みんなが幸せになれる映画
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「THE有頂天ホテル」を組!目線で(1)見る(2006.2.12)
三谷幸喜の「THE有頂天ホテル」を見ました。
新年のカウントダウンパーティーまであと2時間というホテルを舞台に、
訳ありの客を迎えて次々と起こる珍・難事件に振り回される従業員たちという設定は、
何度も予告編が教えてくれたとおり。多彩な伏線と登場人物を生かしきる群像劇を得意とする三谷幸喜ならば、
設定を聞くだけで確実に楽しい作品に仕上げてくれると期待できようというものです。
このスタイルには先達があって、1932年に製作された「グランドホテル」が、やはり当時のトップスターが競演し、
「限られた時間と場所に様々な人々を登場させる “グランドホテル形式”の語源ともなった」(2)
作品だといいます。
もとより三谷はそんなことは承知であり(3)、
「THE有頂天ホテル」の舞台として設定された「ホテル・アヴァンティ」の
4つのスイート・ルームの名前には、「グランドホテル」に敬意を表して「バリモア」「クロフォード」「ライオネル」「ガルボ」と
「グランドホテル」に出演した俳優の名前がつけられています。(4)
その4つの部屋に宿泊するのが、汚職の疑いをかけられ秘密裏にホテルに潜んでいる国会議員(佐藤・鴨・浩市)(5)、
明日からの正月公演を控えてリハーサルが不調な大物演歌歌手(西田敏行)、金持ちの愛人らしい正体不明の若い女、
残りの一つも誰かにおさえられているようです。
おかげで、せっかくとある団体のマン・オブ・ザ・イヤーで表彰されるというのに、
受賞者(角野卓造)とその妻(原田美枝子)はスイートに泊めてもらえません。
それを迎えるのが「申し分のない」(6)
副支配人・宿泊部長(役所広司)、アシスタントマネージャー(戸田・寺田屋・恵子)を中心に、
ペルボーイ(香取・局長・慎吾)、客室係(松たか子、堀内敬子)という面々。
「能天気な」支配人(伊東・源之丞・四朗)と
もう一人の「怪しい」副支配人・料飲部長(生瀬・殿内・勝久)は、あまり頼りにならないようです。
他にも、プロダクションの社長(唐沢寿明)に怒鳴られてばかりのカウントダウンパーティーに呼ばれた芸人たちや、
いつのまにかホテルに入り込みのロビーで客を引いているコールガール(篠原涼子)など、ホテルはさまざまな人が出入りしています。
物語は、ベルボーイの香取・局長・慎吾の小さな送別会から始まります。歌手になる夢をあきらめ、郷里に帰ることを決意したのです。
お別れの挨拶をする局長・香取慎吾に向かって、上司である役所広司は夢をあきらめるには若すぎると言います。
一見、ごく普通の慰留のセリフに見えますが、役所広司が区役所を退職してまで無名塾に入ったことや、
その横でやさしく見つめるお登勢・戸田恵子がかつて「あゆ朱美」と名乗った実力派だが売れないアイドル歌手だったことを思うと、
こんな一言もなかなか意味深いものに思えて来ます。
この例はいくぶん妄想が過ぎたかもしれませんが、今回の映画は過去の三谷作品の集大成として作られている側面があり、
過去の三谷作品を意識した小ネタがあちこちに仕掛けてあるのでした。
まず、「組!」ファンとして見逃せないのは、佐藤・鴨・浩市が食事をするラウンジの名物が鴨料理であることでしょう。
香取・局長・慎吾の「うぉー」と叫ぶところをクレーンのカメラが引いていくところも、どこかで見たような気がします。
そして、何よりキャストの「組!」出現率がすごい。(7)
香取・局長・慎吾の仕事仲間のウェイターは川平・ヒュースケン・慈英ですし、
香取・局長・慎吾が偶然出会った幼馴染は麻生・おりょう・久美子です。
狭い部屋で黙々と文字を書き続ける筆耕係は、なんとオダギリ・斎藤・ジョーです。
その他、相島・新見・一之が一瞬だけ佐藤・鴨・浩市と絡んだり、
ワンシーンだけ登場するホテルマンに熊面・尾関・鯉、飯田・尾形・基祐、江畑・まゆ毛・浩規がいます。
いきなり登場の垂れ幕の業者は阿南・音五郎・健治だし、マン・オブ・ザ・イヤーの団体の委員長には矢島・広沢様・健一が登場します。
ネット上からは、腹話術の老芸人が、試衛館の野試合の紅組総大将だったという情報も入ってきました。
と言っても、楽屋落ちばかりに終始しているのではありません。
映画は、たった2時間の間に、お客たちが抱えているたくさんの問題を見事に解決してくれます。
追い詰められた汚職議員、不調の大物歌手、夢をあきらめたベルボーイ、すさみ気味の若い愛人、
彼らの問題は、たった2時間で劇的に解決できるようなものではありませんが、
とりあえずの危機は脱し、新しい展開へのきっかけを作るところまではたどり着くことが出来ました。
服を盗まれてしまった客や逃げ出したアヒルの事件もホ
テル探偵の活躍でなんとか解決しました。
支配人やマン・オブ・ザ・イヤーにおこった不幸な突発事件については、あれはあれで良しとしましょうか。
解決する側にまわるはずの役所広司の副支配人や松たか子の客室係が自ら事件に飛び込んでいってしまうあたりは(8)
いささかやりすぎかと思いましたが、 これも何とかきれいにカタがつきました。
コールガールも、筆耕係も、恋人同士のウェイターと客室係も、今年は少し幸せな新年を迎えられたようです。
そして、何といってもカウントダウンパーティーに呼ばれた歌手(YOU)の問題です。
最後の最後に来て、役所広司や佐藤浩市や香取慎吾のものだと思って見ていた映画を、結局、全部彼女がさらっていきました。
“If My Friends Could See Me Now"(9)
