言葉のタリナイ恋なんて・・・(後編)
上郷 伊織
◇◇◇◇◇
ユーザーの都合で、納品は翌日の土曜日になった。
比較的小さなプロジェクトの納品はハードとソフトをセットでユーザーへ直接行う契約だった。
システムの60%を作った聖も、それに付き合う事になっている。
プログラムが不振な動作をした場合、現場で対応する為の処置である。
今日の1日が終われば、岸上とも別れの時が来る。
もう、聖が思い悩む事もない。
当たり前の日常が戻ってくる。
次のバイトに入る迄、ゆっくりと学生生活を過ごせばいい。
それなのに、聖の気持ちは鉛を飲み込んだように重かった。
ライトバンを運転している岸上も助手席の聖も、会社を出てから殆ど口をきかなかった。
打ち合わせだけの会話が、聖には妙に寂しかった。
────ただ、仕事で一緒にいるだけだから・・・・・・・。
仕事に関係のない奴なら、この人は俺を相手にしただろうか?
たとえ遊びだったとしても、抱いたりしただろうか・・・・・・。
毛色の違う生意気なガキが珍しかっただけかもしれない。
俺がもっとバカだったら、興味なんか示した?
バカじゃなくても、この仕事が終わったら、前のように見知らぬ他人に戻るんだ・・・・・きっと。
頭の中で、今更考えても仕方のない事を、聖は独り言のように呟いていた。
黙って車に揺られ、どん底に落ち込み掛けた時、ユーザーの会社に到着した。
機会のセッティングやソフトの説明を済ませた頃、すっかり日も暮れていた。
ユーザーから会社まで、約1時間の道程。
風景はどんどん流れていく。
いままで聖は一仕事終えると、満足感でいっぱいだった。
心地よい疲れともいう感覚だった。
聖はそういう感じが好きで、こんなバイトをしているのだから・・・・・。
一緒に仕事をした人の顔なんて、殆ど憶えていない。
岸上の事も忘れるんだろうか・・?・・・・・・・。
街の明かりがチラチラと、聖の視界を掠めていく。
会社の駐車場に車を止めて、岸上がハンドブレーキを引く。
聖は震える手で、ドアに触れた。
─────何でもいい。
─────もう少し話がしたい。
─────彼に聞いていない事が、彼に聞きたい事が山程ある。
─────でも、・・・・どう切り出せばいい・・・?・・・・・
聖は考えあぐねていた。
「聖、これからどうする?」
不意に声を掛けられたのは、車を降りた瞬間だった。
「う、内に帰るに決まってるだろ・・・・・」
慌てて応えた聖の声は裏返っていた。
顔はひきつってないだろうか?
自分の出した声に驚いて聖は咄嗟にそう思った。
岸上に背を向けて、聖はゆっくりと歩きだした。
動揺を悟られただろうか?
平静を装いながら、態度とは裏腹な事を聖は考える。
「話がある。俺の部屋へ来ないか?」
そう言った岸上の言葉に聖の歩みが止まる。
「あんたの部屋なんか行かない」
聞きたい事があるのは自分だ、と言いたかった。
だけど、あの部屋には二度と行きたくない。
心が悲鳴を上げていた。
聖のこころが・・・・・。
駆け寄ってきた岸上は聖の肩を掴んだ。
「俺とは話もしたくないって事か?」
岸上には聖の気持ちなど全く通じていない。
彼が相手だと、いつも思っている事と違う結果になってしまう。
今、素直にならないと、これが最後の会話になるかもしれないのに・・・・・。
自分の思う事を上手く言葉に出来ず、岸上とのちぐはぐな会話に聖は苛立ちを覚えた。
「違う、話をしたくないんじゃない」
振り返りざま聖は叫んだ。
そこには、聖を見つめるまっすぐな瞳があった。
「・・・・ココじゃ・・・・ダメ・・・かな?・・」
岸上から視線を逸らして、聖は小さく呟いた。
「こんなところで落ち着いた話が出来るか! 来い!」
彼は強引に聖の腕を掴んで、引き摺ろうとしていた。
岸上のマンションだけはどうしても嫌だった。
