桜 願わくば、花の下にて春死なん。 この歌にある花とは桜を差すという。花といえば桜だと、そう歌う心は今も息づく。 しかし既に初夏に入ろうという時節では、花の下で死んでも死にきれない。というより死ぬなら花を愛でながらという風情と、少年は無縁である。 なんだって、こんな物騒な話になったのか。 割合に機嫌の良さそうな死神から、そっと距離を取る。 どうせ互いの飛び道具から考えれば、一瞬で失われる間合いではあるのだが。 「その花の下に死体をというなら、最初に思いつくのは桜でしょうね」 「あ、それは聞いたことがあります。桜の花は、本当は真っ白なんだって。桜の木の下には死体が埋まっていて、その血を吸うから桜の花は薄紅色なんだって……」 美しく儚い花の咲く木の下には、数え切れぬ汚物が埋まっているという。 無数の死体から栄養を吸い上げ、赤い血を吸い上げて、白い花は美しく色付く。 戦場に咲く桜は、死者の嘆きに応えるように、真っ赤に染まっているのだと。 「よくご存知ですね、銀次くん。ではこんな話は知っていますか。桜の花の色は、温度で決まるとか。より北に咲く桜ほど、濃い薄紅色をしているそうですよ」 「ええと……つまり北の地方に行くほど、よく死体が埋まってるってことですか?」 死神が口にした言葉は、いささか理解不能で。 少年なりの解釈を口にすれば、返って来たのは蔑みを通り越した呆れた眼差し。 「…………君が馬鹿だとは常々思っていましたが、実は君は死体を埋めたくて堪らないんですか」 「違いますようううっ」 「桜の花は、寒いほど濃い色に咲くと言っているんです。だから北へ行くほど、深い色で咲くと言っているのに……」 「あ、そういう意味ですか。よかった」 「――何を想像したんですか、君は」 「いやあ……北の地方に行くほど、死体を桜の下に埋める習慣が多くなるのかなあって……あっ、その顔は今すっごく俺のこと馬鹿にしませんでした!?」 「いえ別に――お望みなら、君を殺した後は桜の下に埋めて差し上げますよ」 「いやっ、だから埋めなくていい……っていうか、死体になりたくないですうううっ」 花に喰われて咲き誇る甘い夢は、生き疲れてから見ればいい。 永久にその花を愛でるという暗い夢は、泣き出しそうな少年には思いもよらぬ毒でしかなかった。 |