こっそり(?)放置の断片2。
完成するか未定のもの。
誰かが気に入ってくれたらやる気が出るかなあと、
非常に他力本願に設置中です。





 あれは誰のものだろう。
 ふと。美しいイキモノを眺めながら考える。
 誰のモノでもなく、彼は彼自身のもの。それはわかっているけれど、あえて考えてしまうのは、欲しい答は別にあるから。
 あれは俺のものだろうか。俺のものにはできないだろうか。
 気紛れに触れてくる指先、危険から遠ざける腕、囁かれる雑言は。どれも甘さは微塵も無く、それでも他の誰にも与えられることはなく。
 ひょっとすると、自分だけ特別なのではないかという、幻想に酔ってしまいたくなる。
「……馬鹿馬鹿しい」
「何がだ?」
 溜息混じりに呟くと、面白そうに問いかけてくる。
 奴にもサービス精神があるのか、コトの前後は物騒なやり取りに発展する確率が低い。大抵は動けぬほど酷使されているから助かる話だ。さすがに自分で行動不能にしておいて、切り殺すのは躊躇われるのか。無抵抗の相手を襲うのは主義に反するというだけか。
 だから、遠慮なく尋ねてみる。
 もしも不機嫌になったケダモノに殺されたとしても、構わぬというくらいの勢いで。
「とあるドラッケン族を殺したくて堪らないんだが、確実な方法を伝授してくれ」
「……とある軟弱な錬金術士の面倒をみている間は、死ぬ予定はないらしいぞ」
 予想以上に微妙な返答は、うがってみたい甘さを秘めて聞こえる。言い回しに気をつけてもらわないと、軟弱でズルい錬金術士がうっかり誤解してしまいそうだ。
「――俺を愛しているなら早くそう言ってくれ、そうじゃないと」
「愛しているぞ、ガユス」
 言い終えぬ内に、ギギナの声がした。
 その意外な内容が頭に入らず、しばし反芻してようやく意味が腑に落ちる。
「…………馬鹿馬鹿しい」
 ただの遊びだと早く言ってくれ。そうじゃないと、依存がますます進行して取り返しがつかなくなる。お前を俺のものにするために、何をしだすかわからないぞ。
「貴様はいったい、どうしろというのだ」
 不満げなギギナの白々しい苛立ちに、虚しさだけが募った。

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20
ガユス、まったくギギナを信用してません。ギギナ、どうしていいかわかりません。
(06/06/27)