聖は必死に暴れて、掴まれた腕を振り払って走り出す。
だが、すぐに捕まって岸上の肩に担ぎ上げられてしまった。
こうなっては、いくら暴れても背中に痣を作ってやるくらいしか出来ない。
「どうしてそこまで嫌がるんだ。話をしようと言っているだけだろうが。聖、何とか言え!」
往生際の悪い聖に切れたのだろう。
息を整えながら、岸上は吐き出すように言った。
言えるわけがない。
自分のプライドをズタズタにされた所なんて行きたくないなどと・・・・。
興味半分に遊ばれて、翌朝、放って行かれたのだ。
鍵一つを渡され、勝手に帰れと。
そんな所に誰が行きたいものか・・・・・・。
聖は心の中で叫んでいた。
聖の気持ちなどお構いなしに、岸上は大股でマンションへの道を歩いていく。
手足をバタつかせ、聖は必死に抗った。
思い出したくもない気持ちを、そこに行けば生々しく思い出してしまう。
平気でいられるわけがない。
それなのに、会社を岸上の部屋は近すぎて、聖の抵抗などものともしない。
ドアの鍵が外された。
あの朝と同じ。
無情に響いたあのドアの音。
その音を耳にして、全身の力が抜ける。
もう逆らっても無駄なのだ、と。
それでも、ベッドに放り出された身体を半分起こし、聖は岸上を睨み付けた。
精一杯の虚勢を張るために・・・・・・。
あの朝目覚めて、取り残されて、途方に暮れた。
みじめな自分を・・・・・・。
みじめな気持ちを・・・・・。
彼にだけは悟られたくない。
「どうして鍵を俺に返した。それだけが聞きたい」
今更、あの日の事を持ち出すなんて、ずっと何もなかったみたいに、仕事の事でしか話しかけなかったくせに。
あの日は、あの日は俺をからかったくせに・・・・。
「鍵? 鍵かけてさっさと帰れって事だったんだろ! あんたの望み通り、戸締まりして帰っただけさ! ちゃんとポストに入れといただろ!」
「誰がそんな事を言った?」
より一層低く、怒りを含んだ声に、思わず視線を逸らせてしまった。
「俺の事、遊んだだけなんだろ」
聖は今日まで、ずっと感じていた事を吐き出した。
そして、自分が口にした事に尚更傷ついた。
なぜ、こんなみじめな気分になるのかなんて、聖には分からない。
無性に情けなくて、悲しくて・・・・・・。
「俺の事、一回抱いて飽きたから・・・・。あんたがなんにもなかったみたいにしてるから・・・・・・、俺も平気な振りして・・・・・・・。いまさら俺なんかかまうなよ! 知らない振りして・・・・・・、知らない振りして・・さよならで・・・い・い・だろ?」
涙声になっていく自分が情けなくて・・・・・・。
それを岸上に見られるのが悔しい。
聖は両手で顔を覆った。
「誰が誰で遊んだって?」
「岸上さん・・」
岸上は聖の両手を物凄い力で引き剥がして、押さえつけた。
「ほー、なぜ俺がそんな事をしたと思った?」
それは聖が聞きたい事だった。
けれど、岸上の怒りを含んだ声に、訳が分からないまま聖は応えていた。
「生意気なガキが珍しかったから・・・・?・・」
聖の言葉に岸上は心の中で頭を抱えた。
あの日、誘ったのは岸上だが、確かに聖も納得の上だったのに・・・・・・。
まさかとは思うが・・・・・・・。
だが、もしそうだとすれば・・・・・・・。
「自分の事がよく分かっているじゃないか」
心にも無いことを岸上は口にしていた。
そんな事とは知らず、聖は岸上から吐き出された辛辣な言葉をまともに受け止め、酷く傷ついた。
自分で言った言葉でも、人に肯定されるとより辛い事も多々あるものだ。
「た・・確かにあんたに比べれば俺はガキだよ、でも、ガキにだって心はあるんだ。珍しいだけで抱いたなんて・・・・あんまりだ・・・・あんた、ひどいよ」
カッとして聖はまくし立てる。
「珍しいだけじゃないならいいのか?」