の流れる中、
この映画の英語のタイトルが、“THE WOW-CHOTEN HOTEL”であることの意味に 改めて気づかされました。
もちろん、見ているほうも幸せになれる映画です。
(1) 三谷脚
本の2004年度の大河ドラマ「新選組!」には、どっぷりつかっていた。某巨大掲示板に集まったファンの間では、
「組!」または単に「!」と略されており、「組!目線」とは、この「新選組!」ファンとしての目線という意味である。
ちなみに、2006年の正月時代劇として放映された続編「土方歳三 最後の一日」の前には「新選組!!」がついており、
ファンの間では、「組!!」や「!!」で通用する。
(2) 「THE有頂天ホテル」パンフレット Introduction
(3) この「THE有頂天ホテル」というタイトルは、「グランドホテル」(1932)と「有頂天時代」(1936)から来ているそうだ。
(「THE有頂天ホテル」パンフレット 三谷幸喜インタビュー)
(4) スイートの名前に使用されているのは、ジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、ライオネル・バリモア、グレタ・ガルボの4人。
「それぞれの登場人物とエピソードに合わせてテイストを変えてあります。イギリス風、フランス風、ミラノ風といった感じで。」
(「THE有頂天ホテル」パンフレット 美術 種田陽平インタビュー)
はたして、その「登場人物とエピソード」が「THE有頂天ホテル」のものか、「グランドホテル」のものか良くわからないのだが、
普通に考えれば「グランドホテル」なのだろう。で、残る一つが「ガルボ」でスウェーデン風ということなのか。
(5) 「組!目線で見る」と言った限りは、役者の名前には当然「組!」での役名がついてこようというものである。
(6) このあたりの形容詞は、「THE有頂天ホテル」パンフレット 人物相関図による。
(7) 出演者の多くが、「組!」に限らず様々な三谷作品に出演している「三谷組」の人たちだから、
他の作品で拾ってみてもキャスト出現率は、それなりにすごいのだと思う。
(8) 役所広司のエピソードは、三谷が執筆した一つの脚本を様々な監督が演出するというフジテレビの実験番組
「3番テーブルの客」(1997年10月-1998年)と同じシチュエーションであるらしい。三谷にすれば、9年越しで
三谷自身の演出による回答をしたということなのだろうし、「3番テーブルの客」も「THE有頂天ホテル」に回収した
ということなのだろう。しかし、一流ホテルの副支配人として、これが「アリ」なのかどうかは、ちょっと難しいところだ。
(9) ミュージカル「スイート・チャリティ」の中の一曲。邦題「今の私を見せたいわ」と言われてピンと来なくても、
聞けば思い出す軽快なミュージカル・ナンバー。
補論・「映画的」であること、「芝居的」であること
ネット上に出揃った「THE有頂天ホテル」評を見ていて、
「期待のしすぎか」というエクスキューズも含めて「今ひとつ」という評価も少なからずあるということに気がつきました。
もちろん、好みの問題なので意見が分かれるのは当たり前なのですが、
気になったのはその悪い方の評価に共通する内容が多く、そのキーワードとして「芝居的」というものがあったことです。
というのも、以前、私自身が、(三谷が監督をしていない)「12人の優しい日本人」は良く出来ていたが、
(三谷が監督をした)「ラヂオの時間」は芝居的でいささかいただけなかった、という趣旨を
映画「12人の優しい日本人」評で書いていた
からです。
その時の私は何もない空間で役者が芝居をすることによって客に状況を想像させる演劇と違い、
リアリティのあるラジオ局が常に画面に映ってしまうことで、かえって設定の嘘の部分が目に付いてしまったという趣旨を述べました。
そして、この「THE有頂天ホテル」に対しても。「舞台では許されるが映画では許されない嘘がいくつもあって、
はなはだしくリアリティを削いでいた」(1)という全く同じ
趣旨の評がされているのでした。
確かに、ギターを背負い続けた堀内敬子や自らトラブルに巻き込まれていく役所広司や松たか子はあまりにも不自然でした。
津川雅彦と近藤芳正の耳はともかく、唐沢寿明とオダギリジョーの髪型はやりすぎです。(他にもあるのかもしれません。)
つまり、ここで私が行き当たってしまった問題は、「ラヂオの時間」では許せなかったはずの三谷監督作品の弱点が
決して克服されていないにもかかわらず、「THE有頂天ホテル」では許せてしまっていたというところにあります。
真剣に考えて、好きだった映画を嫌いになっても仕方がないので、補論でも何でもない判断停止をしてしまいますが、
強いて理由を挙げるならば、今回は完全に「組!」目線で見ていたということでしょうか。
映画ファンの大人の男性のいくぶん苦々しげな感想に、
館内には若い女性が多く、とても笑うところとは思えないところで笑っていたというものもありました。
確かに、私も声に出して笑いはしませんでしたが、「組!」的な楽屋落ちでずいぶんと心を震わせておりました。
要するに、アイドルが何をやってもキャアキャア喜んでしまうファンのような「腐女子」的な感覚だったということですね。
それもまた一興と、この際、言い切ってしまいます。
(1)
いしかわじゅんによる評。「これだけ楽しめる映画は、昨今少ないな」と言った上での評価。
Wikipedia内「THE有頂天ホテル」ページ
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