のぞみ


 優しさや甘さは心地良い。
 けれどそれが、弱さに繋がることもある。
 他人に無節操に振りまく優しさは、愚かさと同義だ。

 恐ろしい女が奈落へと消えていく姿を、男は動かずに見送った。
 贈った言葉には誠意がこめられていたが、それで女を救えると本気で信じていたのだろうか。

 自ら手を下すのではなく、永劫に封じる哀れみ。
 一瞬の苦痛を与える厳しさと、暗闇に生かし続ける優しさと、より残酷なのはどちらだろう。


 その時にこそ多分、少女は絶望した。


 これで全ては終わったと、彼は思っているのか。
 それで全ては終わりだと、彼は信じているのか。
 あれで全てを終わらせたと、言い切ってしまえるのは……どうして?

 同じものを見て生きていくのは無理だと、わかってしまったから。
 互いを大切に想っていても、同じ道は進めないと悟ってしまったから。

 道を分かち、生きていくしかないと思った。その先に何が待っていようとも。


*     *     *


 結局は彼は、最後までズルい選択しかしなかった。
 もっとはっきり言ってしまえば卑怯な。
 たとえ何百年たっても同じ答しか出せずに、ぐるぐると永遠に輪を巡るのだ。それを愚かだと思うコトすら忘れて。何度でも。
 彼が嫌いになったのでは、多分ない。
 けれど自分は、もう絶望してしまったのだ。
 欲しいものは望んだものは、永遠に手に入らないと知ってしまった。


 優柔不断は仕方ない、優しく生きるなら過去を切り捨てることなど出来ないとわかっていた。覚えていないとはいっても、今を共に在るエルスだからこそ『彼女』達の重みを理解はしていた。
 感情と理性は別物で、心は痛みを覚えていたけれど、知をもって良しとする魔術師である少女は、相手の事情というモノを理解しては、いた。自分の半身である男が、自分と一緒にいてくれる理由も恐らくは『彼女』に向けるのと同種の感情から始まったのだろうとも。
 つまりは優しさとか甘さとか。 
 耳に親切で、人間らしさとしての美徳で、オンナには辛い。
 自分だけを見て欲しいとか、独占欲とか嫉妬とか。
 だけど、ソレが自分を醜くするのも知っている。勢いのままに闇に堕ちようとも、それでも理性は『正しいモノ』が何かを理解しようとする。つまりは、寄る辺無き『彼女』を見捨てる訳にもいかないと。
 その存在が、世界の運命にすら関与すると知ってからは、少女はむしろ魔術師としてその『謎』の解明に打ち込んでいた。見覚えがあるようで見たことのない魔法陣。世界を引っくり返す仕掛け。文字通りに世界を反転させて、神様を魔に堕とす。成功すれば、闇に堕ちた少女の想いすらも正義へとひっくり返ったのだろうか?

 いっそ子供扱いのままならよかった。
 そうならば自分は、保護者を取られて拗ねる子供を演じていられたのに。
 自分を一番だと幾ら口で言ってもらっても、ソレで満足できなければ何も言われていないのと同じだ。恋愛は感情の遣り取りである。錯覚と騙しあいで成り立つ遊戯なのだと、嘲笑ったのは誰だっただろう。それが正しいかは知らないけど、片方だけでは完成しないカタチなのは間違いない。
 彼はきっと、今でもわからないだろう。どうして彼の元から去った者がいるのか。どうして『彼女』が、最後まで彼への執着を捨てなかったのか。それはつまり、自分もなのだけど。
 足りないのだと訴えれば、良かったのだろうか?
 
 そして彼はきっと、何度でも繰り返す。それともコレは、既に何度目かの終局なのだろうか。
 いつも彼は優しい言葉を差し出しながら、女の熱を冷まそうとするのだろう。同じ熱を分かち合おうとは思いもよらずに。 
 手を汚すことなく、過去の女に永遠の苦悶を与え、それを哀れんだ眼差しで見つめるのだ。
 その己の姿が、他者からどれほど恐ろしいと思われているかに気付きもせず。
 死ねなかった女を哀れむ口調で、殺してやる哀れみなど思いもよらぬと言い切ってしまう。そんな可哀想なことは出来ないと。感情のカタチは違えども自分に執着して永劫に苦しむ相手を、放置するのだ。その姿は、簡単に自分に重なる。いずれ次の相手が出来た時、彼を忘れられずに追ったならば、自分もああやって永遠に苦しみ続けるのだと。
 それはとても恐ろしく、腹が立つ。彼が理解していないところが、何よりも。
 無知は時に罪だ。けれど知らされぬ者は、恥じ入りはしてもそれ以上の責を負いたくても負えない。だって知らないものは理解出来ないから。
 けれど彼は、理解し難いことを免罪符としている。歩み寄ろうと考えない己を恥じない。ずるいと考えもしない。己が不平等だなどとは指摘されるまで――いいや、きっと言ってもわからないのだ。

 彼を憎んでいる。
 彼を愛している。
 誰よりも彼のことを想っている。その感情に名前をつける戯れは、もう止めようと思うけど。
 ただ執着の深さを競うならば、善かれ悪しかれ彼以上に自分に影響する存在はない。それは今でも変わっていない。
 それでも彼を追う空しさを受け入れるには、自分はいささか『自分』のことが大切なイキモノだった。彼が傍にいてくれるなら、それだけで幸せだなんて言えない。
 終わりにしたいと思ったのは、成就に意味がないと感じた瞬間。繰り返す悪夢を断ち切らず、永遠に踊り続ける趣味はない。
 巡る運命を断ち切る意志が彼に無いのなら、自分で動くしかない。
 最期が来るのを恐れているけれど、破滅しか救いにならぬ関係もあるのだろう。
 座して終局を待つほど、気が長くはない。既に希望は失われている。もう此処は闇のなかだ。更に先へ広がる闇へと、もっと深く堕ちる以外の道はないのだ。
 ならば突き進み、巡る輪を壊しに行こう。そのためのチカラを手に入れよう。


 いまや希望を失っても、願いはこの胸に宿っている。
 最後まで残った願いの、成就だけを希う。









某所でスバラシイ終わり方をしたキャンペーン終了直後に原形を書いたモノ。
長らくしまってあったのですが、その数年後をえがく機会を得て、読み返したあげく。
ちょこっと修正して完成させてみました。
ま、かなりの自己満足なので、こっそり放置掲載させて頂きます。