「・・そんな事言ってない・・・放せよ! 俺、帰る。岸上さんがこんな人だなんて思わなかった。あんたなんか・・・あんたなんか・・だいっ嫌いだ! 放せったら!」
聖は暴れて岸上を突っぱねようともがいたが、そんな事で岸上はびくともしてくれなかった。
最初から勝負にならない体格差である。
「放せったら、もう嫌だ。俺一人バカみたいだ。こんな奴のために悩んだ俺がバカだったんだ」
そのために仕事も手につかなかった自分がバカみたいだ。
そんな自分が聖は腹立たしかった。
「何を悩んでたって?」
「何をって、思い出せないからさ」
「思い出せない?」
「そうさ、あの夜の事・・・・・・・」
「全然・・覚えてないのか?」
「・・・・・・・・・・ああ・・・」
それだけ答えると、プイッと聖は顔を背ける。
その僅かに赤らんだ頬を岸上が見逃す筈もなく、『やっぱりな』と心の中で呟いた。
「思い出させてやろう」
「・・・えっ・・・ちょっと・・・な・に・・・・・」
腕の下に押さえつけた聖のシャツのボタンを一つずつ外しながら、岸上は呟く。
聖は不安を隠せない。
「聖、あの日お前が俺を欲しいと言ったんだ。こうも言ったな、『俺が会社を作ったら、岸上さん、再就職しない?』と」
岸上が楽しそうに耳元で囁く。
「・・・・・うそだ!・・」
今まで誰にも夢の事など話した事はない。
岸上にだって、話したくても話せないと思っていたのだから・・・・・祖父と聖しか知らない筈の夢・・・・・・・。
「じゃあ、誰かに会社を作る事を話したのか?」
「うっ・・・・・・」
岸上が祖父に会う機会などあるわけもない。
だが、聖は酔っぱらった上でそんな大事な事を口走ったなんて認めたくはなかった。
「話してないようだな、俺の言葉が本当だと分かっただろう」
そう言って岸上は聖の桜色の唇に自分のそれを重ねた。
岸上に反論出来ず、僅かに開いていた聖の唇は、無抵抗なまま岸上を受け入れてしまった。
「・・・うっ・・・・・う・・ん・・・・」
口腔を自在に動く岸上の舌、甘く深い口付けに覚えがあった。
永遠に続くかと思われる行為。
聖は無意識に岸上に応えていた。
息も止まるほど長く、この上もなく甘くやさしい・・・・・。
憶えてる・・・・確かに憶えてる。
あの夜と同じ感触。
遊びなんかじゃない。
俺の方がいい加減だった。
『俺、岸上さんが欲しい。
俺が会社を作ったら、岸上さん、再就職しない?』
何をやっても岸上に敵わなくて、いい加減くさくさしてた。
酔った勢いで、冗談でもいいから、岸上が承知してくれたら・・・・・。
そんな事を考えていた。
『聖が俺のものになるならな』
『俺、男と寝た事なんかないよ』
『試してみるか? 合い鍵を渡す。俺が気に入ったならそのまま持って帰れ。気に入らなきゃ置いていけ』
『岸上さんは好きじゃなくてもそんな事平気で出来るんだ?』
『誰が聖を好きじゃないと言った?』
あの時の会話を一つずつ思い浮かべ、聖は耳まで赤くなった。
素面じゃとても出来やしない・・・・・・・。
腕の中で見る見るうちに赤くなる聖。
あの夜には見られなかった表情を覗き込み、『聖はこんなに可愛かったか?』と岸上は思っていた。
その腕の中では、胸の鼓動が激しくなっていく聖がいた。
あの時よりも、ずっと岸上が好きになっている。
それを自覚したばかりなのに、その岸上に今、抱きしめられているのだから・・・・・。
聖はチェリーボーイではない。
この歳の少年としては、経験豊富な部類であろう。
だが、女性相手にだって、こんなにドキドキした事はなかった。
額にひとつ口付けられた。
ぼんやりしていると、首筋から、胸へ岸上の唇が降りていく。
「・・・・わっ・・・、ちょっ・・・・・岸上さん、俺、思い出した。だから、こんな事やめよう! ね!」
聖の言葉はそのまま無視して、岸上は行為を続ける。
