何にもシラナイ恋なんて・・・3
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
真夜中だというのに蒸し暑い外気が肌を湿らせる。
見上げた空にはうっすらと雲がかかり、月を隠していた。
既に時刻は午前2時を少し回っていた。
大通りに出ても、車の通行量は極めて少なかった。
岸上のマンションまで電車を使えば3駅。日中ならば徒歩を含めても30分で着ける距離を、国道沿いに聖は歩いていた。
一体、どれ位かかる事か・・・・・・・。
馬鹿な事をしていると自分でも思う。
冷静に判断するならば、今日は冴子の家に泊まれないにしても、無線でタクシーを呼んで貰い、自宅に戻るべきだったのだ。その方が体は楽だし、明日、ゆっくりと電車に乗って岸上の所へ行けばいい。岸上だって、既に眠っている可能性が高い。
これでは、そんじょそこいらのガキと変わらない。
そんな自分につくづく嫌気がさしてくる。
半分程の距離を歩き、のどの渇きに気がついた。
そういえば、風呂上がりに何も口にしていない。
少し休憩するつもりで聖は道路脇の縁石に座り込む。あたりを見回してもコンビニどころか自動販売機さえ見あたりはしない。
「・・・あっ!・・・・・ちくしょっ・・・・・」
遠く進行方向に気を取られているうちに、空車ランプを光らせ、貴重なタクシーが1台通り過ぎて行った。
こんな調子では目的地に着く頃には3時がやって来るだろう。
────何やってんだか・・・・・。
────要領悪ぃ・・・。
やっぱり、自分は最近おかしい。
以前なら絶対やらかさなかったポカをする。
自分のマンションに帰るにしても、岸上の所よりさらに2駅分先である。
根性なんて言葉はドブにでも捨てちまえ、というのが聖の信条なのだが、この場合そんな事も言っていられない。
聖はもう一度立ち上がり、足早に目的地へと歩みを進めた。
30分以上歩いただろうか。
後方から改造車と思しき爆音が近づいてくる。
────派手な音鳴らして、亀の歩みじゃ様にならねぇ〜
「かーのじょ、俺達とドライブしない?」
心の内で耳を塞ぎつつ車が通り過ぎるのをやり過ごそうと思っていた所へ、いかにもモテなさそうな二人組が声を掛けてきた。
ナンパに繰り出して、こんな時間になっても女一人捕まえられないモテない君か・・・・・・・。二人揃った馬鹿面はモノの哀れを誘う。より一層、疲れが吹き出す思いになる。
────俺は疲れてんだよ! この馬鹿コンビ。
「彼女じゃねぇ! 何処に目ぇ付けてやがんだ、馬鹿男!」
心の中で思った事は、口を突いて飛び出していた。どうやらここのところ積もりに積もった鬱憤ははけ口を求めていたらしい。
「なにぃ〜」
やばいっ、と内心焦っても後の祭りである。
路肩に派手なペインティングのワンボックスカーは寄せられ、男二人が車から降りてくる。
一人はやせ型。あとの一人はえらくガッシリとした体育会系タイプ。どちらも20歳前後と言ったところか・・・・。学校に通っている風でもなく、どう見てもチンピラにしか見えない。
「てめーが紛らわしいカッコでうろつくからだろうがぁ」
聖の脳裏に舌を出す冴子の顔が浮かんだ。
「好きでこんなカッコしてんじゃねぇ! このっ! 亀男!」
勝手な台詞にカチンときて、考えるよりも先に悪態が出る。
腹の底から啖呵を切る度に、妙に爽快な気分になるのが不思議だった。
「喧嘩売ってんのか。このクソガキャ〜」
「満ぅ〜、やっちまおうぜ!」
満と呼ばれた体育会系の男は頭に血が上っている風だった。