 寝台に転がされて、思う様に嬲られて。俺は必死にシーツにすがりつき、嬌声を堪えていた。非常に一方的に我慢を強いられる中、熱いものが内側に叩きつけられ、ぐったりと脱力する。乱れきった呼吸を黙って整えていると、強い視線を感じた。
 見上げればギギナは、俺の上からどきもせず、苛立ちをあらわにしている。
 勝手に貪っておいてまだ不満があるとは、我が儘もいい加減にしろ。嫌ならしなけりゃいいだろうが。
 この行為には愛情が絡む訳じゃない。友情なんてもっての他で、それでも多少の好意はある、はずで。ならばせめて、互いに気持ちよくコトを進めるべきじゃないか。不快なのにわざわざする意味はないだろう?
「貴様、何故触らない」
「……はあ?」
 負けずに不機嫌な顔で睨み返せば、ギギナの複雑怪奇な表情が眼に入る。奴の視線が向かっていたのは、シーツに埋もれた俺の指先だった。
 行為の最中、俺は縋るものを求めてシーツをわし掴んでいた。それの何処がご不興を買ったんでしょうか。やりすぎで頭が腐った低脳の言葉は、全く意味不明だ。
 だってお前、触られるの嫌いなんだろう?
 それを知っているから、俺はいつだってギギナに触れぬように気をつけている。シーツや枕を握り締め、間違ってもお前に向けて手を伸ばさぬよう注意している。薄気味悪く馴れ合う身として、最低限の礼儀は守ってるつもりだ。繊細な心遣いと無縁なドラッケン族は、相手の厚意すら理解できないんですか。
「何が言いたい。まさかこんな行為の最中に、接触を理由に殺し合いを始めたいのか?」
「…………そんなことは言っていない」
 そうだろうな、さすがに。じゃあ何が言いたいんだ、語彙を増やして出直して来い。
 怪訝そうに小首を傾げてみれば、くっと小さく呻いた男が眼を逸らす。
「その仕草、どういうつもりだ」
「……お前が何を考えてるのか疑問だと、素直に表現したんだが?」
 本気で寝惚けてるとしか思えぬ反応。もはや呆れるしかなくて、溜息が洩れる。
 いい加減に退けとばかりに重い身体を押しやるが、何を考えたか低脳ドラッケンはむしろ更に体重をかけて圧し掛かってくる。
 潰す気かとビクつくが、そうではなくて。もっと不穏な気配というか、これはひょっとしなくてもサカってるといわないか。
「待て待て待てっもう充分ヤリまくっただろうが! てか、そんな嫌そうな顔で襲うな!!」
「うるさい。挑発したのは貴様だ」
「馬鹿野郎っ、誰がいつどこで挑発なん……んんっ!」
 ナニを考えてるんだ、この馬鹿はっ!
 延々と唇を貪られ続けて酸素が欠乏、意識が白く消えかけたところで、ようやく解放された。窒息死寸前でぐったりしていると、ケダモノは着々と手を動かして俺を煽り始める。
「……馬鹿はどちらだ」
「んだとっ!?」
 苦々しい呟きに、条件反射で突っ込む。潤んだ瞳で睨みつけてやった。お前に馬鹿と呼ばれる筋合いはないぞ。
「その眼が悪い。己の行動には自覚と責任を持て」
「なにを言っ……て、あ、あ―――……っ」
 反論むなしく、俺の身体の急所を知り尽くした指先にまさぐられて、呆気なく理性が失われていく。弄ばれ嬌声をあげながら、訳もわからず縋りつくものを求めてしまう。急速に奪われた現実感に恐怖さえ感じて、嫌がられるのを忘れて腕を伸ばす。
 振り払われても当然なのに、差し出した腕は意外にもギギナに受け入れられた。力一杯しがみつくと、応えるように力強い腕が俺を抱きしめる。その充足感に快感が更に募った。
 ギギナの背中に爪痕を作ってしまったのに気付いたのは、コトが終わって正気に戻った後だ。恋人にならともかくセフレがつけた刻印なんて鬱陶しいだろうが、半ばはギギナの自業自得だ。謝る気にはなれない。嫌なら自分で治せ、仕掛けたのはお前の方だからな!
 ただ、この行為にも一応は、互いに最低限の馴れ合う情は絡んでいる、はずだから。わざわざギギナに嫌がらせをしたくはない。次の機会は、ギギナに触れるなんて不覚を取らぬように気をつけようと、心に誓った。

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19
ギギナに触らないよう気を使っている(つもりの)ガユスと、もっと欲しいと手を伸ばしてこないガユスが不満なギギナ。なんでこう……頭の悪い話ばかりなのか……
(06/06/26)





 誰かに弄くりまわされている。
 触れてくる手がくすぐったくて、ガユスは心地良い眠りから引き上げられた。
 事務所内で昼寝をする自分に触る相手など一人しかいない。何のつもりか不明だが、ギギナはガユスが眠っている時に手を出してくることが多い。目覚める前に離れていく男は、ガユスが気付かれていないつもりなのかもしれない。しかしガユスもそこまで鈍くはない。それを拒まぬのは、接触が不快ではない所為だが、何か腹が立つのでギギナには絶対に秘密だ。
 反射的に動いた大きく敏感な耳が、妙に近くでカチリと鳴る金属音をとらえる。不思議に思って眼を開けると、真上にギギナの顔を発見。驚いて瞳をまんまるに見開いてしまう。唐突な美貌のアップは心臓に悪い。
 何のつもりだと抗議しかけ、言葉を話せぬ姿に気付いてぶるりと身を震わせて。
 ギギナのふっと笑った表情があまりに楽しそうで、密かに見惚れた。