岸上の指が器用にジーンズのボタンを外し、ファスナーを下ろす。
「やだ、やめようって、言ったのに・・・・・・ぁ・・・・・・」
岸上の口に含まれ、聖は抵抗の言葉を飲み込んだ。
意志に関係なく身体の熱はそこへ集まっていく。
「こんなにして、何が嫌だ。ん?」
岸上がそう呟く間も、その口の動きに刺激され、聖は言葉を発する事が出来なかった。
再び熱い口腔に含まれて、聖はあっけなく欲望を放っていた。
唇に触れる冷たい感触に聖が瞼を開けると、そこには岸上の顔があった。
どうやら口移しに水を飲まされていたらしい。
素肌に感じる温もりで、岸上も何も身に付けていない事を知る。
聖は慌てて、岸上から逃れようとした。
起き上がろうとする華奢な身体を引き戻し、岸上は不敵に微笑んだ。
「往生際の悪い奴だな、いい加減諦めたらどうなんだ」
そんなにあっさりハイそうですか、と自分の身体を差し出せるものか。
一度目だって、信じられないのに・・・・・・。
いくら岸上が好きでも、それとこれとは別である。
岸上への気持ちを認識したばかりの聖には、あまりにも無理な相談だった。
この前のいい加減な気持ちでも、酔っぱらってるわけでもないのだから・・・・・・・。
「放せ〜、誰が諦めるか。この、人でなし!」
「随分な言われようだな・・・・・・初めてでもないくせに、そう騒ぐな」
聖の気持ちは、岸上の言う『初めて』よりも質が悪い。
先程、恋心に気付いたばかり。
聖がどんな状態か解っていない岸上は、自分の手の中で息づく聖にやんわりと刺激を与えた。
「・・・やぁ・・・・・・・」
自分のものとは思えない、妙に艶めいた声に思わず聖は唇を噛む。
こんな事を望んでいたんじゃない。
岸上を好きな事に変わりはないが、求めるのは、あくまでも対等な関係。
ここで、岸上の望む通りになれば、流され崩れていく。
聖はそれが怖くなった。
知らない自分が見え隠れしている。
岸上に流されて、その後、元のように戻れるのか?
甘えるだけの関係になどなりたくない。
未だに岸上から一人前の扱いなど受けた事もない。
岸上からはっきりした気持ちも聞いてはいない。
何もかも中途半端なまま、雰囲気だけに流されるのはご免だ。
聖はそう感じていた。
理性がある内に逃げてしまいたかった。
自分だって岸上に嘘を吐いている。
それを知ったら岸上はどうするんだろうか?
「岸上さん、あんた・・犯罪者になる・・つ・もり?」
目尻に涙を溜め、聖はやっとの事で声を絞り出した。
「強姦、とでも言いたいのか?」
「そう、しかも義務教育中の未成年相手のね」
岸上の動きは止まった。
「義務教育中だと?」
「そうさ、騙してて悪かったけど、俺は14歳なんだ。あんたに子供扱いされても仕方がない位、正真正銘の子供なんだ!」
聖は最後の切り札を出した。
岸上に一番知られたくない、子供という逃げを・・・・・・・・。
「その場しのぎのウソをつくな」
「保険証でも見せれば信じる?」
聖の表情は真剣だった。
これにはさすがの岸上も驚いたがあ、ここで引き下がる気にはなれない。
今、手を放せば、消えてしまいそうな程、目の前の聖が儚く見える。
「こんな子供、相手にならないだろ」
動きを止めた岸上を押し退けて、聖は起き上がった。
本当の別れを告げるために・・・・・・。
「俺はお前を子供だと思った事はない」
告げられた言葉。
聖は大きな瞳を見開いて、岸上を凝視した。
・・・・・う・そ・・・・・・・・・・。
「17でも14でも、未成年には変わりあるまい。俺は歳で判断しようとは思わん。聖の人格は大人だと思っている」
瞳に涙があふれて、視界がぼやけていく。
───
ずるい・・・・フェイントだ・・・・・・
ボロボロ零れる涙を隠そうともせず、岸上を見つめる聖はこの上もなく綺麗だった。
望んでも得られない言葉。
