2002.07.21up

10秒

きくち 和

 

僕はよく交差点で短い恋をする。
ほんの10秒くらいだけどね。
…場合によっては30秒近く、なんて長いのもあるけど。

信号待ちの間の僅かな時間。
その時の恋の相手は本当に様々だ。
相手の手首に吸い付きたいって想ったり。
その襟足に触れたいと想ったり。
形のいい腰に思い切り脚を絡めたいと想ったり。
その冷たいフレームレスのめがねの奥の瞳に…射抜かれたいと想ったり。

そんな瞬間の風景がふと、頭に浮かぶんだ。

襟スジの綺麗な彼なんか腰つきまで好みだったもんだから、ついつい目が離せなくて…彼のオフィスの手前までついてってしまった事もある。

何やってんだって思うよ、一歩間違えればストーカーなんだしね。
でも…余りに魅力的で。
暫く、離れたくなかったんだから仕方ない。

彼と僕は時間帯が合うらしくって同じ交差点でよく出会う。
相手は気付いてないみたいだけどね。
その度にドキドキするし…何て言うのかな…例えば会社でヤな事が有ったりとかするじゃない?
 そう言う時に彼に会うと…何だかホッとするんだ。

 と言って、癒しだけを感じるってんじゃないけどね…。
 その綺麗な襟足を…ベッドの上で思い切り仰け反らせてみたいって衝動は…いつも何処かに持ってる。
 僕だって一応成人男子だし、…実は自他共に認めるスケベだからさ…。


交差点での恋の相手は人間だけとは限らない。
メルセデスベンツの美しいテイルに見惚れて…つい次の商談に遅れてしまった、なんて笑えないことも。
実はしょっ中だ。
そんな恋が現実に実ったことはない。

人肌恋しくなったら飲みに出るし、大抵そこに出会いはあるし。
僕、バイだから男でも女でも別にいいし。
だからまぁ…大抵は情事から始まるんだけど…それから恋愛になったりとかね。
恋愛はベッドの相性が大事だってのが僕の持論だから。


逆に友情から恋愛へってのは全然なかったんだ、今まで。
ずっと。
なのに…。

「あ、ねぇ、君! ちょっと!」

いつもの交差点で…声をかけてきたのは綺麗な襟足君だった。
驚いたの何のって。
でも…舞い上がりそうなくらい嬉しかった。

「や、そのさ…ずっと…以前からよく見かけてたし…気になってたんだよね、君のこと。実は凄く声とか…かけたかったんだけど…。
ヘンな奴って思われるかな、とかさ…。
 俺ら、ここで会うこと結構、多いよね。会社、近くなの?
 良かったら今度メシでも一緒にどうかなって思ってさ。 なんか…ナンパみたいで恥ずかしいけど、俺、前からずっと君と話してみたくてさ…迷惑なら…ごめん」

 食事の約束を取り付けながら僕はしみじみ自分のバカさ加減に呆れてた。

………そうだよな…そうやって声をかければ良かっただけなんだよな……。

 でもさ。
 これって本当に難しい。
 襟足君が言う通りなんだ。
 こうやって勇気を振り絞って声かけたって、変な奴って反応する奴すっげー多いし。
 それなら互いの視線に入ってるだけの距離を保ってた方がムダに傷つかなくていいし。
 
 たまたま…まぁこう言う言い方が合ってるかどうかわかんないけど…。
彼と僕は両思いだったからこう言う嬉しい結果になった訳で。
彼の勇気には感謝しなくちゃ、だな。
 
さて、これからどうやって彼を僕のベッドに引きずり込もうかな。
 願わくば…少しずつ自然に…彼の信頼を勝ち得ながら…とは思うけど。
 いつもの情事から始まる恋愛と同じようにする気はないから。
 
 それは僕の腕次第って事だよね。
……10秒で落ちた恋を実らせるのに…どれくらいかかるのかなんて。
 考えた事もなかったなー。
……悪くないけどね。


おしまい

INDEX

きっちー!
溌剌と可愛いお話をありがとう♪