仕事師・池辺葵が描く、一人暮らし女性のマンション購入

                                ――――池辺葵「プリンセスメゾン」1巻を読む(2018.4.28)


最近、気になりだした池辺葵の近作である。ドラマ化もされているらしい。
直訳すれば、「お姫さまの家」。 一人暮らしの女性のマンション購入をめぐる短編連作である。

ファミリー向けタワーマンションの見学会には場違いな、幼げな女性一人客がいる。
新人の受付嬢はいぶかるが、隣のベテラン女性は「常連様だから」と気にしない。
そもそも、今どきな若い受付嬢よりも、この常連様は3歳も年上だったりする。

物語は、このモデルルーム見学の常連である居酒屋勤務の沼越幸を軸に展開する。
住んでいるのは東京の下町のアパート、職場でもマメに働き、残業もいとわない。
それもこれも、マンション購入資金を貯めるためであるらしい。

モデルルームでの質問もチェックポイントも的確で、
社員の伊達は若手社員に「沼越さんの方がマンションに詳しい」と言い切るほどだ。
あまりの熱心さに、伊達は沼越が理想の物件を買えることを心から願うようになる。

しかし、一人暮らしの女性は、沼越だけではない。
受付のベテラン女性・要理子は洗濯物が吊り下がったままのワンルーム住んでおり、
四角いユニットバスで膝を抱えながらハミガキをするような暮らし方だ。
若い受付嬢・阿久津はカレシと二人で暮らしていたが、
カレシが出ていったので、2部屋の賃貸マンションを持て余している。

家をめぐる物語だからか、マンションの間取り図さながらに
寝室、食卓、台所、風呂場など家の基本アイテムを俯瞰したような構図が多い。

そして、改めて気が付かされたのが絵の上手さだ。
すうっと引かれた輪郭線に目鼻を置くだけで、きちんと立体感を持った顔が見えてくる。
おそらく、ここしかないというような的確な線を引き、正確に配置しているのだろう。
トーンでつけられた陰影も光の方向を示し、うまく立体感を与えている。

そんな何気ないが着実な仕事師ぶりを改めて発見したことで、
ますます池辺葵の油断のならない魅力のようなものを感じさせられたのだった。



    居酒屋店員の地道な暮らしでも購入できるマンション探し

                              ――――池辺葵「プリンセスメゾン」2巻を読む(2018.5.13)


新橋の居酒屋「じんちゃん」従業員・沼越幸のマンション探しは続く。
中古物件でも住環境の良い場所は高いとか、都心の新築物件はさすがに狭いとか、
新橋の西側よりも東側の方が安いのではないかとか。

持井不動産の受付担当の要理子はいつのまにか「じんちゃん」の常連客となり、
(受付担当の若手の阿久津も含めて)沼越を「沼ちゃん」と呼ぶ間柄になっている。
それどころか、沼越のマンション購入に向けて真摯に動く社員の伊達は、
「沼越さま」に対して特別な思い入れを持っているようだ。

ここへ来て、実は関西人と伝えられる池辺葵らしさが出てくる。
両親を亡くした沼ちゃんは、高校時代の2年間、滋賀のおじの家で暮らしていたらしい。
要律子の郷里は和歌山で、畑と新興住宅地が混じったようなところだ。

また、沼ちゃんをめぐる物語とは別に、 ホームパーティー仕様の部屋で、ふと虚無感に駆られる創作料理研究家、
旅館に一泊し、温泉で息抜きをすることを習慣にしている電話オペレーター、
資産家の娘だからか、人付き合いもせず、作品を発表しても売ることがない染色家、
といった東京で一人で働く女たちの物語も挿入される。

それらは、単に「働く」というよりも「戦う」というような印象さえある。
むろん、周囲のいろんなお願いに「かしこまりー」で応える沼ちゃん自身も含めて。




    みんな、どこかで、それなりに頑張っている

                              ――――池辺葵「プリンセスメゾン」3巻を読む(2018.5.14)