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18
首輪ネタ、ガユス視点。
捨てるに忍びなかったので、断片設置。
(06/06/23)





 森の中で乱戦を行う内に、いつの間にかギギナとは離れてしまっていた。
 気がつくと〈異貌のものども〉は姿を消していて、残されたのは幾つかの死骸と、俺の身体の大きな穴。
 戦闘時の緊張が解けるにつれて、激しい脱力感と寒気に襲われる。あまり痛みを感じないので、これはマズいなと他人事のように思った。気休めのように増血咒式を施すものの、目に見えてゴボゴボ噴き出していく血は、増やすよりも多量だと思われる。
 まだ昼間なのに、何故か視界が暗くなってきている。身体がいうことをきかず、ずるずると大木の根元に座り込んだ。まだ敵が残っている可能性もあるが、立っていられない。
 やがて視界の片隅で何かが動いた時、俺は思わず笑みを浮かべた。敵の残党という可能性もあるが、危機感は微塵も湧き上がってこない。だって、あれは。
「……よくここがわかったな」
「貴様の酒臭い血がにおったからな」
 酷く穏やかな気分に浸りながら眼をつぶり、繁みをかき分けて近付いてくる気配に声をかける。瞼を閉じても、それが誰なのか疑う余地はない。かすむ瞳にも鮮やかに映る銀色を、見間違えたりしない。
「俺が死んだら独りで事務所を維持するなんて無茶は潔く諦めて、警察に犬として拾ってもらえ。警察犬並みに扱ってもらえば食と住には困らないぞ。衣服は警察が用意するものじゃ、露出が低くてお前には満足できないかもしれないが……って」
「黙っていろ。呼吸する度に貴様のような軟弱者を主人に持った哀れなヘモグロビンが、貴様の不甲斐なさに絶望して地面へ亡命を図っているだろうが」
「あ〜うるさいうるさいうるさい。後衛の存在すら忘れて嬉々として突出するような莫迦は、一度相棒を失ってその有りがたみを知れ」
 ぐらぐらする意識を必死に留めている相棒への気遣いが無い戦闘狂に忠告。けれどそれすらも平常の延長の戯言である……はずだったのに。
「失ってからでは、遅いだろう」
 ぼそりと呟かれたのは意外な言葉だった。驚いてぱちりと瞬けば、飛び込んできたギギナの表情は。きゅっと眉間に皺を寄せた切なげな顔――に見えなくもない。
「……何を言ってるんだ、お前は」
 そういうのは、反則だ。
 睨み付けて、発言を無かったことにしろと無言の圧力。見返してきたギギナは、小さく嘆息すると治癒咒式を紡ぎ続ける。
 ギギナの過保護な行動は、もはや癖になっているのだろう。
 奴にとって俺は対等に戦える存在ではなく、いつまでたっても背後から必死に追いかけてくる者なのだ。後衛としてなら多少は役に立つ程度の、いないよりマシな程度の存在。もしくは黄金時代の残り滓。事務処理や仕事の確保といった日常雑務にこき使うために一緒にいるだけで、戦闘時においては足手まといの邪魔者扱いだ。
 確かにギギナから見れば、俺の戦闘能力なんて素人より上というレベルなのかもしれない。それでも俺まで失いたくないという、どこか本能にも近い部分に刻まれた想いが奴を動かし、俺を庇わせているのだ。取り返しがつかぬ程に壊れてしまわないように。
 ただそれだけ。
 俺自身に価値を見出してるんじゃない。
 そうわかっているのに、柄にもない心配そうな顔を垣間見たりすると、大切に思われていると錯覚しそうになる。

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17
死にかけガユス。血が巡ってないせいで、鈍さ倍増。何だか可哀想なのは、ガユスかギギナか。
(06/06/23)




