野生児よつばの冒険物語であり、発見物語であり
――――あずまきよひこ「よつばと!」1巻を読む(2007.7.19)
鳩の話ではない。主人公は、謎の幼女「よつば」。
読みきりの話のタイトルが「よつばと○○○!」なので、 作品のタイトルが「よつばと!」となっている。
明日から夏休みという日に、「よつばと父ちゃん」は、まだいくぶん自然は残っているらしい郊外の街に引っ越してくる。
よつばは、基本的に良い子なのだが、子どもなので加減を知らない。
なにより、頭に浮かんだことをそのまま口にするし、行動してしまう。
悪意のないキャラクターなので、すぐに隣家の三姉妹と仲良くなる。
クールな大学生あさぎ、お調子者の高校生風香、おっとり小学生恵那だ。
訳ありの父子家庭だが、その辺の兄ちゃんにしか見えない父の職業が、実は翻訳家ということで仕事は在宅である。
かくして、父と隣家の三姉妹とその他の大人たちに守られた野生児よつばの冒険物語が始まる。
いや、発見物語というべきか。
世の中って何て素晴らしいんだろう。
そんなことを、いつも素直に感じられるよつばは幸せなのだ。
小学生さえ大人にしてしまう、よつばの野生児力
――――あずまきよひこ「よつばと!」2巻を読む(2007.7.20)
善意な野生児「よつば」は、小学生さえ大人にしてしまう。
いや、小学生の恵那とみうらも、よつばを傷つけまいとして、「おまえら、大人の対応しろよな」と必死のメッセージを送る。
つまり、「よつばと!」の世界は、野生児・よつばをみんなが大人の目線でよつばをはぐくむ世界なのだ。
ところで、風香のTシャツの趣味は悪かったのか。
そう思って読み返すと、確かに変だ。そんな風にして、サブキャラの存在感も深まっていく。 達者なものだ。
夏休みがいつまでも続くのような、幸せに満ちあふれていた日々
――――あずまきよひこ「よつばと!」3巻を読む(2007.7.22)
月刊誌の連載だが、この漫画の一話はほぼ一日だ。
この巻の冒頭は、前巻の最後によつばが持ち帰ったみやげ物のお菓子を、
とーちゃんが洗濯機に入れられたズボンのポケットから発見するところから始まる。
そうか、この漫画は、そういうスピードで描かれているのか。
謎も少しずつ明らかになる。
ジャンボは花屋の息子であるらしい。隣家のお父さんは、本当に存在しているのか?
よつばは年齢以上に日本における社会常識を知らない。バスは知っているが、乗り方を知らない。
いや、幼児なら知らなくていいのだが、 大人と一緒に乗るべきだということを知らない。
幼児は無料と聞いた瞬間、一人でバスに乗り込んでしまっている。
幸い一駅で降りてきたが、よつばは達成感で満々だ。
そんな世の中の全てを前向きに感じられてしまうことが、今のよつばなのだ。
花火大会・動物園、そんなイベントが幸福を運んでくれた毎日。
いや、そんな特別な何かがなくても、全てが幸せに満ちあふれていた日々。
この漫画では、まだ夏休みが続いている。
よつばと出会った感動的な何かが「!」であるらしい
――――あずまきよひこ「よつばと!」4巻を読む(2007.7.23)
「よつばと!」の各話のタイトルは、「よつばと○○」である。これは前に書いたとおりだ。
しかも、その「○○」の部分の文字は、大きく印刷された「!」の中に白ヌキで入っている。
つまり、「よつばと!」とは、あくまで「よつば」と「!」であり、
「!」の中身は、よつばが感動ととともに出会った何かを示している。
たとえば、よつばと父といつもの仲間たちは、渓流釣り堀に行く。そこでよつばは「釣り」と出会う。
いろいろあったが、よつばもニジマスを釣り上げる。だからこそ、この物語は「よつばと!(釣り)」なのだ。
よつばは、夏のある日、「釣り」と出会った!