このテの輩は無視するに限ると理性は告げているのに、聖の口元に笑みが浮かぶ。
元々、格闘系ではないが、理論的に喧嘩の仕方位は心得ている。実践の良い機会かもしれない。
危険な考えが脳裏を掠める。
ちらりと、相手の様子を伺うと、満と呼ばれた男のオラウータンにも似た顔は紅潮し、頭から湯気を立てんばかりに興奮している。半殺しにされるかもしれない。男が近づく程、聖との体格差がはっきりと分かった。分が悪すぎる。
聖は咄嗟に踵を返し、走り出す。
「ヤロー、逃がすか!」
男達と距離が開いていく。このまま走り続ければ逃げ切れる。そう確信した瞬間だった。
聖の左足に何かが当たり、ベルト状のモノが右足に絡みついた。
バランスを崩した体は、アスファルトに投げ出されてしまう。
足下に視線をやれば、右足に絡み付いているのは大きなショルダーバッグのベルト部分だった。どちらかが咄嗟に投げたモノらしい。
聖は一つ舌打ちをして体制を立て直そうとしたが、既に遅く、男達は間近に迫ってくる。
上体だけを起こした聖の襟首を掴もうと、満という男は聖の前に立ちはだかり、腕を伸ばした。
はっきりとした筋肉が浮かんでいる二の腕を、他人事のように眺め、男の動きを追っていた。
────こんな腕で殴られたら、顔の形、変わるかも・・・
酷く冷静な自分がそこにいた。
背中を冷たい汗が伝って行く。
体力勝負が苦手だなどと考えている場合ではない。
捕まる前に何とかしなければ・・・・・。
迫り来る男の顔を睨み据え、聖は相手の腹部めがけて右足を蹴り上げた。
「ウッ、グゥゥ・・・・」
男は腹を抱えて前のめりに頽れた。
────ラ・・ラッキー・・・・・。
狙い通り聖の蹴りは相手の鳩尾にヒットしていたらしい。
態勢をもう一度立て直し、聖は走り出した。
「・・・み・・みつるぅぅ〜・・・・・・」
振り返れば、もう一人の男が、聖を追うべきか、仲間を介抱すべきか迷いながらオロオロとする姿が目に入った。
あの蹴りがまともに入っているとすると、10分は動けない筈である。そうでない場合には、今にも起き出して追いかけて来るかもしれない。
全力疾走で逃げられる所まで逃げておくのが得策である。
真夜中のビル群。
視界を、自動販売機がちらりと掠める。
だが、立ち止まる訳にはいかない。
自然と喉が鳴った。
もう、岸上の所は間近なのに、どうしてこんな疲れる事をしているのだろう。
災いを自分から招いてどうするんだ。
聖は今度こそ自分のバカさ加減を呪った。
◇◇◇◇◇
街灯だけが黒いアスファルトを照らしていた。
男達を振り切って聖は脇道に入っていた。
もう、これ以上は出ないと言う程、聖の体からは汗が噴き出し、頭が沸騰するほど熱い。
岸上のマンション付近にたどり着き、肩で息をしながら聖は歩調を緩めた。
しばらくしても息の乱れが直らない。
汗をかき過ぎたんだろうか?
妙に体が軽く、ふらふらと上体が揺れる。
頭に靄がかかり、血の気が引いて行くのを人事のように感じた。
そうか、今日はいささか酒量が多かった。
その上、水分も取らずに全力疾走。
してはいけない事を立て続けにやらかしていたのか・・・・。
体から徐々に力が抜けていく。
視界の端に自動販売機が見える。
くらくらとする頭を抱えながら聖は自動販売機まで歩いた。
色とりどりに並べられた品物の中からスポーツドリンクを選び、一気に飲み干すと、幾分気分は回復する。
その足で岸上の部屋に向かった。
今頃、岸上は眠っているのだろうか?
荒い呼吸の中で聖はぼんやりと考える。
自分がひどい状態だというのに、あいつはゆったりと眠りをむさぼっているというのか?