『お約束ネタその2』

 何が悪かったといって咒式が悪かった。
 要するに俺自身が悪かった訳で、それはわかりきっているから、問題はこれからどうするか……というか、これからどうしたら戻れるのだろう。
 落ち着け冷静になるんだと己に言い聞かせ、その度に落ち着いてていいのかと自ら突っ込んでしまう。が、孤独にボケツッコミ技能を修練しても事態が改善されるはずもなく。 
 よろよろと座り込んだ俺は、しばし呆然と虚空を見つめていたが、逃避しても変わらぬ現実には向き合うしかない。こんな進歩の無い結論に達せたのは、正午を過ぎる頃だった。
 うっかり女になっちゃいましたなんて、誰に言っても信じて貰えないなら上等、呆気にとられた後で大爆笑されるか、その反対かのどっちかだ。この手の事態における、自分の人徳の無さには自信がある。それこそ俺がしっかりしないと、誰も助けてはくれない。
 ぱしんと頬を叩いて気合を入れる。すると腰まで伸びた髪が揺れて邪魔だったが、これは唯一の慰めでもあった。つまりは、最低限の目的は達したのだから、現状もマイナスだけではないといえなくもないような。……かなり逃避的思考にも思えるけど、深く考えてはいけない。
 立ち上がった俺は、まずは身支度を整えた。
 唐突に元に戻った時が困るので(願望が混じってるかもしれないが……)ズボンはいつものサイズを、ベルトの穴を移動させて穿くことにする。そもそも他に無いし。大きくなってしまったシャツは、袖を折り返しておく。うん、これでいつ男に戻っても準備万端。って、何もしてないようなものだが。
 鬱陶しいほど伸びた髪は切ってしまおうかと思ったが、怖くなったので止める。いや男に戻るとしてだ、元のように腰骨が太くなり身長体重が変化していくに留まらず、元通りに髪が短く縮んだりしたら洒落にならない。下手にショートカットにしたら、それこそハゲてしまう!
 にしても邪魔なんだが、どうしたものか。少し考えるが、切れないなら束ねてしまえという単純な結論にたどり着き、ジヴの忘れ物と台所用品を漁って、クシとピンと輪ゴムを用意する。
 たまに見かけるギギナの仕草を思い出しながら、鏡の前で生まれて始めてのポニーテールに挑戦。奴より癖とコシのある赤毛は、幸いそう扱い辛くはなかった。寧ろ見事に完成した、長いしっぽを揺らす可愛らしい乙女の姿にめげてくる。鏡の中での青い瞳が潤みかけ、慌てて知覚眼鏡を外してごしごし目をこすった。まるで虐められてる可哀想な女の子みたいで不気味だぞ、俺。妙に似合うのは気のせいだ、多分きっと。
 見慣れた俺の服のままなのに、ちょっと華奢になったとはいえ顔かたちの基本パーツは変わっていないのに、一応ちゃんと女の子に見える…………なんて嘆かわしい。
 一歩ここを出れば、知人に見つかる可能性がある。もし知り合いにこんなとこを見られたら、死ぬ。いや相手を殺したくなる。たとえ見知らぬ他人だろうと、相手が元の姿を知らなくても、現状を見られると思うだけで切なく泣けてくる。だが、家にこもっていても、早晩誰かが俺を訪れる未来は確定している。
 そもそも。このまま放っておくだけで『戻れる』ものだろうか。
 咒式によるホルモン異常が原因の現象なら、時間が経って体内のホルモンが減少すれば現状が改善される可能性はある。だがここまで変化が起こったのでは、新たな操作を行わないと、ホルモンが元の状態に回復しない可能性もある。というか、発毛に効果があるホルモンを増加させた後で再び減少しないようにと組んだ咒式なんだし。
 永遠にこんな姿だったら、どうしよう。
 考えれば考えるほどに不安に侵され、仕方なく俺は外出を決意した。迷った末にヨルガは家に残し、マグナスだけを携帯する。ヨルガは目立つ。持ち歩くと正体を喧伝してるようなものだ。知覚眼鏡を外して髪も伸びていれば、俺だとすぐにはバレないはず。なにより体形から女性だとわかるし。まあ……普通は即日性転換するとは考えないだろう。
 あそこへは凄く行きたくないが、現状を放っておけるほど大胆にはなれない。
 独りで対処するには限界がある。はなはだ信用できない医者の守秘義務とかモラルに期待するしかないだろう。
 深々と溜息を吐くと、俺はツザンの病院へ向けて重い足を踏み出した。