よつばの夏は、まだ終わらない。
よつばの天敵は、大人の対応をしない安田
――――あずまきよひこ「よつばと!」5巻を読む(2007.7.27)
新キャラ登場。とーちゃんの後輩、「安田」。
安田は空気を読まない。 だから、よつばを特別扱いしない。
安田の食べるラーメンを、よつばが「欲しい」と言ってもあげない。
よつばがアイスクリームを片手に「欲しいか」と言えば、黙って食いつく。
怒ったよつばは、安田の話す携帯電話を奪い取り「アホー」と叫ぶ。
すかさず、よつばの家に電話をかかかってくるが、 受話器をとるよつばに聞こえてくるのは、安田の「アホー」という声だ。
なんというか、見事な戦いだった。
つまり、よつばの周囲にいる大人たちは(いや、小学生さえも)、
そんなホンネを言いたくなるのをじっと我慢して、よつばのために大人の対応をしているのだった。
つまり、みんながいかに良い人かを示す指標が安田なのだ。
そうでないと、みうらちゃん、じゃなかったダンボーが、 かわいそうすぎると言うものだ。
夏休みが終わっても、夏休みのような日々は続く
――――あずまきよひこ「よつばと!」6巻を読む(2007.7.28)
ついに夏休みが終わった。
夏休みとともに連載が終わるのでは、とも言われていたらしいが、
特にどういうこともなく、よつばの日常が続いていく。
いや、自転車(補助輪つき)という機動力を手に入れ、その行動範囲は、ますます広がっている。
夏休みが終わるとは、よつばが風香の学校にまで現れるということなのだ。
とーちゃんに怒られたけど。
というところまで、大人買いの大人読みしたが、続きが読みたい! 続きはまだか!
待ち遠しい。困った。
いつまでも遊んでいられない大人の普段の生活
――――あずまきよひこ「よつばと!」7巻を読む(2007.10.13)
しばらく時間をおくと、何かと冷静になってくるものなのかもしれない。
一気に読んだ6巻まで比べて、この7巻は比較的冷静に読むことが出来た。
夏休みの終わりもあるかもしれない。
もう、隣家の子どもたちと、「明日、何をして遊ぼうか」という時間の流れ方をしない。
父ちゃんと毎日遊ぶというのも、リアルではない。
どこか、みんなが普段の生活をしている合間に、よつばと遊んでる感じだ。
「みうら」が「嘘」というか、「悪い冗談」を言って種明かしをしないというのも新しいパターンだ。
よつばとかかわる人間は、よつばの幼心を裏切らない配慮をすべきだ、という「よつばと!」の大原則を崩している。
もともと「大原則」を崩すキャラだった「やんだ」の登場する機会も増えている。
そろそろ予定調和な世界を続けることから、次の段階に話を展開しようとしているのだろうか。
秋には秋の特別な日々がやってくる
――――あずまきよひこ「よつばと!」8巻を読む(2008.8.30)
長かった夏休みは終わったが、秋になると、文化祭や台風やお祭りがやってくる。
公園に行けば、どんぐりだってみつかる。
前巻では感じられた夏休みが終わったことに対する喪失感のようなものは、この巻にはない。
カレンダーの進むスピードは少し早くなったようだが、
よつばにとって特別な日を描くことで、一冊を通してのワクワク感は高まっているようだ。
いや、よつばにとっては、毎日が特別な日の積み重ねなのかもしれないが。
ちなみに、7巻を読み返してみたが、たった今自分が書いたばかりの「喪失感」は少しも感じなかった。
夏休みが終わったことに、ようやく身体がなじんだってことなんだろうか。
しかし、9月のことを「夏休みが終わってしまった日々」としか感じられないなんて、
小学生とちっとも変わらないじゃないか。
よつばが少しずつ成長しているような気がしないでもない
――――あずまきよひこ「よつばと!」9巻を読む(2009.12.14)>
もう秋めいてきた9巻である。
