明日のマカロニ君 1
− 紫月&要シリーズ 番外編 −
上郷 伊織
刀@刀@
とあるショッピングモールの一角に、大手スーパーがそびえ立っていた。その中には日用雑貨から食料品に到るまで様々な物が取りそろえられている。
もちろん大手国産メーカーの特売品も扱ってはいたのだが、このスーパーの特色として一つには値段にこだわらない品質の良さが上げられていた。品物に関して言えば、どのような料理本を見て材料を揃えようとしても、例えば洋食やイタリアン、中華になってくると特殊な香辛料やその国独特の野菜などが欲しい時に手に入らないと言うことは多々ある。
だが、この中の地下一階、食料品売場に行けば、たいていの物が揃うと言うことで有名なチェーン店である。
そんな、輸入食品コーナーの片隅で、彼らは今か今かとその時を待っていた。
彼らはもちろん人間ではない。
そして、動物とも言えない。
遙か異国のイタリアからはるばると彼らはこの国の土を踏んだ。いや、この国の地面に置かれた。
生まれてこの方、彼らは自分で歩いたことはない。
目にした物といえば、工場の壁や天井、そして白衣を身に纏い、頭には帽子を被り、口にはマスク、目の部分以外は隠れて見えない白づくめの人間達。
ただ、それだけだった。
彼らは何故自分たちがこの世に生を受け、そしてこの地に連れて来られたのか? また、生まれてまもない自分達が、小袋に詰められ、その上、ベルトコンベアーの上を走り、暗いダンボール箱に放り込まれたのかを、随分と長い間知ることは無かった。
彼らがそれらの理由を知ったのは、この売場に運ばれてからだった。
スーパーマーケットというのは、彼らにとって最初のうちは物珍しさもあって楽しい所だった。
時間帯によって客層もその数も全然違う。
忙しい時間帯だと、自分たちの目の前を通り過ぎていく人々を追いかけるだけで、目が回りそうなのだ。
彼らが一番好んでいるのは、平日、午前十一時から午後三時の間だった。その間はたいてい時間に余裕のある専業主婦が多く、彼らの陳列台の近くで世間話を繰り広げてくれる。それを心待ちに彼らは生きていた。
そんなある日、やはりご近所に住む主婦達の世間話の中に、彼らは、自分たちの運命を知った。
そう、彼らがもしここで、誰かに買い上げられた場合、その人の家に連れていかれ、買い主が気の向いた時に熱い熱湯の中で一定時間茹で上げられる。その後、何らかのソースを絡められた上で、人間の胃の中で消化され、人体のエネルギーとして消滅するのだ。
その事をぽってりと太った中年の奥さんが、額にじっとりと汗をかき、生唾を飲み込んで語った時、彼らの背中は氷ついた。
あくまでも、彼らに背中があるならばの話だが・・・・・・・・。
彼らの大半は、その時、自分の運命を知った。
中にはそれ以前に人々の会話から察しを付け、悟りを開いている者もいた。
だが、彼らの殆どはその事実に怯え、自分たちの運命を呪った。
元々は、小麦粉を熱湯で固く粉ねて、管状にした麺類のたぐいであろうとも、彼らには魂が注がれている。
怯えるな、というほうが無理な話だろう。
好むと好まざるとに関わらず、刻一刻とその時は近付いてくるのだ。
いつか必ず・・・・・・・・・。
彼らの身体に黴が巣くい、売り物として役立たずにでもならない限りは・・・・・・・・・・・。
彼らの事を、人間達はこう呼んでいる。
マカロニ、と。
つづく