「トキワ荘・24年組史観」を越えるための「貸本劇画史観」

                                                      ---- みなもと太郎・大塚英志「まんが学特講」を読む(2010.8.29)

実は、高校時代にみなもと太郎の弟子をしていたという大塚英志が、
改めて、かつての師・みなもと太郎を招き、対談という形式を使って「まんが史」の教えを請う本である。

まず、典型的な「トキワ荘・24年組史観」の持ち主であった大塚英志は、みなもと太郎から、貸本劇画文化を徹底的に叩きこまれる。
子ども文化であるまんがに関しては、11歳の年齢差は大きい。
大塚より少し下の世代である私は、大塚の驚きや感慨の一つ一つを、そのままに実感しながら読み進めることとなった。

いしかわじゅんの時にも似たようなことを書いたが、
みなもと太郎も漫画家としても、マンガ読者としても、誰にも止められないほどのキャリアがある。
まして、弟子筋と言えなくもない大塚英志が平伏して聞いているとなると、ますます口が滑らかになる。

まず、みなもと太郎は、自分に影響を与えたものとして、貸本劇画をあげる。
大塚が「ストーリーまんがとギャグまんがは別モノ」と思っていたというと、
「だからそれはトキワ荘時代のコースですよ」と、みなもとは一蹴する。  

そして、当時は「正義感」しか存在しなかった当時の少年まんがに対して、
主人公の内面を描こうとしたという点で、劇画は少女まんがに通ずる、と説く。
あの、さいとう・たかをでさえ、さいとうプロを設立して自由に描くことができる場所がなければ、
かなり本気で少女まんがに進んでいたかもしれない、というほどだ。

また、24年組についても、従来からのトキワ荘系の作家からの影響とともに、
矢代まさこら貸本劇画系の作家や、西谷祥子やあすなひろしら当時の人気少女漫画家からの影響を指摘する。
10代で貸本デビューした矢代まさこは、20代になって、ようやく雑誌に移ろうとした時に、
矢代作品を読み、矢代作品に強く影響を受けた、矢代とほんの2、3歳しか年齢が変わらない者の中から24年組が登場し、
若くして居場所をなくしてしまうという悲劇もあったという。

このような、随所に具体的なエピソードを交えた戦後まんがの歴史を、
みなもとは、まさに「講義」としか言えないような調子で、なめらかに語りつくす。
いしかわじゅんと比べるならば、いしかわの方が「読者の立場寄り」で書いていることが多いのに対して、
みなもとは、まんが業界の人間関係を生かした「作者の立場寄り」の話が多い。

「講義」から5年がたったこともあり、あとがきや注釈などで、最新情報に基づく補足がなされているあたりも誠実さを感じさせる。
なにより、大澤信亮による綿密な注釈を読むだけでも、ちょっとした「まんが史辞典」になりそうなほどだ。

2800円は高い。しかし、高いとわかっていても、読んだ甲斐のある本というものはある。
いわば、専門書価格と言えようか。版元も角川学芸出版であることだし。
 


     角川グループサイト内「まんが学特講」紹介ページ   

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