2002.5.31 金
曇り
ワールドカップ開幕。400億人の目が見つめる。日本を初めて知る世界の人々がたくさんいるのだろう。開幕戦のフランスもセネガルも本当の部分でオレは知らない。アメリカが主役でないことも、何となくうれしい。人種、宗教、理念を超えて世界はひとつになるでしょう、とは金大中のコトバ。知り合うことが心と心が繋がりだ。簡単にそうであって欲しい。
2002.5.30 木
曇り
作曲家、船村徹は、美空ひばりに50曲近くの楽曲を提供した。「美空ひばりに立ち向かうこと、それは私が初めて味わう恐ろしさだった」美空は、もらった曲を一回通して聞くだけで、もう自分の歌にしてしまう素晴らしいアーティストだったらしい。
その船村は尊敬する兄を戦争で失った。命日には靖国神社に参拝されるらしい。
「兄達は参拝が政治問題になることを悲しんでいるのではないかと思う。」同感だ。ともに亡くなった人々の魂に感謝する。静かにただそれだけのことだ。公も私でもない。
2002.5.29 水
晴れ
日記を書くと、晴れが続いていることに気付く。それくらい過去の日の出来事を忘れている。場に居合わせて、その時々に自分は決して忘れないと思うことは、間違いであり、自分への一瞬の過信である。ここまで生きてきても、まだ学習できていない。人間は馬鹿だ、その前にオレが馬鹿だ。
久し振りに倉敷方面に行った。高梁川は、小島をいくつも抱えて悠々と流れていた。初めて行ったその少し大きい集落には、オレの行ったその会社しか、らしいものはなかった。人々はゆっくり歩いていた。ラジオ体操カーが来てみんな体操をしていた。気のせいか少し音楽が遅い気がした。商談はちゃんとメモらないと、明日には必ず忘れる。でも、天気やオレの心なんてなかなかメモにとらない、とるわけない。こういう風にネットに残す手があったんだ。これも発見。
2002.5.28 火
晴れ
よくある話し。感情的でいい。相手を真剣に怒るときや怒鳴りつけるとき、自分の心も同時に痛むものだ。相手にその感情を叩きつけるときは、自分にも足枷をつけることとなる。しかし、指導し、教育する立場に立ったとき、それは職責となる。言わなければならない。それが出来ない役員連中だからオレはA4二枚の意見書を提出した。つまり足枷を自らに課したわけだ。何も言わなければ、互いに楽をして、この時代に会社は朽ちるだけだろう。朽ちる手前で、神風が吹くなんて、阿弥陀仏の本願に頼ることは許されない。「朽ちる」で「遠い旅路」を思い出した。でも心は軋まない。追い込まれて動揺しているだけだ。朽ちるなんてこの口から吐けない。
2002.5.27 月
晴れ
地元で、飲みに忠信。ほっといてくれっていう間柄で、お互いに気軽に飲んでいる。多少の自慢話と、ほどほどのスケールのコボレ話し。良心的だ。仕事場からここまでの15kmの地点が自分の居られるトコロ。ツレのやる店で、いい肴に、ありきたりの酒。その酒は、そこでいい酒の味になる。この酒を明日の力にしたい。そんなにうまくはいかないが、少し今日のように力を抜けば、突破もあるかな。
2002.5.26 日
晴れ
ネットの知り合いの子のPCがおかしくなった。ちょっと前までなかった、こんなコミュニケ。連絡がとれないってこの感触、今まで他にはなかった。生活圏の付き合いではないけれど、大切な繋がり。どんな繋がりがきっかけでも、尊い関係はある。ひょっとした、しかし大切なことが、ネットだった、ってこと、これから社会的標準になるだろうな。
夜、雷の後、それぞれの街の屋根に氷が突き刺さった。バラバラと激しい音の連続。雨が止んで、外に出た。仄かに植物の匂いがした。暗い水溜りに、浮いた白のたくさんが揺れている。隣人が育てたバラだった。それは、植物のメッセージで、久し振りにオレの嗅覚を刺激した。毎年、隣の彼はその白いバラを大切に育てている。
2002.5.25 土
晴れ
昔のフォークソングを聴いた。言葉を推敲する作詞者の時間が感じられて新鮮だった。今は本当にどうなんだろうか。時間をかけてられないのか。表現が感覚的になったのか。そういう時代じゃないんだろうか。製作期間に条件があるのか、我々がそれに納得しているのか。そういう思考回路は、ブッとばされるのか。日本語は大切だ。
