薔薇


「そうだ。君を埋めるなら薔薇の下というのも良いかもしれませんね」
 不意に何を思いついたのか。
 微笑んだ死神は、ひとり頷いている。
「薔薇……って、俺に似合うとは思えないんですけど」
「確かに君のイメージではありませんけどね」
 華やかなる花の王。
 世界中で愛される、完璧すぎるほどの美しさ。
「そうでしょう? いや、埋めないで欲しいんですけどね、そもそも」
「他のたくさんの死体の上に放置する、というのも捨て難いですが……」
「済みません、訂正します。そもそも殺さないで欲しいです」
「それは嫌です」
「………………そんなきっぱり言われても」
 どこまで行っても、大本の部分が平行線である。
 こんな会話はさっさと終わらせて――というか見切りをつけて、逃げ出すべきだろうか。
 誰かに問えば、ここまで付き合ってる時点で駄目だと殴られそうな感慨を覚えつつも、死神の続く言葉に耳を傾けずにはいられない。
 お人好しは基本的には長所であるはずが、ある種の相手に対する場合は短所となる。
 つまりは、善人ではない人物を相手取る時には。
「死体を打ち捨てて、腐り果てて行く君を見つめているのも楽しいでしょうが――」
「うわああああああっ。せめて埋めてくださいっ、埋められた方がマシだああああっ」
「そう。他の方々の目に晒すのは勿体無い気がしますからね」
 しくしくと泣く少年は気付かない。気付きたく、ない。
 分け隔てなく死を配り運ぶ男にとって、確かに自分が特別であることを。
「君を殺したら、死体は人知れず埋めてしまいましょう。他の誰にも知られないように」
 うっとりと微笑みながらの言葉。
 生きる輝きを愛でながらも、戦いを欲し。その先の終焉を求める。
 それは、独占欲に最も近い感情だ。
「…………も、好きにして下さい。想像は自由ですし。殺されて死体になっちゃったら、俺にはかんけーないですしね」
「どうして関係ないんです?」
「だって……俺自身はいなくなっちゃってるんだし。お墓を作って、忘れないでくれたら嬉しいけど、残ったカタチに皆がずっと苦しむよりは、忘れてくれた方がいいもの………」
 他者の死を哀しむ少年は、自分に対しての感傷は薄い。
 自身もまた、死体がただの肉片と変わらないと考えている事実に気付かない。それは、自分の死体に限定される思考だとしても。
「生きていた記憶が残る限り、忘れられないものですよ」
 記憶は回収できない。
 どれだけ望んでも、少年を世界から切り離すことは出来ない。
「Under the Rose(薔薇の下で)という言葉には『このことは秘密に』という意味があるんです」
 せめてカラダだけでも。
 せめて残されたモノだけは。
「君を殺したら、誰にも知られないように『薔薇の下に』埋めてしまいましょう」
 睦言を囁く気分で、見上げてくる少年に告げる。
「そうすれば、君を私だけのものにできる」
 けれど――本当にそれだけで、満足できるだろうか。
「それでも、君を知る人の記憶の中に、君は永遠に生きていくのでしょうね……」
 彼を知る者は、生きている限り少年を忘れないだろう。彼を愛しているだろう。
 永遠に、自分だけのものにはならない。
 たとえこの手で殺したとしても。
 それが、酷く残念だった。