いつもいつも意地になって岸上の後を追いかけている。
聞き分けの悪い子供だと思われたくない。岸上の足枷になるような真似だけはしてはいけないと思い続けてきた。
けれど、ここ数日の事を考えると、相手を求めているのは自分だけかもしれない、とすら思えてくる。
どこか不条理を感じた。
合い鍵を使って岸上の部屋に上がり込むと、フットライトの薄ぼんやりとした空間に冷蔵庫のモーター音だけが静かにうねりをあげている。
岸上がいると確信して廊下を渡り、リビングのドアを勢いをつけて開けると、そこに人影はない。
ローテーブルの上に小降りの箱と、小型モバイルが2つ並んでいる。ビデオテープ程の大きさのモバイル型パソコンが2つ。以前には見かけなかった機器である。
「・・・・・最新型か」
その内の1つを手に取り、裏側に書かれた機種などを確認すると、以前、聖が電気街に行って何度か見かけた機器である。画面表示範囲や処理速度、ハードディスク容量の3点を覗けば通常のパソコンと比較しても遜色はない。どこへでも持ち運べ、ちょっとした作業が出来てノート型パソコンとは比較にもならない軽量さが売りの商品である。購入すべきかどうか悩んだ末に、持っていれば便利だが、無理をしてまで購入すべきではないと諦めた代物だった。
仕事絡みかもしれない。そう思い、元の位置に戻した。
そして、リビングに面した寝室のドアを開けると、間接照明に照らし出された男の姿があった。
ベットの上、静かな寝息をたてて岸上は眠っていた。
初めて見る岸上の寝顔に吸い寄せられるように、聖は近づいた。
黒く艶やかな髪は珍しく額に掛かり、いつもより男を若く見せている。
通った鼻梁に、意志の強そうな眉、薄情そうな薄い唇が絶妙な配置で男の顔を精悍な印象に仕立てている。
見つめただけで相手を威圧する瞳は閉じられた瞼のせいで見る事は出来ない。
────少し痩せた・・・・・・。
以前、会った時よりホンの少し頬が削げていた。
指で頬にそっと触れても、男の瞼は開かない。
死んだように眠っている。
ハードな仕事だったんだろうか?
ベッドの脇に座り込み、サイドボードに置いてあるタバコを一本拝借した。着火音がしても岸上は何の反応も示さなかった。起きていれば、きっと未成年だからと取り上げられる筈のタバコを吸いながら、じっと岸上の様子を伺う。
1本吸い終わっても何も変わらなかった。
「・・・あんた・・・卑怯だ・・・・・」
耳元で呟いた言葉にも何の反応も示さない。
顔を見るまでは叩き起こしてやる、と思っていた。
怒るなら怒ればいいとも。
だが、こんな状態では恨み言をすら受け止められない。
「・・・・・・やってらんねぇ」
力無い呟きと共に聖はジャケットを脱ぎ、ベットの空いているスペースに潜り込んだ。
体に残ったアルコールが血を巡り、聖の思考を阻んでいく。
隣で眠る岸上の横顔を見つめると、妙に切ない気分になった。
話は明日すればいい、と思う反面、目覚めて岸上がいなかったら、という不安に揺れながら、いつの間にか聖は眠りに就いた。
窓の外は半分白み始めていた。
◇◇◇◇◇
遮光カーテンの隙間から零れる光が肌を刺す。
真昼のまばゆい日差しに加納聖は目を覚ました。
腕にかかる重み、背に触れたぬくもりが覚醒を促していく。
瞼を開けば、一面が薄いグレーで覆われていた。
トクントクンと規則正しい血の音が聞こえる。
そこが恋人の腕の中と気付いて起き上がろうとしても、腕はガッシリと聖の身体を包み込んでいる。
────何なんだこれは・・・・・・。
自分は抱き枕ではないと叫びたいのに、岸上の体温や鼓動を感じる場所は思いの外、居心地が良い。
見上げても顔さえ見る事は叶わなかった。
岸上が起きる気配は感じられない。
余程、疲れているのだろうか?