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16
ネタのその2です。こっそり(でもなく)続きですよ。
何か、一節が長くなる傾向に警戒・・・自分でSSと呼ぶ量より多くなってるような(笑)
そして性懲りも無く続く・・・はず。次でギギナが出てくるとこまでは書きかけ中。
(06/06/17)




 いつか必ず来る別離が、少しでも先だといい

『さいごまで』 

「貴様はどうしてそうも軟弱なのだ」
「うるさい。ドラッケンに無縁の繊細さは、人間にとっては美徳なんだぞ」
「美徳でも悪徳でも闘争の役に立たぬなら意味がない」
「おまえみたいに美徳ゼロよりもずっとスバラシイ生き様だろうが」

 戦闘中もその後も、いつでも罵詈雑言の応酬は繰り返される。ただし現状で勢いが足りないのは、俺の血が足りないからだ。脳内酸素が少な過ぎて、俺の美徳も調子が悪い。
 ギギナは完璧なる美貌を侮蔑に歪めながらも、黙々と咒式を紡いで治療を続けている。合間に散々俺を誹謗しながらも、今日も最後通牒だけは仕舞われている。
 すなわち俺のような奴は相棒に相応しくないとは。
 俺なんかもう必要ないとは、今日もまだ言われない。
 情けなく弱い俺を詰りながらも、まだ俺の隣で生きていくつもりらしい。

 脆弱で無様な俺に文句があるなら、おまえが見張っていればいい。
 俺が勝手に死なないように。何処かへ消えないように。
 世界は数多のお手軽な死で満ちていて、独りにされたら何時のたれ死ぬかわからない。
 それでも俺は構わないけれど、おまえが嫌だというなら。
 ずっと隣で情けない姿を見続ければいい。
 いつか、おまえが飽きるまでは。
 いつか、俺の元から去る日までは。

 ……そして願わくば、最期までおまえが飽くことのないように。
 死がふたりを分かつ日までも。


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15
不意にガユスだらけなのに気付きつつ、裏手はギギナがいっぱいなのに気付く。
なんだか暗いガユスと、報われてないっぽいギギナ。
(06/06/16)




『お約束ネタその1』

 発端は、つい数日前だ。
 うららかな陽射しに照らされたオープンカフェで、ジヴと昼食を食べていた最中だった。
 不意にまじまじと俺の顔を見つめてきたジヴに、何かついてるのかと首を傾げて尋ねれば、一割の慈愛と九割の不安に満ちた眼差しで、男にとっては黒ジヴ様のお言葉より恐ろしい一言がずばり。

「ねえガユス。あなた生え際が後退していない?」

 言われて、思わず珈琲を噴き出した。
 苦労してるものねえと同情されて優しくしてもらったのは嬉しかったが、それとこれとは別問題。というか事実ならば大問題である。
 自宅に戻ると洗面所の鏡の前で前髪を上げ、じっと額を見つめてみる。どうだろう。そんなことはない、と思うのだが。日々見ているものだから、願望も混じって気付かないだけだろうか。
 気にすると余計アレだというが(ハゲる、なんて口にしたくない!)現実逃避しても仕方ない。他人の目にそう映るというのが問題なのだ。早急に、手遅れになる前に手を打たねばなるまい。
 そう思った俺が選んだ解決法は、やはりというか咒式だった。つまりは生体系咒式による――発毛誘発を試みることにした。
 増毛に必要なホルモンその他は遥か昔から解明されている。太古の昔から人類共通の悩みであった毛髪量に関わる咒式は多く存在しており、要するに今まで使ったことはないが、咒式自体は完成している。それ専門の咒式医もいるのだが、やたらと金を取られるらしく、例によって万年貧乏暮らしの俺にそんな余裕はない。他人に恥を晒したくもないし、元から咒式研究は趣味のようなものだ。到達者の実力はお飾りではないという自負もあった。
 ちなみに一応、身近にも生体系高位の専門家がいるが、奴を頼るなど冗談ではない。馬鹿にされるのはわかりきっている。
独りで何とかしてみせようと決意した俺の誤算は、己の不幸体質を甘くみていたことか、低位に数えられる件の咒式の使い手が少ない理由を確認しなかったことか。
 細々と業務の合間に組み上げた咒式が完成したのは、ちょうど休日の前夜だった。ひとまず仮眠を取った後、俺は専門外の咒式を慎重に発動する。
 最初に、頭部にむずむずと落ち着かない刺激が走りだした。ついで髪が伸び始めたところまではよかった。ところが予定を遥かに超えて発毛は続き、目に見える速度で髪はどんどん伸び続ける。
 とりあえずは制御が甘かったのだろうが、ある意味で予想範囲内の現象ではあった。しかし続いて胸部や腹部に熱が集まり、諸々の内臓器官に明らかな違和感が生じ始める。  
 これはヤバい、と思う間もなく急激に痛みが発生し、椅子に座っていられなくなって床へと転がり落ちた、らしい。どうしようかと思考する間もなく、俺は速やかに意識を消失した。