国立では、サポーターが「君が代」を歌ってんだ。サッカー=君が代、悪くないだろう。少なくとも学校より頭に残る。頭に残る教育は、実感とその空気の記憶だろう。そして今の記憶に残る歌は、少ない。しかし、残った歌が今聞けるのだから実はその率は変わらないのかも知れない。否、少し下がるか、否、オレの嵩張った齢か。
2002.5.24 金
晴れ
自分を好きになっている部分と、自分を否定する部分を持ちたい。そして己の恥を知る。顔が赤くなるくらい振り回されている自分。でも歩いて行かねばならないのだから、少し好きなほうに振っておく。至って処世。こんなバランスで本当に生きていけるのか。こんなことを考えていても、道が開かれるものではないが、否、もっと無邪気に生きるべきか。オレの考えることは理屈か、評論か、偽善か。自分の身体が舎利になってしまうような感覚を果たして持つことが出来るか。おそらく、こんな発想は、身体が疲れている証拠だろう。眠気に任せて布団に吸い込まれよう。まだ自分が強すぎるんだよ、無意識に、はぐれるなんて、オレには未だ早い。
2002.5.21 火
晴れ
今日は、通期の計画作成の締め切り日。今年7月から一年間の予算を立てる。自分の一年間の計画のない人間にどのように予想しろというんだ。とういう訳で、月毎に12個の餅を並べる創作活動に取り組んだ。まじめに考えたら、一週間は掛かるだろうし、考え方で3分でも出来る不思議な代物だ。オレは迷わず後者を選び、街に出た。なんせ、今日が締めなんだからしょうがねえ、って知ってたんだが、今となっては後者のみだろ。給料をもらうお約束作業だね。結果がスベテさ。
別件。帰り間際に後輩社員が言ってる。クレームを受けているらしい。
「課長、そのアドヴァイスは聞いてないっすよ」
馬鹿ヤロウ、おまえ聞かせるまで上司説得しろよ、言ってもらえるなんて給料食む身で言えねーぜ。そんなことゆうなら、最後までテメーでケツふけ。いやなら頭下げてこの仕事下りようぜ。甘いぜ、会社は家族じゃねえ。会社の「和」とは、利害を考えてテメーで、どっちか決めることだぜ。
2002.5.20 月
曇り
言葉をたくさん使って表現すること、そんなことで愛をささやいても何の意味もない。小説や詩を読んでも、表現のための表現のような、説明書の解説みたいな、評論書を評するような作業にしか見えなくて、頭がクラクラする。難しい言葉だけになんて何の意味もない。生きた言葉だけでいい。そして今すぐ抱き合いたいと思うあなたのほうが一番素晴らしい。作家はいつもそのことに悩んで筆にしているだけさ。だから作家は大抵自分の職業を一番底辺に捉えている。そこから始まらないといい文章はきっと書けないだろう。そんなときには、町田町蔵を読む。自分の言葉に惚れてるやつら、グッバイ。
2002.5.19 日
昼から雨も上がる。いつだって、そうさ。上がらないと勘違いして、それが雨でも、涙にしか結論の出ない恋でも、やがて黒い雲が切れて、晴れた空になる。晴れるとは、回復でもあり、切り替えることにもある。どちらにしても生きていくんだ。死人にはその新しい展開は無い。だから偲ぶんだな。午前様に線香を上げながら思った。その部屋の線香の匂いの中で寝たから。でも、酔っ払いと線香、似合うわけねえな。今日の朝は、そんなツレの部屋から始まった。どんな苦しいときでも血はめぐり、内臓は働いている。そうだ、オレの内臓は確実に蠢いている。
2002.5.17 金
だらだらとした雨が続く。湿気で衣服が身体にくっつき、不快な梅雨を少し思い出した。そんな中、うちの会社がパリの「プルミエルヴィジョン」に出展できることが決定した。これは世界最大の繊維素材展示会で、著名なブランドのデザイナーなどがそこに集まってくる。日本からの枠は数社のみで非常に審査の厳しい権威ある存在である。ファッションはヨーロッパ中心なのでアジアはほとんど相手にされない。オレら中小の田舎の会社がどこまで頑張れるのか楽しみである。メーカーはいい生地を作れば評価されるのだ。人と資本の多くは、商品開発に費やされる。だからオレらの実入りは少ない。しかし精神は少し救われる。そこがメーカーの特質なんだな。糸紡いでなんぼ。そして始まりは知的好奇心。湿気に勝つ。