ついに、沼ちゃんの心は決まった。
場所は、キャンセルの出た柴又の新築マンションだ。

ここに至るまで、伊達はキャンセル物件を問い合わせるなど献身的努力をしたが、
沼ちゃんが一人暮らしの家を購入するということは、伊達の密かな思いを職業的な倫理で封じ込めねばならないということだ。

しかし、いくら気に入った物件があっても、その街の昼の様子、夜の様子は気になるところだし、
貯金と年収によってはローンの審査が通らない。
ついに売買契約に至ったその日の沼ちゃんの満面の笑み。
伊達くん、よく頑張ったよ。(もっと頑張っていほしいところはあったけど。)

その間、沼ちゃん宅には夫子を置いて家出してきた滋賀のおじさんの娘が訪れたり、
3ヶ月ごとに人間関係を断ち切る「大柄な水商売の女性」と出会ったりする。
スピンオフでは、2巻でちらりと登場したオシャレ雑誌の編集長や、
マンションを購入すべきか悩んでいる区役所職員らが登場する。

みんな東京のどこかで、それなりに頑張って一人で暮らしている。



 

       売買契約だけでは始まらないマンション生活

                               ――――池辺葵「プリンセスメゾン」4巻を読む(2018.5.19)


売買契約を結んだだけでは、まだマンション生活は始まらない。

鍵を開けても、そこにあるのは家具も何もない、フローリングに寝転ぶしかない空間だ。
新しい照明を買って、広い部屋に置くには少なすぎる荷物を移して、ようやく、沼ちゃんのマンション生活が始まる。

ベテランの要さんは、部屋の壁を巨大スクリーンにして自宅ライブを楽しんでいるが、
実はライブの追っかけをしすぎて難聴気味であるらしい。
若手の阿久津さんは、可愛い結露除けを買い込むほどに一人暮らしに慣れはじめ、
久しぶりに電話をした一人暮らしの母から元気をもらう。

沼ちゃん以外の女性たちの比率も高まっている。
メールで納品する在宅イラストレーターは、住所も明かさず、定期的に引っ越している。
キャリア会社員は、相棒の猫が郷里の老親と馴染んでいることに感じるものがあった。
二人の子を育てている双子の妹?に会いに来た姉?は、クールすぎて男運がないらしい。

あと、男たちもいる。
居酒屋じんちゃんに、今年から社員になる若手店員の父親が名古屋からやってくる。
定年退職し、子どもたちも巣立ち、広すぎる4LDKに妻の遺影と暮らしている。
そんな、キングメゾンもあるのだ。



 

       近藤ようこを思い起こさせる、一人暮らし女性のスゴ味

                                ――――池辺葵「プリンセスメゾン」5巻を読む(2018.5.27)


沼ちゃんの分譲マンション生活が始まる。
次にするべきは、マンションになじみ、マンションのある町になじむことだ。
さっそく、一人暮らしの50代の女性と仲良くなったようだ。

祖父の葬儀で郷里に帰った要さんは、おばの勧めるままに見合いをすることとなった。
「重なる誰かの体温のあたたかさは、もうずっと知らないでいるでしょう」とまで言われて。
 紹介された相手の男性も、なかなか良い人のようだ。

「女性の一人暮らし」をテーマにするとき、避けて通れないのは男性の問題だ。
上司との不倫関係を清算した有能な秘書は、郷里に帰って老母と暮らすことを決めた。
そして、ふと「こんな庭を眺めながら、一緒に歳をとりたかったな」とポツリ。
往年の近藤ようこを思い起こさせるようなスゴ味があった。

沼ちゃんの隣のマンションに住む、離婚して部屋を売却しようとする百貨店員や、
荒川の土手で沼ちゃんが出会った、その売却を仲介した不動産会社社員など、新しい登場人物もからんでくる気配もある。
引っ越し好きのイラストレーターも再登場した。

どうやら、一念発起してマンションを買う覚悟を決めた一人暮らしの女性たちの物語から、
一人暮らしの女性たちが都会で暮らし続けることの意味を問いかける物語へ深化しつつあるような感じだ。



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