 眼が覚めると何かがおかしかった。
 という事態は、これまでも何度か経験してきた。
 覚えの無い場所にいたとか、隣に見知らぬ相手が寝ていたとか。その程度は、幾度も経験済みだ。
 今回はまず、身を起こした途端に長い赤毛が眼前を覆ったことに驚いた。
 腰に届くほど伸びた髪を見て、自分が何をしていたのかを思い出す。前髪も後ろ髪も区別無く、野放図に伸びた髪は心霊現象のようだ。我ながら効果が覿面過ぎて心臓に悪い。当初の目的である増毛は無事に為せたようだが、毛根に余計な負担をかけた気がしないでもない。他にも、体中に何とも言えぬ違和感がある。もっともこれは、何時間か床に寝ていた所為かもしれない。気絶前の激痛を思い出すと、今は痛みが無いのが不審なくらいだった。
 ゆっくりと身体を動かしながら、知覚眼鏡で己の体内状況を検索。急激な増毛によって体内の栄養素が幾種か不足気味だが、特に致命的な異常はない。項目がグリーンに表示されていくのを確かめつつ、ゆっくりと立ち上がる。その瞬間に、知覚眼鏡に頼るまでもなく恐ろしいまでの違和感を覚えた。
 ふらついたのは、まだ良いのだ。しかし、何と言おうかおかしな感触。
 あるはずのモノが無く、ないはずのモノが有るような?
 それと――妙に視線が低い。
「……冗談だろ」
 呆然と呟いた声は、聞き覚えの無い高いもの。焦って喉に手をやると、やたら滑らかな感触がして、喉仏の膨らみが明らかに無くなっている。
 恐る恐る己の身体を見下ろすと、ぱさりと伸びすぎた前髪が垂れてきた。それをはらう腕が、妙に細くなっている錯覚……錯覚だろうか?
 動揺して身じろぐと、何故か腰回りが緩くなっている所為で、ズボンが腰骨までズリ落ちる。ベルトまでしているのにどうしてかと、ウエストを見下ろした俺の眼に飛び込んで来たのは、シャツを押し上げる豊かな胸元のふくらみで。
 俺は思わず絶叫した。
 その叫びも、高く澄んだ女らしい声だったので涙が出た。


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14
一度はやってみたいお約束ネタ。
発毛に関係する物質その1は女性ホルモンですが、これをあんまり投与しすぎるとマズいそうです。え〜、いずこからか反響があれば続きも〜
(06/06/18)




