じゃあ、自分ならどんな木の下に埋めてもらいたいですか?」
「そんなことを仰るとは……私を殺す気になったんですか」
「いえいえいえ。ぜんっぜんそんなつもりはありませんですが」
「そうですねえ……私の死体など、放っておけばいいのでは?」
「そんな他人事みたいな言い方……」
 数多くの死体を生産し、数多くの死体を打ち捨ててきた男らしい答ではある。
 己の行いは己に返る。そうと知って、それを怖れぬ者。当然だと悟りきった哀しさ。それを強さとだけは、呼びたくない。
「埋めるのは他人ですからねえ。私自身の希望は特にありません。死んでしまったら、ただのゴミでしかないんですから」
「そんな! 死体はただのゴミとは違います。ゴミ袋に入れて捨てるようなものじゃ無いでしょう!?」
 悼む想い。残された者の哀しみ。
 眼の前の死神を恐れつつも、彼の死に涙するだろう。
 誰もがその優しさと甘さを知る少年の言葉は、それだけに真実味があった、が。
「……そうですね」
「でしょう!?」
「ただのゴミではなくて、生ゴミですね。私としては放置してもらっても一向に構わないんですが、野山ならともかく街中では土にも還らず、食い散らされる前に腐るでしょうから不衛生ですねえ。申し訳ありませんが、始末してもらわなくてはいけないでしょうね」
「…………うう。激しく論点がズレてますよう」
 訴えを受ける相手の感性というものに、この場合は多大なる問題があった。
 真剣な少年に真摯に応えた男もまた、どこまでも真剣である。
「では、空木というのは如何でしょう」
「お好きな花なんですか?」
「いえ別に」
「…………じゃあ、何で?」
 この死神ともあろうものが、その下にと望む花は一体どんなものなのか。
 真白く小さな木の花を思い起こしながら、少年は首を傾げる。
 正直言って、いまいち死神とは印象のそぐわぬ花だ。
「空木というのは、固いけれど幹の中味は空洞なのだそうです。私に似合いの木かと思ったのですよ」
「――中味が空っぽだから?」
「ええ――そんな顔をする必要はありませんよ。私が虚ろなのは、自分が一番よくわかっていることです」
 死神についての論評だというのに。
 自分よりも苦しげな顔で見上げてきた少年に、苦笑を浮かべる。
 彼のような生き物から愚かしいまでに溢れ続ける何かなら、自分の内側にぽっかりと空いた穴を埋められるのだろうか。
 いつか、虚ろが埋まる日が来ても――自分は生きていられるだろうか。