この「よつばと!」という物語は、長くなればなるほど難しくなる。
というのも、この作品は、サザエさんやドラえもんのような、
終わりなき日常を描く物語ではなく、成長する物語であるからだ。
時間の流れはゆっくりしているが、着実に動いている。
よつばは、披くという言葉が似つかわしいほど、 静かに少しずつ自らの世界を広げていく。
ドングリを回す「仕事」をする、という一人遊びに興じるよつばを見て、
思わず「にこっ」としたとうちゃんに向かって、
「なんで にこってした!! え!?」 と、よつばが気付いてしまうように。
だんだん自分で出来る、いや、してしまうことが増えてきたよつば
――――あずまきよひこ「よつばと!」10巻を読む(2011.1.16)
「よつばと!」も、いつのまにか10巻。
季節は秋。稲刈りが終わり、中間試験が終わる。
「見つける」「してもらう」ことが多かったよつばも、ずいぶん、いろんなことを自分でやろうとする。
ひらがなの本は自分で読めるようだし、ホットケーキ(らしきもの)も作る。
でも、仁王さんは、やっぱりこわい。
それにしても、よつばのとうちゃんは良いとうちゃんだな。
みうらのかーちゃんも、妙にかわいいけど。
8年で4ヶ月、桜を見ることができるのはいつになるのか
――――あずまきよひこ「よつばと!」11巻を読む(2011.12.17)
実は、巻ごとのレビューを書くことが、だんだん苦しくなってきている。
栗拾いをやっているので、そろそろ秋が深まっているのだろう。
鮮烈な夏の日差しとともに「よつば」が登場したのは、あれは、いつだったかと1巻を見ると、なんと2003年。
あれから、もう8年が経過しているのだ。 しかし、物語の中では、まだ4カ月ほどしか進行していない。
はたして、よつばが新年を迎えるのはいつだろうか。桜を見るのは、どれくらい先なのか。
生きているうちに、もう一度、夏休みを見ることは出来るのだろうか。
もちろん、連載が続けば、という話ではあるのだけれど。
子どもの気持ちに刷り込ませる、とーちゃんの上手さ
――――あずまきよひこ「よつばと!」12巻を読む(2013.3.16)
子どもは何かができるようになると嬉しい。
たとえば、ちょうちょう結びを覚えると、何でもちょうちょう結びをしたくなる。
そして、大人がやっていることは、なんでもやってみたい。
たとえば、ジャンボが机をペンキで塗り上げたのを見ると、当然のように、自宅の机もペンキで塗ってしまう。
もともと机のペンキ塗りなど誰も頼んでないし、仕上がりもよくない。
まして、周囲にはペンキがポタポタ落ちているし、よつばが歩いた後にはペンキの足形が付いている。
洗面所で必死に洗おうとするが、もちろん落ちない。
そして、悲愴な顔になったよつばが、仕事中のとーちゃんの前に現れ、
「これは、おこられることですか?」「よつばはいまからおこられますか?」とおびえるが、
この反省した姿に少しは許す気になったのか、 このあとのとーちゃんの処理が上手かった。
まず、「とれない もうずっと青いままだ」とおどかす。
泣きそうになるよつばに「あははははは あはははは」と笑う。
「なんでわらう?!」と逆切れ気味のよつばに対して、なお笑っている。
そのまま買い物に出かけ、レジのお姉さんに「手が青いね。お絵かきしたのかな」と声をかけられる。
自転車屋のひげもじゃも、「手が青いけど?」と声をかける。
よつばは、やむなく「てがあおいときくらい あるでしょ!!」と開き直る。
このあたりが潮時と、家に帰ったとーちゃんは歯ブラシと「魔法の水」を出す。
床の足跡に魔法の水をかけると、よつばに歯ブラシでこするように命ずる。
「きえた!」 よつばに希望が戻った瞬間だ。
「よつばは…やりなおせる!!」 かくして、よつばの手もきれいになった。
と、こう書いてしまうと、単なるあらすじになってしまうが、