2002.5.16 木
曇り
絵描きと飲んだ。絵を描く人は、絵に向かって一日が終わると、それがいいらしい。元来、絵画は孤独な作業だ。特に油絵の場合、終わりが無いので、自分に嘘をつかず、どこで納得できるかが大切らしい。その製作の終止点が見えて疑問なく頷けるものは大体いいものらしい。技巧を凝らしたり、違うなと思うまま、いじってみても大抵良くならない。自分の純粋なところまでどう社会生活をリセットできるかが、肝心なんだろう。感じるままを表現することはなんと難しいんだろう。妥協の無い本質の人間への回帰、調整局面の無い裸の時間。オレも夜中の数時間であっても、そういう自分になりたい。社会で認められているオレと全く違うオレに。
2002.5.14 火
晴れ
三原山噴火のときの大島の住民とその島を守る人々の姿と思いをNHKで見た。現代社会では、いろんなメディアから世界の情報を得られる時代だが、住むところとそれとは別だ。住む場所の臭いや安堵や小さな想い出は、他に換えることは中々できない。農耕民族の土地への執着は日本人のDNAに組み込まれているのか。
世の中はどんどん便利になり、人間も器用になったように錯覚しているが、実はそうではない。器用になった気がして、だんだん自分もわからなくなり、その勘違いもわからない。もう自分の勘違いも判断できないでいる。自分の居場所を自覚するのに、より難しい時代を生きているのかも知れない。
しかし平安時代の物語も、戦前の日本人も、ほんの少し前の昭和30年前半の小津安二郎の映画の日本人も本質はなんら変わってはいないんだ。今、インターネットで飛んでいっても、暮らしに急に変化があるわけではない。愛する人が遠くにいれば、やはり抱き合うことはできない。その思いを遂げるには、今の生活を毎日静かにこなすことしかない。「プロジェクトX」以上に、普通に頑張る人はたくさんいる。ドラマではなく市井に暮らす名も無き我々はそれぞれ、その土地に暮らしている。
少し話がそれた。
2002.5.13 月
晴れ
小泉さん、「冷静な行動を望む。」違うんだ。いつもではないけれど、心から怒りが湧き上がる時っていうのは必ずある。冷静に公務を運ぶ事は当然だろう。そんなことは職責の自覚があれば当たり前のことだ。その冷静さの中に湧き出す真実の心があれば、もっと人に伝わるものがあるはずだ。ってこと。だからオレには全く伝わらない。涙を隠しても、伝えたい気持ち。それは涙がなくても伝わるもの。相手を殴りたいような憤りで、例え相手に手を出さなくとも、相手を打ちのめすくらいの迫力は、真実があれば叶う。いつも真剣にオレが生きているわけではないが、肝心なときはオレだってやるさ。政治家にこんなに真剣になるオレはバカか、否、反面教師か。
2002.5.12 日
晴れ
今日は第二日曜日、母の日。昔、アメリカにアンナ・デービスという女の子がいて、亡くなったお母さんの命日だった5月9日に、教会で白いカーネーションを配ったのが始まりらしい。そうか、亡くなったお母さんのために送った花がその起源なのか。今、母の日は、片親の子への配慮で学校ではやらないらしい。もっとも、最近は亡くなるのでは無く、離婚が増えているからだが。
2002.5.11 土
曇り
領事館の治外法権。「領事関係に関するウィーン条約」に中国が違反したとする質問に、小泉さん「違反したと思ってるから、抗議してるんでしょ」
「思う」?あんた負けだぜ、ここは速攻、抗議だろ、何を調整してんの、誰の顔見て考えてるの、オレは日本国民だぜ。あんたも日本人だろ。靖国も理屈の上の行動なのか。
最近思う。政治家、国家公務員ってえのは、聖職なんだよ、大志がいるんだよ。キャリアとか、地盤、金じゃないんだよ、名誉ある仕事なんだよ。オレらの金稼ぎの仕事じゃねえ。地道に職を真っ当してくれ。日本人だろ、オレもおまえも。
2002.5.10 金
景気の悪い挨拶に「もう仕事なんて選んでられない、なんでもやります」ってあるけど、本当にその気持ちで仕事しているやつが何人いるか。ノっている目のやつが何人いるのか。その上に余談を挟まず、淡々と仕事をやってのけるやつが何人いるのか、この時代、口から先で、そこに終始するやつ、人の目を意識してばかりのパフォーマンスに徹する輩がうじゃうじゃ蠢いてやがる。そんなやつに愚痴をこぼすオレにはなりたくない。未だ自ら朦朦として淡々足りえず。

