2007.12.31up

やいてんねん 5

上郷  伊織

   ◇ ◇ ◇

 ベッドルームの窓を開けるとカーテンが清涼な風にはためいた。
 朝の日差しを浴び、上掛けからはみ出した真っ白な細い肩としなやかな腕が艶を放つ。疲れていたのだろうか、穣は十時近くなっても目覚めない。
「みっちゃん。昼まで寝てるん? ご飯、先、食うてまうで。ええんか? みっちゃん」
「うぅ…。…やっ、……もう…ちょっと」
 大の言葉が届いているのかいないのか、穣は何度も小さく瞬きを繰り返すだけで、眩しそうに眉根を寄せる。
 一向に起き上がろうという気配はない。
 裸体のままで眠り続けられては堪らない。仕方なく大は小脇に抱えたコンビニ袋をベッド脇に置き、上掛けを捲り上げた。
 膝を立てさせるように足を持ち上げ、袋から取り出したボクサーパンツを穣の足に通す。膝まで上げた所で、大の目は穣の股間に釘付けになった。何の反応も示していない形の良い花芯を手に取る。通常サイズが丁度、大の掌で包むと綺麗に隠れた。
(俺の掌にピッタリのサイズや)
 穣は擽ったそうに身じろぎする。まだ、半分は夢の中にいるのかもしれない。
 持ち主の動きに合わせて花芯が掌から逃げた。大はボンヤリと見とれていた事に気付き、慌ててボクサーパンツをズリ上げ、穣の股間を隠す。
「みっちゃん、ちょっと起き上がろか」
 Tシャツを着せ掛けようと穣の背を支えて半分体を起こしてやる。すると、今度は胸の飾りに目を奪われる。衝動は抑え切れなかった。悪い事とは思いつつ、左胸の粒に唇を落とし、味わうように舌で転がしてしまう。右は大が昨夜散々弄った為に赤く色を変えているのに、左は元の薄桃色のままだった。
「……ぁ、んっ。…やっ、……だいさん?」
 胸の刺激で穣は覚醒したようだ。腰をくねらせ、大から身体を離そうと足掻き出す。
「な、なにやってん……」
 穣は責める口調で抗議する。
 朝っぱらから、いきなり胸を吸われたのでは、怒るのも無理は無い。
「…いや、悪い。こっちの色が薄かったさかい、同じにしようかなぁ、って」
 唇を離し、視線で促す。穣は自分の両胸に視線を落とし、一瞬、氷付き、赤面する。次の瞬間、大の顔は枕を押し付けられていた。
「左右違うの嫌やない?」
「……知らん」
「ちょっとだけ、同じ色になるまで。な?」
 穣は手に持った枕でバシバシと大を殴る。
「ごはん、食べる。…朝からそんなん嫌や」
 俯きながら穣は小さく呟いた。
 仕方なく、大はベッドから降りる。
「あ、その袋に服入ってるから、適当に着て。それと、ポジションどっちか判らんかってん」
 大の身体が離れた事にホッとしている穣に告げると、穣はキョトンと首を傾げる。
「みっちゃんて、どっち?」
 股間を指差すと、やっと気付いたのか、目元を赤くする。今、穣の下着の中で花芯は右を向いている。
「そんなん、知ってどうすんの」
「いや、今度着せる時、知ってた方がええんちゃうかなぁ、と……」
「……これで合うてる」
 恥ずかしいのか怒っていた穣も、大がシレっと返した言葉に小さく応えた。

 店舗で焼きそばを作り、それをホットドッグ用のパンに挟んで、手製の焼きそばパンを朝食にした。二階にそれを持って上がると、黒のロングパンツとグレーの長袖Tシャツを身につけた穣と目が合った。スレンダーな体型が際立っている。
「よう似合てる」
「ありがと」
 大が服についてコメントすると、穣は俯いた姿勢から上目遣いに礼を言った。
 その後、穣は好物の焼きそばパンを二つ平らげた。実に満足そうな笑顔が久し振りで眩しい。
「なんか夢みたいや。大さんの焼きそばパン、僕、大好き。憶えててくれたんやね」
 穣の好物を大が忘れるわけが無い。それなのに、穣は妙に感動した口調で呟きを落とす。