こういうタメというか、子どもの気持ちにすっかり刷り込ませる叱り方が、実に上手いなあ、と。 。
よつばと積極的にかかわり、手本となってくれるばーちゃん
――――あずまきよひこ「よつばと!」13巻を読む(2015.12.5)
久しぶりの新刊だが、ここへきて新キャラが登場した。
「ばーちゃん」である。
「ばーちゃん」は「とーちゃん」のかーちゃんてあるらしいのだが、
昔ながらの家庭漫画にありがちな、良妻賢母的な静かな女性ではない。
まず、オシャレだ。
動きやすいゆったりとした服に、着古したコートを羽織り、
帽子からのぞく白髪は短く切りそろえられ、細身の黒縁メガネをかけている。
使い慣れた風の肩掛けの大きなカバンからは、いろんなものが出てくる。
10年前の加藤登紀子か、オフの日の上野千鶴子か、
樹村みのり作品のの主人公が40年たったらこんな感じか、といった印象だ。
しかも、関西アクセントで、ゆるいが的確に本質を突く言葉を発するあたりは、かつての中島らもを思い出させる。
とーちゃんのスタンスが基本的に見守る立場で、よつばが脱線しかけた時にだけストップをかけるのに対し、
ばーちゃんは、自らよつばの生活モデルとなり、人としてあるべき姿を示そうとしている。
これまで、「よつばと!」に登場するのが、とーちゃん以外は他人ばかりなので、
ばーちゃんのように、よつばと積極的にかかわり導いてくれる人はいなかった。
家事も得意で、いろんなことを知っていて、子どもの扱い方もうまく、
たぶん資産家で、本気で生きているばーちゃん。
ばーちゃんが登場したことで、「よつばと!」の世界がさらに活性化されたようでもある。
そして、ばーちゃんがじーちゃんと暮らす家に帰る日、
よつばは、「そうはさせん」と荷物を隠したり、いわゆる無駄な抵抗をするのだが、
タクシーが見えなくなると、「あーあ、かえっちゃった」とケロリとした感じになる。
自分が無力な子供であることを自覚した上での、よつばなりの別れの儀礼なのだろう。
ところで、ばーちゃんの使いこなす関西アクセントがあまりに自然なので調べてみると、
あずまきよひこ自身が加古川出身でネイティブな関西語の使い手だった。
ただ、ばーちゃんがよく使う「靴そろえな」「食べな」という「な」で終わる言葉が、
「靴そろえろよ」「食べろよ」という命令口調ではなく、「靴そろえなさいよ」「食べなさいよ」という促す口調であることに、
関西以外の人に、どれだけ理解してもらえるのかが少しばかり気がかりではあるのだが。
東京の賑わいに圧倒されつつ、制覇したよつば
――――あずまきよひこ「よつばと!」14巻を読む(2018.5.31)
13巻の発売から2年5ヶ月を経て、ようやく「よつばと!」の新刊が発刊された。
もはや、続きが読めるだけでありがたいような気持ちになりつつある。
今回の大冒険は、東京に行ったことだろう。
実は、この巻のよつばがもっていた切符で明らかにされたのだが、
よつばたちが暮らしているのは西武池袋線沿線にある郊外の住宅地であるらしい。
そんな地元での生活とと比べるならば、原宿のにぎわいや超高級ホテルのランチは、
ロケットに乗るのと負けないくらいに、十分に刺激的だっただろう。
宇宙人から地球を守ったりもしたしな。
父ちゃんの妹は、メガネっ娘で東京できちんと生活しているらしい。
「プリンセスメゾン」を並行して読んでいるので、その暮らしぶりが気になった。
また、よつばの反応が少しずつ成長している気もしないでもないが、
なにせ、2年半ぶり14回目の出場となると、記憶も定かじゃないし、読み比べするような気力も出ない。
とはいえ、物語の中の時間は秋から冬に向かっているらしく、
上にもう一枚羽織るようになったり、後半では、コートやマフラーまで装備している。
正月には、婆ちゃん家にも行くらしい。
楽しみだ。
というか、それまで続いてくれよ。