師・ジョージ秋山 朦とは己が心の三毒
1.もろもろの事への執着の欲を申すなり。
2.小さき事にも腹を立てる念。
3.愚痴ることなり。何事も己のままにならぬを思い、悲しむ。

淡とは、己の心の中の三毒をはらうべし。

2002.5.9 木
晴れ
接待連チャンの予定だったが、先方の都合で中止。寝不足だったので助かった。しかし寝不足は昼の仕事に大きく影響する。仕事能率は70%くらいに落ちるだろうか。自分の仕事が進まないので、隣の女の子を冷やかして人の足まで引っ張る。なんだオレっていうこいつは。サラリーで、塩もらって生きてんだから、こんなやつはだめだ。健康管理は仕事の重要な部分だと反省。もう何回も反省していることだが。良く寝て元気なビジネスマンか。しかし夜の接待中も仕事といえば仕事だな。少し許されてもいいか。いや、こんなページの更新するくらいだったら、とっとと寝ろー!か。
2002.5.8 水
曇り
梅田大丸14Fの「吉兆」で接待。「吉兆」でもビルに入っているのは安い。でも最低2万か。接待には面白い方だった。おっさんでも、気持ち入ってたら、ツレになれる。気持ちの入ってるかどうかの測り方は好みもあるのだが、目が適度に燃えてる人。仕事にも、そのときの話の行方にも集中して聞ける人。いつも相手の立場に立ってシュミレーションできる人。つまらない事を普通にこなせる人。総合して終わってない人。当たり前のことだけど。
年齢を経て、人は経験の裏付けをし、自信を持って生きていかなければいけないのだが、その年齢に達する頃を境に人の話を聞けなくなる先輩がいる。自信を持てば本来話は逆に聞ける余裕が生まれるはず。そう思い、いつも自分を戒めたいと思う。知らないうちに自分勝手なオレがいるはずだ。気づく時にはもう遅いのだから、絶えず意識したい。そういう大人になりたい。もう大人なんだけど。
2002.5.7 火
はっきりしないいやな空。一日、車で産地まわり。秋冬の大手通販で決定したカーペットの先上げサンプルの運び屋。どちらかというと、気持ちのいい部類の仕事。メーカー工場の冥利。決まれば、仕事も楽しい。無論、墓場行きの無数の試作の上にある成功だが。結局、我々も打率を上げるのが仕事なんだ。数字には出ないんだけどこの打率。これからがシーズンイン。シングルヒットの連打でいきたい。死球で出塁のところまでの根性はないんだが。
2002.5.6 月
晴れ
昨日と同じ白っぽい街並み。プールに逃げ込み泳ぐ。水中は、自分の吐き出す空気の音以外なく、いつもここに逃げ込むことができる。汗もかかない。我ながらいい空間を手に入れたと思う。今日は気持ちよく泳いで、1000m22分。いつもより、1分早い。身体がよく動いたのか、50mカウントミスか。夕刻は未だ肌寒い。でも縮み込まず、胸を張ろう。息子、自転車どうにかクリア。
2002.5.5 日
晴れ
強い日差しの照り返しで、白い街になる。殺人的な夏の予感をほんの少し感じた。10代後半の青年がひとり通りでペットボトルを片手に上半身裸でボードの練習をしていた。子どもを空手の練習へ体育館に押し込み、校庭に出ると少年野球の砂埃、飲み仲間の連れが、汗をかいた少年とキャッチボールをしていた。少し汗ばむ。
夕刻、前からの肩の痛みを感じて、町の接骨医へ。ここはいい医者だ。インフォームド・コンセントがしっかりしている。筋肉同士の関係や、筋肉の説明も具体的だ。安心したので、その名称は頭には入らない。局所的な肩の痛みは誘因で、要は姿勢が悪いため、肩から背中、腰にかけてかなり筋肉が硬いらしい。姿勢を急に正すのは難しいので「一時間に一回くらい胸をはりなさい」といわれた。なんかオレはいつも胸を張っていないのか。そうかいつも背中を曲げて生きているよな。似合わないが、もう少し胸を張るか。と取りあえず家に帰る5分くらいは背筋を伸ばして歩いた。今もPCに向かい時折胸を押し出してみる。オレは、胸を張る男に生まれ変われるか。まあ少しは意識しよう。確かに背中を曲げていいことは一つもない。
2002.5.4 土
曇り