 テレビからは、バラエティー番組が騒々しくゴシップ記事を読み上げる。
 畳敷きのリビング。大は壁を背に足を投げ出して座り、その膝を枕に穣が寝転がっている。穣は少し熱があるのか、やけに膝に感じる体温が熱い。
 食事を終えて、キッチンからリビングへの短い距離を歩くだけでも不自然だった。いつも、背筋をピンと伸ばして、綺麗に歩くのが穣だというのに。
「みっちゃん。やっぱ痛いん?」
 腕を伸ばして穣の尻をソロリと撫ぜる。すかさず、穣は大の手を叩き落とす。
「うーん。痛くはないんやけど…。ダルイ。それと……」
「歩き方、変になってたやん」
 叩かれた手を撫ぜながら、穣が腰を少し引いて、腿をあまり開かず歩いていた様を指摘した。
「あんま、聞かんといて。……まだ、あれやねん」
「あれって?」
 今度は太腿に平手が飛んで来て、ジワリと痛みが走る。
「だから、……まだ、大さんのんがな、…中に居てはるみたいな……変な感じ」
 露骨な穣の言い草に、大の熱が急速に股間に集まり始める。
(くそっ、ちったー免疫付いたらどうやねん)
 心中で我が息子を叱咤しつつ、気を静めようと息を吐く。
 今迄、未通の男と致した事もなければ、事後に二人でゆっくりとするのも殆ど経験がない。穣は一体、どんなつもりで、昨夜の行為を享受したのだろう。
「な、みっちゃん。昨日な、なんで誘うような事言うたん?」
「……え?」
「ごっつ緊張してビビッてたやんか。せやのに、最後まで……。ま、途中からは強引にさせて貰たけど」
 意外そうに見開かれた大きな瞳が見上げてくる。
「したかったから。大さん、格好良かったんやもん」
「ちゃうやろ。なんかあるやろ」
 昨夜、何度でも拒む機会が穣にはあった。穣が初体験と知った時点で、大は待っても良い気持ちも持っていた。だが、穣はむしろ大を煽るような言動を繰り返していたではないか。
 じっと穣の瞳を覗き込む。穣は視線を反らした。隠し事をしている時の仕草である。
「そら、俺は嬉しかった。けど、みっちゃんが嬉しないなら意味ないやろ」
「……なんでそんなイケズな事言うん? 僕、別に後悔してへんもん。ようさんビックリした事あったけど、あれは、大きかったから怖なっただけやん。今、こないして引っ付いて居れたら僕はええの」
 憂いを帯びる穣の表情が儚い。
「無理してるんとちゃうん」
「そら、僕が慣れてへんからで……」
「気持ちで無理してへんか言うとんねん」
 穣の手が大の顔へと伸びてくる。屈んでやると、頬を抓って引っ張られた。
「だって、大さん、格好いいまんまやから……。5年も経ったら、もっと枯れておっさんになってるかと思ったのに。そしたら、幻滅出来て、好きやなくなって、もう、苦しくならんでいいんかと思ってたのに」
「いたっ! なんで、抓るねん。言うてる事とやってる事がちゃうやんか」
「だって、大さん、ズルイんやもん。僕、大さんの事、好きやなくなったら、醜くならんで済むのに。ズルイやん。僕が一番助けて欲しい時に現れて、助けて、格好良過ぎやん。全然昔と変わらへん」
 大の胸や腹に穣の手が当てられる。昔と変わらず、硬い筋肉を確かめて、脱いでさえ格好いいという。惚れた相手に言われて嬉しい言葉ではあるが、どうもニュアンスが怪しい。
「醜くって、みっちゃん綺麗やで」
「ちゃう。ちゃうもん。僕、心の中は真っ黒や。僕、知ってるんや。別に僕やなくても大さんがその気になったら、なんぼでも相手がおるの」
「今は、誰もおらん。なに言うてんねん。今、みっちゃんだけやんか。昨日、言うたばっかしやん」
「僕もきっと、すぐ飽きられる。大さんに気持ち通じたかて、飽きられて終わりやって。僕、ちゃんと解ってるから、せやから……。なんもせんで飽きられるよりは、なんか、大さん喜ぶ事したかった。それに、僕かって思い出くらい欲しいし」
 どうやら、穣は大の恋愛遍歴を言っているらしい。とんでもない方向に話が飛んでしまった。詳しく話すよう促すと、穣は全てを吐き出した。
 穣がまだ小さくて幼稚園に通う前、大の店に遊びに来た折に、理知的な美人が店先で大と話していたらしい。それを聞いて、大は思い出す。大学に入学したての頃に付き合った才女である。穣は直ぐに自宅へと帰って行ったが、その時、大のお嫁さんになる人かも、と漠然と思ったと言う。だが、大は一月も経たない内に別れた。その後も大の付き合う女性について、商店街の大人達と父親の会話で色々と聞いていたらしい。大は、こと恋愛に関しては入れ食い状態の鬼畜であると。だから、穣は大を好きになった事を中学生にして後悔したという。だが、思いは募るばかり。大の好みが一環して知性的な美女と知り、勉強にも力を入れたと。高校生になって実家を手伝い出してから、ミナミに配達で出掛けるようになり、そこで、穣は大が若い男性をホテルに連れ込んだのも目撃してしまったらしい。
「だって、僕が見た人、二人とも大人っぽくて綺麗な人やった。ガキなんか太刀打ちできひん。そんな人、振ってるんやろ……。それに、ローションとか常備してはるし」
 聞けば聞くほど、頭の痛い内容である。
 つまりは、大の遍歴を単に飽き易いと穣は解釈しているのだ。そして、いつか自分も捨てられる。それを覚悟の上で付き合うつもりで、大を誘うようなマネをしたと。
「それは、ちゃうで」
「ええやん、もう。僕に飽きた時、ハッキリ言うてくれたら。でもな、今は、付き合ってる間は、うんと優しゅうして。それでいいねん」
「みっちゃんに飽きるわけないやん」
 大は必死に言い募るが、穣は耳を傾けようとはしない。一方的に、思い込んだ方向へと思考を廻らせてしまっているようだ。
 ここまで思われれば本望ではあるが、誤解は解くべきだ。
「僕、努力するし。大さんの好きなもんは何でも憶えるし、大さんが喜ぶような事もちょっとずつ憶える」
 穣が身体の向きを変え、大の下腹に顔を向ける。ジーンズのジッパーを素早く下ろし、まだ、何の反応も示していない雄芯を取り出した。
「僕もコイツ好きになる」
「みっちゃん! 何考えてんねん」
「やっぱり、でかいし、長いし、グロイ」
 じっくりと眺めた挙句に発した言葉は、相も変わらず、正直でキツイ。雄芯を握り込んだ穣の指が裏スジを這う。僅かな刺激すら、穣が与えていると感じるだけで熱が集まっていく。
「でも、なんかな? ちょっと可愛くなってきた」
「みっちゃん。…もう、いいから」
 手中の反応に満足したのか、大の雄芯を見つめたまま、もう一方の手で、先端を擦りだす。
 性感を紡ぎ出す動きで刺激されては堪らない。まだ、穣には話すべき事がたくさんあるのだ。
「コイツ、大さんよりな。僕の言葉に素直やねんもん」
「ふっ……。穣、手離さんとホンマに怒るで」
 強い口調で告げるとやっと、穣は手を離す。
「あんな、確かに俺は過去、色々と付き合うた相手はおる。けど、あれは、飽きて捨てたんとちゃうで」
 真剣に大が話し出すと、気の無い素振りではあったが、穣は一応聞くという姿勢を取る。
「全部振られたんやで」
「う、嘘や」
「最初の子からずっとや。打ち解けてきて、穣の話を相手にするやん。そしたらな、皆、写真とか見て、可愛いって言うねん。それでな、穣はウチにフリーパスで入れるし、穣との約束が最優先や言うたら、ふざけるな、って言われるんや」
 振られた時の顛末など、あまり話したくもないが、この際、仕方が無い。
「そんなん納得する奴おったら見てみたいわ」
「せやろ? けどなぁ。俺は本気やったんよ。俺が結婚とかしたとするやん? それでも、みっちゃんには遠慮のう、ウチに来て欲しいし、構いたい、思うててん」
 その時の気持ちを包み隠さず、告げていく。
「大さん、アホや」
「アホかもな……。いつから穣が好きかって聞かれても、俺は答えられへん。自覚する前から、そんなんばっかり考えてたからな」
 穣は信じてくれたのかどうなのか、定かではないが、呆れられてしまった事だけは確かなようだ。
「アホと話してたら、僕もアホになる」
 俯いた穣の頬が赤い。
 そっと顎に手を掛け、唇を重ねた。何度も触れるように啄ばんで、時折嘗める。穣も真似るように僅かに舌を覗かせる。唇と舌を触れ合わせるだけのソフトな行為が、互いを思い遣る優しさのように大は感じた。

