椿


 樹の花であれば、咲かぬ時節も墓標として存在する。
 野に咲く可憐な草の花でも、少年には似合いだろうか。
「君を埋めるなら、どんな花の下が相応しいでしょうね」
「その話題から離れませんか〜?」
 情けない顔で訴えてみても、死神は考えるのを止めてくれない。
 多分、彼なりの結論を出すまでは話題は変わらないだろう。
「椿というのも捨てがたいですが、いささか寂しいでしょうか」
「椿って、あの葉っぱがつやつやしてる木ですよね?」
「そうですよ」
「あれだけは、俺もちゃんと見分けられるんですよ。とてもわかりやすいもの」
 古くは艶葉木(つやばき)とも呼ばれた花は、いかなる季節も鮮やかに目を引く常緑の木だ。庭木として改変され様々な種があるが、葉の鮮やかさは変わらぬ特徴と言えよう。
「形を保ったまま、ぽとりと花首が落ちることから、不吉とも潔いとも言われています」
「不吉はわかるけど、潔いって?」
「枯れかけた醜い姿を晒さず、綺麗なままに散っていく姿が、潔いと言われるのでしょう」
 死者に手向けるには相応の花。
 きっと少年は真っ直ぐに生きて、汚れを知らずに散り逝くだろうから。
「頑張って、最後まで諦めないのは駄目ってことですか……?」
「――それも考え方のひとつですね」
 どこか切なげな少年の言葉に、死神は一瞬だけ言葉を止めた。
 その心に過ぎった感慨は、誰にも知られることはなく。
「でも俺、どこかで花びらか一枚ずつ散る椿を見たことありますよ?」
「ああ、散り椿ですね。そんな品種もあるんですよ」
「じゃあ、花でも何でも人それぞれってことですよね。こうじゃなきゃ駄目って決まってる訳じゃないんだ」
「……君はいつだって嫌になるほど前向きですねえ」
 くじけない、へこたれない。
 どこか枯れた落ち着きをも漂わせる花は、この少年には相応しくないだろうか。
「紫陽花もですが日本から世界に広まった樹のひとつで、果実が石榴に似ていることから、中国では海の向こうから来た石榴として、海石榴とも呼ぶらしいです」
「へええ〜美味しそうですねえ」
「石榴の果実は人の肉の味に似ると言われ、鬼子母神が人の肉の変わりに食したとも言われていますね」
「…………美味しくなさそうですね」
「椿はともかく、石榴は美味しいと思いますよ。今度ご馳走しましょうか」
「おごってくれるんですか!? ……いや、人の肉は食べたくないなあ」
「そう言われているだけで、実際に人の肉を食べなくては味比べは出来ませんがね」
 滴る果汁は赤く。血のような錆びた鉄の味は、少しもしない。
 甘美なる死肉の味は、とても美味だ。あれが本当に人の身と同じ味なら、病み付きになっても仕方ない。