今日は、行きつけの美容院で、雑談。コマ無し自転車の乗り方を昨日の深夜番組でやっていたらしい。まずペダルの踏み込みを教えるのではなく、バランスを取りかたを教える。つまりペダルではなく、足でケンケンさせて自分で、乗るバランス感覚をつかませることが先。なるほど。親の指導法の失敗、反省す。早速、子どもに教えた。うん、昨日より上達が感じられる。と思ったら雨。世の中、テクニックより、バランスなんだな。物の理屈は、大体にして一緒だ。納得。
2002.5.3 金
曇り
子どもにコマ無し自転車を教える。彼には未知の体験である。もう頼れないその不安定な自転車。だからハンドルを持つ手が必要以上に力んでいる。力むと逆にハンドルの安定はなくなる。自分で分かるまでは力むんだな。オレも自信のない時に強がって力む。頑張らねばならないなんて意識しすぎてるんだ。恐怖心と自意識。
力むと自転車が揺れてすぐに足をつこうとする。そしてオレは少し腹を立てて彼の頭を小突く。すぐに反対の足を回せばいいんだから。そんな風に自転車の荷台を小走りに押しながら不意にオレが自分の子ども時代に一所懸命コマ無しの練習をしていた正にその時を思い出した。息子の情けない感情を見て取るときに、心の中に仕舞いこんでいたはずのオレの方の記憶が蘇る。自分の情けないことって、わからないようになっているんだが、こんなときに脳の引き出しから飛び出てくるんだな。思い出したよ、オレの親父がオレにしてくれたことまで。そしてある日ひとりで乗ることができて静かに喜んだことを、右足、左足と順番に漕ぐと、揺れながらも自転車が前にフラフラ進んでいくのを身体で実感したことを、視界が開けて急に自転車をいとおしく思ったことを。
息子へ、「今日だけじゃ乗れないよ、また明日も頑張ろう。」
2002.5.2 木
晴れ
連チャンで飲んだ。最近家では酒を止めて、一日2Lの水を摂取しているので、外ではリバウンドがあるのかも知れない。割と外で飲みすぎる。しかし通常日では、一日2Lの水を取り、毎日曜日には1.5km泳ぐ。1kmを23分±1分、平泳ぎ。50mタイムトライアル52秒平泳ぎ。半年で体脂肪は4ポイントダウンした。人は係数で安心するのだ。でも相手の心に13ポイント近づいたとは誰も言えないし、親密度毎回30ポイントの更新とも言えるわけがない。数字は目標値で、今のあなたとの距離はその数値では測れない。抱き合う距離はマイナス1.5cmで、別れた二人は2倍に離れ、その距離は加速する。夢中である間は、実の数字は頭に入らないものだ。だから、夢の中にいるように錯覚して泳ぐ1000mの後半に50mのカウント足し引きを忘れるときもある。実は数字は厳然とした結果なんだな。しかし頭の中の数字はイメージの連続。その曖昧なイメージの中で人は生きている。曖昧さに救われるからこそ、少し目標値を設定してみる。そう考えると、数値目標は大切なんだな。そこを理解した目標ならかわいいもんだろう。
つまり、今日分かったことは、泥酔で日記を書くとイメージばかりで論理的思考を失った文章をこのように書いてしまって反省もせず、眠さに負けて今もう寝てしまおうとあきらめかけていることだ。
2002.5.1 水
午前2時帰宅。酩酊。つまりメーデー。メーデーなんてそんな語呂合わせで充分。今はそんな資本家の搾取の時代じゃない。労働者の思想の時代でもない。パイを取り寄せる能力と、パイの分配の平等性。パイを取るのはオレ。分配を苦労するのは社長。通りでお品書きをブチ上げてんだったら、パイを取る時間にまわせ。真に働く人間は、自ずと実像が見えてくる。評価される。ウダウダ言ってるやつらは、行動を起こさない。仕事が格好悪いなんてことはない。電話を取って、外に飛び出す。大人の行動をとる。行動とは簡単に単純に動き得る力をいうのだ。分からないことは、奥歯を噛みしめて聞くんだ。主張したら次に反省せよ。主張は自分に足枷をはめるってこと。オレたち未だ世の中のルール全てわかっちゃいねえよ。ただ、自分の回りを守る責任がある、それだけの稼ぎを捕るためにひたすら汗を流しているんだ。バカしてたら金は取れねえ。そんな時代だ。そして仕事だって、正義はある。ボスと戦うときもある。でも血がのぼると、大体オレの負けだぜ。つまり生きながらの勝負。業。

過去の日記