それを、こんなに簡単に聞けるなら、もっと早く話をしてみれば良かった。
聖の熱が冷めぬうちにと、再び岸上は聖をベッドに押し倒した。
身体を繋げる為の準備を聖の身体に施し始めた頃。
「・・・・ん・・・・・・ん・んん・・・・ちょっ・・・ちょっと待った!」
合わせた唇を引き剥がし、聖が叫んだ。
だが、岸上は指の動きを止めない。
「・・・俺・・・・・まだ・・・聞いてない・・・・・・・」
「何をだ。言ってみろ」
「俺の事、どう思ってるの? 好きとか、嫌いとか・・・・全然聞いてない!」
そう、この期に及んでも、聖は岸上から甘い言葉の一つも貰っていない。
そもそも、二人の仲がここまで拗れたのは、聖が忘れてしまった事もあるが、岸上の言葉の足りなさにも一因が無いとは言えまい。
「お前はどうなんだ?」
聞き返されて、聖は言葉に詰まる。
「・・・・・・・・・・・・・・好きでなきゃ誰がこんなこと・・・」
岸上から視線を逸らし、聖は小さく呟いた。
顔から首まで真っ赤になっていく聖。
その愛らしさに、軽い口付けを一つ落とし「じゃ、俺もだ」とさらりと応えた。
色気もムードもあったものではない。
聖は怒って、岸上の胸を何度も叩いた。
「・・・・・・ずるい・・ずるい・ずるい・ずるい・・・ズルいー。その言い方、ぜんぜん心が籠もってない」
行為の途中で、プイッと背中を向けてしまった恋人を、後ろから羽交い締めにした岸上は聖の項に囁いた。
あの日の昼、聖の身体が心配になって、マンションへ戻った。
聖の姿は何処にもなく、ポストには鍵が一つ。
岸上が与えたはずの合鍵。
あの瞬間、振られたものと思っていた。
忘れてしまった聖の方がズルい。
岸上は内心思った。
「『俺の一生を、お前に賭けてやる』言ったはずだ」
聖の肩が震えた。
聞いたような気がする。
この人の言葉は少ない。
なのに、色んな意味が含まれていて、仕事の事だけだと思っていたのに、こんな時に言うなんて・・・・・・・・・・・。
『俺の一生を、お前に賭けてやる』
『一生?』
『お前が大学を卒業する頃、俺がいくつになってると思う?
三十だ。そんなおじさんは嫌か?』
『・・いや・・・・じゃない』
『三十男が再就職するなら、最後の転職になる。
独立でも考えん限りはな』
聖はその時、そこまで深く考えず、岸上を誘った。
そんな聖に岸上は真剣に応えてくれていた。
いつだって、聖から聞きにいった事を茶化したりもしなかった。
なぜ、岸上に相手にされていないなどと思っていたのだろう。
これからは、自分から聞いてやる。
そうしなければ、この人とはつきあえない。
「ところで、岸上さん。やっぱ、コレって俺が犯られんの?」
真顔になって、聖は聞いた。
「そういう台詞は俺を押さえ付けられるようになってから言うもんだ」
岸上は半ば呆れたように聖を見た。
悔しさに、聖は唇を噛む。
こんな奴、こんなやつ、こんな・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・なんで、好きなんだろう・・・・。
両手で岸上の顔を包み込み、噛みつくように聖は口付けた。
─── いつか、見返してやるからな
そう思いながら。
二つのシルエットが重なり合って、シーツの海に消えた。
◇エピローグ◇
薄暗い部屋に蛍火が灯る。
紫煙を吐き出し、岸上は一つ溜息を吐いた。
まさか、聖が十四とは・・・・・・・。
・・・・・まぁ、いいさ・・・・・・・・・・。
隣で穏やかな寝息をたてて眠る小さな恋人。
やっと手に入れた恋人のやわらかな前髪をいじれば、うるさそうに寝返りを打つ。
その様子に自然と笑みが零れた。
絶対に手放したりしない。
エレベーターホールでの出会い。
あの時から惚れていたのだから・・・・・・・。
聖に告げる事のない想い。
一目惚れだなどと、格好悪くて言えない岸上だった。
おしまい