「な、みっちゃん? 中途半端で放り出してるけど、俺の息子、好きになってくれるんやんな」
 穣は大の顔と股間の交互に視線を廻らせ、吹き出した。緩やかな刺激の口付けだけで、大の雄芯は先端から透明の蜜を流し始めていた。
「かわいいなぁ」
 穣が再び大の股間に手を伸ばす。そして、語りかけた。
「僕とおる時だけ起きときや。あとは寝とくねんで。そしたらな、下手糞でも、僕があんじょう愛してあげる。その代わり僕の事もちゃんと可愛がってや。な? ジュニア」
 柔らかな掌に握りこまれ、濡れた感触が先端を擦る。穣の唇が一度、先端から一番太い部分までを包み込み、そっと離れた。
 視覚的な刺激だけでも、大の股間は限界ギリギリにまで高められていた。
「ジュニアだけ? 俺は? あ、あのローションな、あれかって、寂しい一人の夜に使うてるだけや。この部屋に穣以外、入れた事なんかないで。桃の匂い嗅ぎもって、みっちゃんの肌思い出してただけや。気持ちええから、みっちゃんにもやったるし」
 どうも、潤滑剤の存在も誤解を生んでいたようで、穣の態度が冷たい。まるで大が二股を掛けているかのような言い草である。大は洗いざらいを白状した。穣の肌の色が手足や局部が、白からピンク、赤みがかった色に至るまで、桃の色合いと同じだと、つい、想像してしまう事。穣の尻を見ては、桃のラインと同じだと昔から思っていた事までも。
「めっちゃ、美味そうやねんて」
 穣の瞼はパッチリと開き、大きな薄茶色の瞳が生気を取り戻すようにキラキラと光り輝いた。
「僕、大さんが…いっちゃん好き」

 一番好きなキラキラの笑顔を向けられたまま、可愛い言葉を告げられれば、一溜まりも無い。
 一瞬にして、白濁が吹き上げ、穣の頬を濡らした。

 ストーカーはもう現れない事も、後でちゃんと知らせてやろう。
 今は、この甘い空気の中でまどろんでいたい。

 キラキラ輝く穣の笑顔を一生でも眺めていたいと、大は思った。

                         おしまい

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