聖が力を抜くと、自然と二人の身体は合わさった。
岸上の胸に頬を埋めると、ぬくもりが伝わってくる。
このままでいるのも悪くない。
一人納得して、再び聖は瞼を閉じた。
「おい! いい加減に放せよ!」
岸上の覚醒は恋人の罵声から始まった。
もう少し、色気のある起こし方が出来ないモノか・・・・・。年の離れた恋人はどうも甘い雰囲気に照れるらしい。
仕方なく瞼を開け、腕の中を覗き込めば、逆毛を立てたネコのごとく、聖が凶悪な目付きで睨み付けてきた。
「起きろよ! 俺は腹が減ってんだ!」
抱きかかえられて、身動きの出来ない状態で相手を睨んだとしても、そこに迫力は感じられなかった。
ただ、「あぁ、これでこそ聖だ・・・・・」と存在の再確認をするだけである。
時計に目をやれば、午後3時。
午前2時までの記憶はある。とすると、約13時間眠っていたわけか・・・・・。
「・・・・・寝かせろ」
低く掠れた声にドスを効かせると腕の中の恋人は一瞬ビクリと肩を竦めた。
「・・・・・自分だけ寝りゃあいいだろう。俺を巻き込むんじゃねぇ!」
聖はジタバタと藻掻き出した。
どうせなら食事は共に摂りたい。
「このままがいい」
「・・・・・・・・!・・・・・・・・・・・・・」
久々の恋人の感触を楽しみながら、聖にとっては迷惑この上ないわがままを岸上は舌に乗せた。
ピタリと聖の動きが止まる。
肩をプルプル戦慄かせ、顔どころか耳まで真っ赤にして唇を震わせる姿は、この上もなく愛らしい。
「・・ふっ、・・・・ふざけんじゃねぇ!」
態度とは裏腹な憎まれ口ですら可愛く思えるあたりが岸上の酔狂な所である。
知らず知らずのうちに、岸上の表情が綻ぶ。
すると、余計に聖は意固地になって手足をばたつかせる。
仕方なく岸上が解放してやると、聖は逃げるようにベッドを飛び出していった。
口元に笑みを刻んだまま、岸上は上体を起こし、煙草に火を付けた。
一月間の長期出張を終えて帰ってくると、山積みのデスクワークが待ちかまえていた。午前中いっぱいで終わったプロジェクトの報告書を夕方に帰社して片付け終えたのは午後9時。それから、先方で使っていた機材が宅急便で届いていたのを手早く倉庫にしまい込み、仕事を終えた。
やっとの事で岸上遼一は聖のマンションへ行った。1月もの間ほったらかされて、さぞかしすねている事だろう、などと思いながらインターフォンを押し、待つこと10コール。だが、聖はいなかった。
携帯にも電話をかけたが無駄に終わり、やむなく自宅へ戻った。
その後も何度か電話をしたが、聖は捕まらなかった。
朝方に目覚めると、隣に聖の姿があった。
気紛れな野良猫は静かな寝息を立てて夢の中。
誘われるように抱きしめて、眠りを貪った。
溜まった疲れが全て抜けていくような気がした。
何やらキッチンの辺りでゴソゴソという音が聞こえていた
「あんた、どういう生活してんの? 冷蔵庫を飾りにするなよぉ」
しばらくして勢い良くドアが開き、呆れたように聖が呟いた。
栄養補助食品とインスタント食品、米は確保している。が、その事を聖は言っているらしかった。
「長期出張の場合、冷蔵庫の中身は捨てておく。常識だろう」
「・・・ずっと、仕事だったんだ?」
当然のように岸上が返すと、聖は拗ねたようにうつむいた。
「・・・・・忙しかったんだ?」
「焦げ付いたプロジェクトの助っ人だったからな・・・・・」
聖としては、大人の対応で昨日迄の苛立ちは無かった事にしてしまおうと思っていた。だが、悪びれもせず、当然のような岸上の態度を見ていると、沸々とここ何週間もの怒りがこみ上げてくる。
「・・・・・で、連絡も出来なかったって言うのかよ!」
「何度か電話はしたぞ」
興奮の度合いを上げていく聖とは対象に岸上は冷静そのものだった。
「嘘付け!」
「留守電だったから、切ったがな」
聖の部屋の電話は通常留守電にしている。
これは、悪戯電話やセールス除けで、3コールで留守電に切り替わる。用件のある者はメッセージを入れるので、相手が名乗ってから受話器を取れば無駄な電話に出る必要がないという合理的且つシンプルな理由だったのだが・・・・・・・・・。
「普通、用があったらメッセージ入れるだろ・・・・・」
「声を聞くだけが重要な用件とは思えんな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
どうも、この岸上という男は規格外だったらしい。
「・・・・・・・・・・・もういい」
聖は脱力して呟いた。
岸上は良いだろう、自分自身の事だから・・・・・・・・。
言っても通じないのだろうか?