『家出その2』

 まずは銀行口座から全額を引き出し、違う口座を作って全額を振り込む。
 次に向かった駅で、適当に投入した貨幣でもっとも低額の切符を購入した。
 足が赴くままに駅のホームを選択、最初にやって来た列車に乗り込んだ。
 幸いにも空いていた車内で椅子に座ると、背後の窓に頭を押し付けぼんやりと虚空を眺める。隣に座った女性が、巨大な魔杖剣に恐ろしげな視線を向けてきたのを感じたが、美人に俺は無害ですよと愛想を振りまく気力すらなかった。
 列車はエリダナを抜け出して、どんどん走り続けていく。
 窓の外では見覚えの無い風景が、現れたと思ったら過ぎ去っていく。
 それにも気を止めず、俺はひたすらぼんやりと、視線の先にあった車内吊広告を見つめていた。それは夏のバーゲンの広告で、楽しげな美女が微笑んでいる見ているだけでわくわくしそうな写真だったが、心は少しも晴れなかった。何人目かに隣に座った男は、抱えるヨルガの凶悪さに驚いた後、俺の顔を確かめてそそくさと席を移動していった。まるで世の中に絶望した咒式士が周囲を巻き込んで自殺するのを恐れるように。
 単線に乗り入れた列車が、聞き覚えのない駅に停車していくのを意識の隅で知覚しつつ、長らく答の出ない問題に、今日こそ向き合おうとしては意識が逃避する。いずれ考えねばならぬとわかっていたが、その日が今日である必要はない、はずだったのに。
 俺はこれからどうしたらいいのだろう。
 俺は一体、どうしたいのだろうか。
 やがて列車は終点にたどり着き、車掌の声に急かされるようにしてホームへと降り立つ。意味も無く列車の振動に身を任せているのは心地良かったが、このままエリダナ方面へと折り返す車内に、留まる気にはなれなかった。
 そこは周囲に農地が広がっているだけの無人駅だった。
 ぽつんと置かれたベンチに腰掛け、それこそ他にすることもなくなり、仕方なくこれからどうすべきかに思考を巡らせ始める。
 つい昨日のことだ。
 例によってギギナが勝手に結んできた咒式具のローンを、ようやっと完済した。
 数々の苦行の中でもトップクラスの高額ローンで、銀行口座の払い込みを確認し、借金返済を終えたと実感した瞬間、ガユスは解放感で身も心も軽くなったものだ。今夜はよく眠れるぞといい気分で酒を飲み、二日酔いにもならずに機嫌よく出社して、そして――事務所で机の上を見て、新たな咒式具購入契約が結ばれたと知った。
 喜びの直後に再び借金地獄に叩き落され、当然ながら俺は激怒した。ギギナという生物が、どれだけ教えても経理の「け」の字も理解していないのは知っている。しかし
幾ら馬鹿と罵ろうとも仮にも腐っても高位咒式士。買ったら払う、払うには金が要る、金が無ければ買えませんという、お子様でも把握している社会構造知識を持っている、はずなのに。その前日、時間にすれば半日も経っていない時刻に、さあ今日で払い終わる、しばらくは楽になるぞ、何も買って来るんじゃないぞと大喜びで訴えた言葉は軽やかに無視された訳だ。むしろ、ローンがひとつ減るならもうひとつ増やして現状維持に努めようかとでも?
 最近はギギナに接触したい症候群が頻発しており、唐突に駆られる衝動に悩まされていたのだが、借金の事実を知った瞬間にギギナへの怒りよりも、あんなイキモノに振り回されている己の愚かさにふつふつと煮えたぎる怒りを感じた。
 見た目は多少まともでも、肝心だと誰もが言うだろう中味が最低最悪最凶なアレに踊らされるなんてのは真っ平なのだ。仮にも男の端くれとして、そんな真似が無様だと意識する理性は残っている。なのに俺は、ギギナから離れられないままだ。口でどれほど罵ろうとも、ギギナと共にあり続けている――のは、何故なのか。
 考えたくはないが、考えなくてはならない。このまま惰性で流され続けても、何も変わらない――良くも悪くも。
 ギギナの行状を改めさせるという神業を習得する前に、俺としては自分自身の感情を把握する必要があった。誤魔化して気付かない振りをしてはいたが、俺は――多分、恐らく、信じたくもないが、ギギナと関わっていたいのだ。自分こそ馬鹿かと思うが、あんな最低最悪最凶で、長所といったら容貌と戦闘の腕くらいだけのイキモノが、人間として下級ランクだとわかっているのに有り余る短所を補うほど長所に惹かれてしまっている……のかもしれない。
 ぐるぐると巡る思考を、何度も自ら混ぜっ返してしまう。ただでさえ素直でない俺は、自己分析を簡単に終了出来やしない。それがわかっているからこその、この行動ともいえる。つまり、ギギナの顔を見たらその場の勢いで思考も流され、まあとりあえず仕事をして稼がなくてはと目先の日常に囚われてしまうから。だから、ギギナがいない場所で独りになりたかった。勿論、腹が立っているからというのもあるが……実際問題として、こうして俺が失踪したとしてもギギナは心配なんてする訳もないし、むしろ嬉々として更なる家具でも買い漁ってそうだが……ま、現金は無いんだけどそれこそローンという手があるしな。
 思考の結論は、簡単には出そうにない。
 とりあえず、今日の宿を探すべくベンチから立ち上がる。これも結局は結論を先延ばす逃避だと、自嘲しながら。


