2001.12.09up

生きてりゃこんな夜もある 10

上郷  伊織

◇◇◇◇◇

 夜道は暗い筈なのに、歓楽街に位置するホテルの周囲は賑わっていた。
 普段ならば、胸躍らせて好みの女や男を物色する好きモノの一柳巽は重い気分を引き摺っていた。
(ちっ、何処まで付いて来るつもりなんだか・・・・・・)
 もう、かれこれ1時間。
 様々な道を通り、撒いてしまうつもりで規則性もなく歩いているのに、振り返ると、微妙な間合いを取りながら金魚の糞は付いて来る。
 ホテルの玄関を潜り、エントランスに入った所で一柳は初めて後ろを振り返った。
 葵は玄関前でオドオドしながら中の様子を伺っている。
 そして、一柳の視線に気付き、慌てたように目を逸らした。
「これだから、ガキって奴は・・・・・・・・・」
 ホテルのフロント係りからの挨拶を無視して、一柳はツカツカと葵に近づき、葵の腕を掴んだかと思うと、引き摺るようにしてエレベータに乗り込んだ。
「わっ、ちょっと・・・・何・・・・・」
 慌てる葵にはお構いなく、自分の部屋に入るなり、葵をドアに押さえ込む。
「おい、どういうつもりだ?」
「・・・・どういうつもりって」
 一柳の行動についていけない葵はしどろもどろになって上手く言葉を紡げないようだった。
「何でつけてくるのか、聞いてんだよ」
 凄みを効かせて問いただすと、葵は肩を竦ませる。
「・・・・・・わかんない」
「理由もなく、お前は人をつけるのか? おい」
 若い奴の考える事はわからない。
「・・・・だって、わかんないよぉ。あんたの事、好きなのに、いきなり冷たくなるし・・・。嫌いなら、そのまま無視すりゃいいのに、こんなトコ連れてくるし・・・・。何にもしない癖に金くれて、助けてくれて、でも、俺は要らないんだろ?」
 いきなり興奮したように、葵は捲くし立てる。
 言っている事は支離滅裂だが、要約すれば、つまりは一柳の事が好きだからという事になる。
 頭を抱えたくなった。
 どこまでもストレートな奴、それが葵という少年らしい。
「だぁ〜! アホかお前は」
 呆れかえってモノが言えない。
「なんで? 好きな人に好きって言っちゃダメ? だったら、ハッキリ俺の事・・・・・・・俺の事、嫌いって言えよ! ハッキリ言われたら、諦めもつくよ。・・・・・・・・俺だって、・・・・・嫌われたら」
「あー、だからだな・・・・」
 言葉に詰まって、一柳はドアを掌で叩く。
 バンッと大きな音がして、葵はビクリと震えた。どうやら殴られると思ったらしい。
「・・・・・これだから、ガキってやつは」
 言ったと同時に葵の唇を塞いだ。
 別に葵が嫌いなわけではない。
 むしろ、可愛いと思っている。
 言動に伴わない初心な所も、自分の始末を自分でつけようとする律儀な性格も、方法は間違っていても親に心配をかけまいとする優しい気持ちもいじらしいと思う。
 多少ルックスは好みから外れているが、悩ましい誘い込むような瞳も気に入っている。
 脇から差し込まれた腕に身体を引き寄せられ、葵は瞳を見開いた。
「本能で挑発する事を憶えやがって」
「・・・・・・え?」
「お前のそういう顔がそそるつってんだ!」
「・・・・・・は?・・・・・」
 先ほどと打って変わった態度に葵は戸惑いを隠せない。
「だからだな、お前みたいな・・まっさらな奴は俺には勿体無いと思ってんだ」
「・・・・どうして・・・」
 葵には一柳の言わんとするところが掴めない。
ただ、一柳はこれからのある少年が、よりにもよって面白みもない社会人との交際をする必要はないと思っていた。学生同士のように、共有する時間はたっぷりと取れないし、ましてや男同士、その上、特急列車で2時間。
最初から遊びと割り切るには、あまりにも葵は綺麗すぎた。
どう考えても他の人間と交際した痕跡もない。
泣かせるのは時間の問題である。
「泣かれても困るんだよ。わかるか?」
「泣かない。俺、もう泣かない」
 力強く断言する葵。
「俺は面倒なのはやなの」
「・・・・・面倒かけない」
 存在そのものが面倒とは、葵の真摯な表情を前にしては言えない。
「けど、お前、殆ど未経験だろうが・・・・・」
「・・・・・憶える!」
 どうあっても、引く気はないらしい。
 往生際悪く、まだ、言い訳を続けようとする一柳の唇を今度は葵が塞いだ。
 最初は啄ばむように、そして、序々に唇を割って舌を進入させ、一柳の舌に絡ませる。
 そんな事をされて一柳が大人しくしていられるわけが無い。
「ん・・・あふっ・・・・・」
 逆に葵の中を蹂躙しながら、腰を引き寄せ、尻を撫ぜると葵は鼻に掛かった吐息を漏らす。それはダイレクトに一柳を刺激した。

「・・はぁ。・・・・ちゃんと、憶えてるだろ?」
「ああ」
一柳が、あの日教えたキスを葵は実践してみたらしい。
「な、俺はな、山梨に住んでる。そう再々は会えんぞ」
「だって、好きだもん」
「学生みたいなわけにはいかないんだぞ」
「当たり前だろ」
 葵はあっさりしたものである。
 こんなおじさんの何処をそんなに気に入ったのか、一柳の疑問は尽きないが、葵は可愛い。
(俺もヤキが回ったのかもな・・・・・・・)

 自分が子供を相手にする日が来るなんて、思いも寄らなかった。
 
「な、今度、こういうの憶えような」
 手を筒状に丸め、親指の辺りをペロリと嘗め、一柳はニヤリと笑みを浮かべた。

 葵はキョトンと不思議そうな表情を浮かべる。
「こういうのだよ、こういうの」
 今度は棒を嘗めるように、舌をクルリと親指に這わせると、葵は真っ赤になって一柳の胸に顔を埋めた。

 

おしまい

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