彼らの日常 「剣八〜おる〜?」 そもそも市丸ギンが十一番隊隊舎をうろついていたのは、用があったからではなく単なる暇つぶしの一環だった。 ところが十一番隊隊舎のどこにも、隊長どころか隊員の姿も無い。むさ苦しい男がいなくて、清々しいほどさっぱりした隊舎の中を、ギンはうろうろと人影を求めて歩き回る。 もしも訪れた執務室に誰かがいて隊長は留守だと告げたなら、ならいいわと隊舎を辞しただろう。しかしここまで無人だと、どうしたのか興味がわいてくる。どうせ深刻な話ではないはずだ。仮にも最強部隊と呼ばれる十一番隊が全員やられるような事態なら、とっくに自分にも連絡が来ている。 控えの間をのぞき、中庭を突っ切り、奥の道場を目指す。もしや全員で稽古しているだけだとしたら、面白くもない暑苦しいだけの話だった。この隊ならあり得そうで嫌だ。 しかしこの暑い季節に、道場の雨戸は閉め切ってあった。人の気配はするが、ひっそりと静まっており、修練中とは思えない。剣八らしくもないが、隠したいことでもあるのだろうか。 身についた習性のままにそっと近づけば、内部からはぼそぼそと誰かが語る声が聞こえる。何を話しているのかと、ギンはぴとりと雨戸に身を寄せた。 いぶかしみつつもさして注意を払わず、ついカタリと板戸を揺らした――瞬間。 「「「ぎゃああああああああああああああっっっっ!!!!」」」 中から盛大な悲鳴が上がり、さすがのギンも思わず息を飲んだ。 何事かと驚いて、雨戸に手をかける。 殺気も無く血臭も無く、周辺には抵抗の跡も無く。 つまりは滅多な事態とは思えなかったが、放ってもおけない。 敵がいる可能性も考えて、なるべくそっと板戸に手をかける。どうも扉は立て付けが悪く、キイィィィと不気味な音が響く。内部は閉め切った挙句に灯りも点いておらず、細く開いた戸から一筋の光が差し込むのがはっきりとわかった。 目視可能な程度のわずかな隙間から、注意をはらいつつ中をそっと覗きこむ。ギンの片目だけでは顔の判別は難しい。向こうからは逆光でもあるし、こちらの顔はよくわからないだろう。 「でたああああああああっっ!!!!!」 「ひいいいいいいっっ!!」 途端に野太い男達の声で、泣きそうな叫び声が上がった。 剣八ややちるといった、聞き覚えある声は聞こえなかったが、慌てて雨戸を全開にする。 「なにっ、どうしたん!?」 片手で引き戸を押しながらも、利き手は既に刀をつかんでいる。 何時でも敵を切り殺せるようにと、物騒な気構えをしていた――というのに。 「何事や――って君ら…………何しとったん?」 ギンの前に現れたのは、道場の暗がりの中で円陣を組んで座る、剣八以下十一番隊隊員の姿だった。 円陣の中央の剣八とやちるの前には、細い蝋燭が一本。可愛らしいやちるさえも、揺れる灯に照らされる顔は不気味だが、下から照らし出された剣八の凶悪なご面相は、とてつもなく恐ろしい。しかも大勢いる隊員の全てがギンを振り返り、妙に引きつった顔でこちらを凝視しているとあっては、ギンもいささか顔が引きつる思いだった。 むさくるしい黒尽くめの男達が、暗闇の中から一斉に自分を凝視する図。 あんまりお目にかかりたい光景ではない。 「なんだ、おまえか」 「……なんだはないやろ。一応、心配したったのに」 剣八がつまらなそうに呟いたが、ギンの返答は一瞬遅れる。 視覚の暴力は圧倒的だった。かろうじて笑みを保つが、多少の動揺は避けられない。 「どうせ暇つぶしに来ただけだろうが。何ならおまえも参加するか?」 「参加って……本当に、なにやっとったん」 暗い部屋、蝋燭の明かり、夏という季節――これだけそろえば、ネタは割れたような気もするが。戦闘集団たる十一番隊が、まさか――怪談? 「百物語の最中なんだが、こいつらの話じゃちっとも涼しくならねえ。おまえなら、ちったあ怖気の走る話を知ってるだろう」 「隊長の神経が太すぎるんですよ……」 「黙れ。どっかで聞いたような話ばっか続けやがって。よお、なんか無いか」 「――そないにいきなり言われてもなあ」 勇気ある隊員の発言は、あっさりと切り捨てられる。真ん中で生き生きした表情の子供を見れば、事態の発案者は誰かわかった。 しかし涼しくなるために、閉め切って余計に暑い道場にこもるのでは本末転倒だと思う。だいたい剣八を怖がらせる話ってどんなのだ。おまけに気合を入れまくって先にやちるを泣かせようものなら、誰かさんにバッサリやられてしまいそうだ。 「怖い話が好きなん?」 「怖くないけど、おもしろ〜い」 「あ、そう……」 隊長は退屈そうで、副官はひたすら面白がっているようだが、以下の隊員は青い顔色をしている者も多かった。ひょっとしたら、結構涼しくなっているのかもしれない。しかし反応からして自分の立てた音もラップ音、覗いた顔も幽霊と間違われたかと思うと複雑だ。おまえらの顔の方がよっぽど怖いわと、突っ込みたくなる。 思うのだが。 そもそも自分達が幽霊に毛の生えたようなイキモノ?である分際で、幽霊を怖がる理由がわからない。幽霊を連行するのが職務なのに、怪談を怖がってていいものだろうか。 |
《終》 |