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13
08の家出のその2。リクエストが来たので書いてみたけど、期待されていたのはどういう展開だったのだろう・・・(笑)

(06/06/17)




『安全地帯』

 近頃、どうも間合いが危険だ。
 奴と俺との間には、ある程度以上の距離が必ずとってあるはず。だったのに。
 いつの間にか、暗黙の了解であったはずの位置関係にズレが生じている。
 つまり、具体的にいうならば。
 最近、何故だかギギナが近過ぎる。ふとした瞬間に、指先が触れ合うほどの有りえない距離感。隣にいても、背中合わせに立っていても、接触した回数など覚えていられる程度だったのに。ここしばらくの間だけで、記憶限界を突破してしまっている。
 俺は変化なんて求めていないのに。
 奴は明らかに、もっと傍に寄ってこようとしているのだ……何故かは不明だが。
「それ以上近付いたら、警察呼ぶぞ」
「呼んでどうする」
 素朴な疑問で返されて、思わず俺は沈黙した。
 わぁごもっとも。警察どころか軍隊を呼んだって、ギギナに対抗できる奴なんてそうはいないよね。それこそ長命竜か翼将でも呼んで来なきゃ……って、どうやって呼ぶんだそんなの。
 問題をすり替えても仕方ない。
 隣に立つのはいい。誰より近い場所に立っているのは構わない。けれど、近過ぎてはいけない。一度でもぬくもりを覚えてしまえば、温度変化がわかってしまう。知られたくないことも、知りたくないことまでも理解してしまう。
 こんな間合いは危険だ。
 ある程度以上の距離をとっておかねばならない。距離があれば、近付かなければ、これ以上の関係にならなければ、これ以下の関係になることもない、はずだ。
 だから俺は戯言で茶化しながら、近寄ってくるギギナから逃げ続ける。
 触れ合う温度に惹かれながら、自分からは近付かない。


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12
こういうのが基本だよなあと。、ある意味、無意識確信犯でズルいガユス。
でも、言わないのはお互い様。
(06/06/16)




「なぁ、愛してるって言ってみて?」
 コトの終わり、冷め切らぬ熱を持て余しながら得意の戯言を仕掛けてみる。
 息を乱す俺と対象的にすっきりした様子の男は、うるさいとばかりに顔をしかめた。
「何故だ」
「いいからさ、サービスだと思って」
「馬鹿馬鹿しい」
「……言いたくないならいいよ」
 あっさり諦めの言葉を吐くと、ドラッケンが不審気な顔をした。
 寝そべる俺を覗き込むようにして来たので、そっぽを向いて表情を隠す。
 ギギナは嘘を嫌うから、だから言いたがらないのは俺を愛してないってことなんだろう。
 見事な論法で導き出した答に、ああやはりと納得する。やけにおかしくてくすくす笑っていたら、奴が怪訝そうな表情になったのでくるりと背を向けた。
 肩が震えてるのは泣いてる所為じゃなく、笑いをこらえているからだ。
 だからもう、構わないでくれ。


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11
同盟参加記念? に、ぐるぐるガユス。というより自己完結しすぎ。
(06/06/14)