何も知らない聖は、知らないからこそ不安になって振り回される。岸上から見ればつまらない事かもしれない。
「聖、そこのモバイルを持って来てくれ」
立ち尽くしていると、岸上はそう言った。
今からまだ仕事でもするつもりだろうか?
言われるままに、ビデオテープ程の大きさのモバイルパソコンを岸上に手渡すと、腕を引かれ、岸上の隣に座らされた。
電源を入れたモバイルパソコンの小さな画面が光出し、初期画面が映し出される。
「結構、早いんだな」
パソコンとなれば、興味がそそられる。聖の生活にはなくてはならない一品である。
自然と身を乗り出す聖を横目に、岸上は柔らかな微笑みを向けた。
インターネット用のアプリーケーションソフトを起動し、HPアドレスを入力。すると、パスワード入力画面が現れる。4桁のパスワードを入力すると、今度はカレンダーの画面が表示された。
「・・・・・・・これ・・・・・」
8月のカレンダーの一昨日までの日付の枠には「大分」という文字と時間。殆どの時間は午前2時とか午前1時だった。昨日のは半分が岸上の務めている会社名が入っている。そして明後日からの日付を見ると、山梨。
「急遽作成だったから大した事は出来んが、お前も付けてくれ」
驚愕に聖が何も言えないでいると、モバイルパソコンが手渡された。
「検索ブラウザにも引っかかる恐れはない」
機密保持の為の処置は施してあると岸上は言いたいらしかった。と言うことは、聖と岸上だけのアドレス。
1日分の枠は更に2つに別れている。
双方がこまめに入力していれば、もうすれ違う事はない。
岸上もその辺の事を真面目に考えてくれていた。
そう思うと嬉しかった。
「・・・・・・アドレスは後でメモる」
「それは、お前のモバイルだ」
岸上にモバイルを返そうと伸ばした手は止まった。
つまり、もう一台は岸上のモバイルで・・・・・・・。
どんな顔をして、この男がレジに行ったのかを考えるとおかしくなった。
コイツはやっぱりズルい。
いつだってこうして先手を打ってくる。
聖が何にも言えなくなるように・・・・・・・。
「サンキュ・・・・」
聖は礼の言葉と共に岸上の唇を塞ぐ。
言葉が必要で無くなるように。
自分から舌を絡めて岸上を貪った。
浅ましいなんて思わない。
したいから、したい時にするんだ。
いつだってそうしてきた。
これからだって変わらない。
恋人との口付けは、したくなったらその瞬間にする。
全ての気持ちが伝わるように。
甘い余韻に引きずられながら、唇を離す。
岸上の瞳をぼんやり見つめていると、体が反転した。
真っ昼間から妖しい事をする趣味はない。
「昼飯喰ってからにしない?」
岸上は聖を押さえ込み、すっかりその気になってしまったようだった。
「挑発したのはお前だ」
着ていないのも同然の聖のシャツを引っ張りながら、憤慨したように岸上は言った。
「・・・・・・・いや、だから・・コレは挑発じゃなくて・・・・。メシ喰ってからでも遅くないだろ?」
着たくて着てきた服ではないし、胃は朝からずっと空っぽの状態で、出来ればシャワーも浴びたい。
「俺はお前に飢えていたんだ」
「・・・・なっ・・・ばっ・・・・・・・・」
なんて事を言うんだバカヤロー、と言うつもりが、言葉にならなかった。
「後で美味い所に連れて行ってやる」
情熱的に見つめられると聖は弱い。
聖だってやりたい盛りの青少年なのだ。
抱かれるのにはかなり抵抗があるのだが・・・・・・・・・。
「・・・・・・・懐柔されてやるよ」
素直な言葉は出てこない。
見上げた先には岸上がうっすらと微笑んでいた。
勝ちを譲ってやったような気分になる。
どうして、岸上が喜ぶと悔しい気分になるのだろう。
どうして、こんな奴が好きなんだ。
「ちくしょー」
小さく呟き、聖は体の力を抜いた。
岸上の重みを懐かしく感じながら。
おしまい